#115「刻印騎士団リンデン支部」
刻印騎士団について語るには、まず人間の魔法使いについて語らないといけない。
魔法使いとは、魔法を使う人間のコトだ。
魔力を宿し生まれて来て、第八円環帯の神が授けた『呪文』を理解し、
魔力を持たない人間は、呪文が書かれた『魔導書』などを開いても、まるで
その特性を活かし、魔導書・呪文書のなかには、魔力を持つ人間が本を開くコトで、初めて他の文字も整列されるよう、〝仕掛け〟を施しているモノもあるとか。
赤ん坊の頃の俺がネグロ王に失望されたのも、恐らくこれが理由になる。
では魔力について。
今さらそれが、どんなモノであるかなんて話はザックリ省略させてもらうが。
魔力とは平たく言ってしまえば、この世界に〝新たな存在〟を作り出す元手となるエネルギーのコトだ。
魔法使いは明確な意思と一緒に呪文を唱えるコトで、様々な超常現象を可能にする。
ただし、同じ呪文を唱えたからといって、それらが必ずいつも同じ現象・事物を生み出すとは、限らない。
人によっては、“
あるいは、魔法を戦闘手段として使用する場合。
過去に火傷や火災を経験した人間であれば、“
であれば、それは極めて強力な攻撃魔法足り得るだろう。
これは魔法の大原則である〝唱えし者の意図した通りの結果を第一義とする〟という特性に由来している。
さて。
では、そんな魔法を使う我々魔法使い。
しかし、魔法はもともと第八円環帯──魔物たちの世界からもたらされたと考えると、これはどうあっても不利な状態からスタートラインを切られている。
というのも、魔法が詠唱者の意図・心象・理解力に依拠するなら、その超常現象はそも〝人間の脳で解釈できる範疇〟に限定されているからだ。
──あなたは地を這う蟻の生涯を、理解するコトができますか?
肉体の構造も本能の優先度も、生物としての規格が何もかも異なる存在について、俺たちは本当の意味で理解・共感などできやしない。
出来るのはせいぜい、勝手に想像して勝手に思い込んで、勝手に
すると、どうだろう?
俗に困難呪文、難解呪文と呼ばれる以下のような代表例で考えてみると、分かりやすい。
“
“
“
“
“
いずれも抽象的だ。
否、人間の脳では、抽象的にしか捉えられない概念だ。
これを人間と魔物が、同時に使った場合。
果たして、どちらが
そんなものは、考えるまでもなく魔物が有利だと決まっている。
“
魔物の中には人から転じた魔。
一度死んで、アンデッドとして転生した存在がいる。
死を経験し死を理解し、死にながらに生き続ける不死塚の咎背負いであれば、“
いわゆる、即死魔法というヤツ。
人間は恐らく、臨死体験者か葬儀屋、墓場泥棒くらいしかマトモに呪文を使えない。
使えたとしても、本物にはまるで敵わない貧弱な結果に終わる。
──つまり。
古代の魔法使いはこう考えた。
所詮は人間に過ぎない我々が、魔法という魔物の力で魔物に対抗するには、なんとかして〝ゲタを履く〟必要がある。
強力な呪文、高次元の概念、高難易度の魔法では、一生かけても勝ち得ない。
ならば、人間には人間の。
ときには魔物にまで転変してしまう感情の力──情念、妄執、本気を以ってして、抗おう。
それこそが、『刻印』──『刻印魔法』である。
呪文を器物に文字通り刻印し、『銘』を与えることで、その器物を魔法道具へと変える魔法体系。
これは魔法を、通常使用した場合より、端的に言って十からそれ以上の倍効果を発揮する。
何故なら、呪文を器物に刻印する行いは、ただ〝新しい存在〟を生み出すのとは違い。
〝すでにそこにある既存在〟に、さらに
例えば、ナイフだ。
ナイフにはもともと、〝物を切る〟という存在意義が備わっているが。
