#116「釣り好き爺さんと三叉槍の道」
さて。
この世界の道路事情だが、以前にも触れた通りロクなものではない。
国と国の間を結ぶ国際的な道など、敷設されているワケが無いし、主要な都市から少しでも外れて田舎に迷えば、道なき道を往くコトも普通にありえる。
というか、小さな町と町の間でも、道なき道を往くコトの方が断然多いというのが、旅をしている中での俺の実感だ。
しかし、大国と呼ばれるほどの文明圏。
かつてのメラネルガリアもそうだったが、トライミッド連合王国ほどの立派な人界になると、大都市レベルの土地には決まって〝国道〟が敷かれている。
『
それが、この国の国土に、しっかと広がる国道の名前。
由来は連合王国の建国時、エルフ、ドワーフ、ニンゲン。
すなわち、エルノスの三種族それぞれから代表が立ち上がって、結束を誓おうという話になった際に。
誓いを立てた先が、古代の有名な三叉の槍──『聖槍トライデント』であったという逸話に端を発している。
なので、
あくまで国の主要な都市を結ぶ重要な道。
リンデンにも、もちろんコレが繋がっている。
で、実際にそれが何処と繋がっているかというと、城塞都市の南。
都市の外縁を、半ば囲うようにして流れる白緑川を渡るために架けられた『リンデン大橋』と繋がっている。
国道と繋がっているコトからも分かるように、この橋はリンデンの大事な出入り口。
都市に必要な交易品──主に麦や塩──食料等の輸入や、馬車街道としても使われている。
大きくて長い石造りの橋で、リンデンの大通りはどれもコレに出るよう計画もされているとか。
なので。
「……居ないな」
ルカに頼まれた通