これにもし、“
ナイフのアイデンティティーは、さらなる強化を施され、それがもともと持っていた鋭さや切れ味。
切断力は、もはや名刀の逸品にも迫る上質なものへ昇華されてしまうだろう。
しかも、研ぎ石等による研磨は二度と必要ない。
一度刻印された呪文は、刻印者と密接な繋がりを保ち続け、刻印以降、常に刻印者の魔力を吸い取る。
言うなれば、半恒久的な〝自動存在強化〟が行われていくのだ。
この際、吸い出される魔力量は通常の魔法行使時と同様、その呪文に対する意図・心象・理解力に比例する。
すなわち、難解な呪文を刻印するよりも、親しみ深い呪文を刻印した方が、時間経過と共により強力な武器を作成可能。
長大な時を重ねて
もちろん、そこにはメリットとデメリット。
刻印時に大量の魔力を消費し、刻印以後も死ぬまで魔力を消費してしまうという覚悟も必要にはなる。
損得としてどちらが大きいかは、その魔法使い当人の価値観に依るだろう。
ともあれ、
(刻印騎士団ってのは、つまるところ──)
魔物に抗うため、生涯を賭して自分の信じる〝最強〟を証明していく。
そんな選りすぐりの魔法使いの一団であり。
遠い古代から、人々を魔物の脅威から守ろうと剣に誓った、高潔な騎士たちの集団でもあった。
リンデンには刻印騎士が、なんと三名
(……)
都市の規模からすると、三名
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────────
────
──
明くる日の昼だった。
ゴーゼルとジゼルのところで、手入れの終わった斧を無事に受け取った俺は、貴族街の東南区画。
刻印騎士団リンデン支部へと、足を運んでいた。
トライミッド連合王国では、当代の刻印騎士団長の名声、国民人気がすこぶる高い。
そのため、アムニブス・イラ・グラディウスの出身地であるリンデンでは、英雄の所属する騎士団拠点を、都市の上層にて構えていた。
来る途中、馴染みのある都市中下層と違って、上等な身なりをした年輪騎士による「オマエ、騒ぎ起こしたら分かってるんだろうな?」という無言のプレッシャーが矢のように突き刺さったものの。
八年もこの街にいれば、表立って突っかかってくる連中も城下町にはいない。
というか、リンデン城近辺の貴族街は、さすがに住民の品性や知性も高い傾向にある。
デカい斧を担ぎ上げながら、ノシノシ歩くダークエルフに、好き好んでちょっかいをかけようという人種もいない。
まあ、たまに怖いもの見たさか何なのか、好奇心旺盛な変わり者が、声をかけてくるコトはあるけれど。
それさえ除いてしまえば、上層は基本的に足を止めるような場所も数える程しか存在しない。
(シャレてる店は、ほとんど伯爵家御用達みたいなもんだし)
そうじゃない他の施設や組合なども、豪商や上流階級の行きつけだ。
身分の低いリンデン市民で、唯一上層に足繁く通う場所があるとすれば、それは『アルゼンタム聖堂』
カルメンタリス教の女神に礼拝を捧げにくるか、何らかの祭りの日くらいになる。
稀に若い職人が秘宝匠組合の門を叩いて、弟子入りを志願している様子も見られるけど。
俺はあまりそっちには用が向かない。
何か知らんが、妙に居心地が悪くなるからな。
なんとなくだが、雰囲気が苦手なのかもだ。
刻印騎士団リンデン支部には、三名の刻印騎士が駐在している。
同じ魔法使い仲間というコトもあって、俺は週に三、四回程度、ここでも仕事がないか確認している。
本当は自由民が刻印騎士団──国の正式な治安機関に雇われるなど、ルール的にダメなやつらしいのだが。
ここの支部長と斡旋所の所長。
ルカ・クリスタラーとザック・ハイネケンの談合の結果、あくまで例外的に非正規の〝嘱託騎士〟っつう扱いで、仕事を受領するコトを許されている。
ザックの旦那には最初、「オマエ、魔法まで使えるのかよ」と白眼を剥かれたのが良い思い出だ。
反面、ルカの方には純粋な労働力源として、「絶対離さない」と鬼気迫る
魔法使いはただでさえ、出生数が少ない。
なのに、刻印騎士団はそのうえ、さらに刻印魔法の使い手であることが入団条件であるため、ハッキリ言って年中人手不足。
城塞都市リンデンは、およそ一万人ほどの人口があるらしいと前に聞かされたが、そんなリンデン市民全員の暮らしを、たった三人で魔物から守らなければならない。
ヤバすぎて俺だったら、とっくに労基に駆け込んでいる。
まぁ、異世界に労基なんて無いけれど。
「うーっす。ルカ、いるか?」
玄関を開けて、見慣れた支部内を進む。
支部というが、内観は普通の役所じみた事務所的雰囲気だ。
一応騎士団拠点ってことで、外には訓練場や武器庫なんかも置かれているが、三人ではやはり日々の業務に忙殺されてしまう。
俺は今まで、一度も訓練場が使われている景色を見たことがない。
武器庫の武器も、どれだけ埃が溜まっているか……
書類の積み上がった各種テーブルを、ぶつからないよう慎重に避けて、しばらくすると、案の定、机に突っ伏したボサボサ頭の女を見つけた。
近くには、同じく死にかけのお年寄りがふたり。
生気が半分抜けたような顔で、虚空を見つめてらっしゃる。やばい。
「こ、こんにちわ。アルマンドさん、ロータスさん」
「……やぁ、君か」
「俺です。なんか、今日も徹夜みたいですね」
「……うん」
「お、お茶とか、淹れましょうか?」
「……ありがとう」
「いえいえ!」
応答があったのはアルマンドさんだけで、ロータスさんの方は完全に目を開けたまま失神している。
ひでぇ。
ふたりとも七十代で、もう現役からかなり程遠い爺さんなのに、刻印騎士団は死ぬまで働かせる気かよ。
気の毒すぎて、急いで温かなお茶を淹れてしまう。
でも、いくらリンデンのハーブティーが疲労回復・精神鎮静の効果があるからって、物には限度があるからな。
「あまり無理せず、ちゃんと休み、取ってくださいね?」
「……ふふふ。ありがとう。でも、ヤスミってなんだっけ」
「ルカ!」
アルマンドさんがあまりに限界すぎたので、俺はついルカを怒鳴った。
すると、アッシュブルーのボサボサ頭は、モゾモゾとゾンビのように動き、
「大声、やめて」
短く、ひどく不機嫌な声でこちらを睨む。
銀縁のメガネが斜めに歪んでいて、あいにくイマイチ迫力には欠けていたが、眉間のシワは深い。
さては相当、疲労を溜めているのだろう。
ひとまずお茶をサーブして、「どうどう」と精神を落ち着かせる。
「……ハァ」
「またぞろ書類か? あまり溜め込んどくなって、いつも言ってるだろ」
「私がコレを、溜め込みたくて溜め込んでるとでも?」
「そりゃそうかもしれないが」
せめて机組と現場組で、人員をうまく分けられないものかね……いや、人が足りなさすぎて無理か。
リンデンは結構広い。
それに、壁内は比較的安定しているが、人が住んでいれば殺人などの事件も起こるし、死霊の類はどこにだっている。
壁の外ならなおさらで、森は異界、川も異界、橋やら坂やらは異界の境界で、割と頻繁に魔物による騒ぎが発生している。
刻印騎士団は基本魔物退治が専門業務とはいえ、やばめな怪物(怪人類、地竜など)が現れれば、応援要請もかかって引っ張りだこ。
そうなると、どう考えても三人ばかりじゃ休まる暇が無い。
「仮にも団長の娘だろ? 上に掛け合って、人手増やしてもらえよ」
「むーりっ」
「なんで」
「メランくんには、分からないかもしれませんねー」
「ハッ、分かったぜ。どうせいつもの〝英雄の娘は、英雄らしくあるべき〟ってやつだろ?」
「おっ、大正解」
ルカは苦笑いを浮かべて、小さく肩をすくめる。
「英雄はこのくらいじゃヘコたれないし、ヘコたれてはいけないんです。
それにそもそも、刻印騎士団はリンデンに限らず、どこも人手不足ですから」
「上に掛け合ったところで、解決はしないって?」
「ええ」
「ハァ……とんでもねぇな」
刻印騎士団も、ルカ・クリスタラーという女も。
会った時から変わらないが、コイツはやはり、頑張りすぎな気がする。
二十七歳。
俺と同い年で、初めて会ったのはお互いが駆け出しの頃。
何かと縁が続き、長い付き合いになっているが、俺はやっぱりコイツの、こういうところが好きになれない。
周囲からの過大な期待に、常人の身でどれだけ応えようとするのか。
英雄の娘って言っても、養子らしいのに。
支部長の椅子も、七光だとか陰口叩かれて気にしているのかね。
定期的に体調を崩してもいるから、地味に目が離せなくてイライラするんだよな。
こんな昼過ぎまで、また残業しちゃって。
「まぁいい。片付けて欲しい仕事は?」
嘱託騎士に過ぎない俺は、機密の関係で書類仕事だけは手伝えない。
何か現場系で、厄介なのが残ってないかとルカに尋ねる。
「ルカちゃん。そういえば、今日って新人さんが来るんじゃ?」
「──あ」
「あ?」
お茶を飲んで正気が多少回復したのか。
俺たちの話を聞いていたアルマンドさんが、横から思い出したように言う。
ルカは完全に間の抜けた顔で、「忘れてました」なんて呟いた。
「メランくん。申し訳ないんですけど、新人のお出迎えとかって、頼んでもいいでしょうか?」
「マジかよ」
「私たちはほら、ちょっと準備が出来てないので……うっ、臭い」
自身の服の匂いを嗅いで、顔を顰めるルカ。
たしかに、人を出迎えるには少々相応しくない状態のようだが、それって
「つか、人員増加じゃねぇか」
「はい」
「貴重な仕事仲間が増えるんだぞ? 忘れちゃダメだろ!」
新人が来るのって、何時なんだよ。
思わず訊くと、
「朝の九時です」
「──馬鹿じゃねえのッ!?」
昼もとっくに過ぎたいま、もはや刻印騎士団リンデン支部は、最悪の現場であるコトが新人の中で確定だ。
「忙しさって、怖いですよね……」
「最悪! 最悪上司!」
「メランくん。もうこうなったら、新人ちゃんと一緒に幾つか仕事もお願いします」
私たちはその間、お風呂入ったり着替えたりしてくるので。
ルカはぺこりと頭を下げて、図々しく言った。
「何が〝もうこうなったら〟だ……」
「頼みますよぅ。私とメランくんの、仲じゃないですかぁ」
「甘えんな二十七歳」
「カッチーン。万年童顔男」
「あ?」
「ふん! とにかく、お願いしましたからね」
「……ったく」
この通り、なんだかんだ意外と神経の図太いところもあるのが、刻印騎士団リンデン支部長、ルカ・クリスタラーという女なのだった。
さすが、リンデンの八割近い魔物事件を、見事に
────────────
tips:刻印魔法
呪文の刻印によって、器物を魔法道具化する魔法体系。
呪文、器物、刻印者、時間の四要素によって成り立つ。
単純な魔法行使では辿り着けない高次概念への到達。
ひとつの器物に相性のいい単一の呪文を刻んで、純粋な存在強化を行うモノを『概念尖鋭』
ひとつの器物にまったく別の属性の呪文を刻んで、相乗的な存在強化を行うモノを『概念昇華』
印具の魔法を発動するコトを『刻印励起』ないし『刻印解放』と呼ぶ。
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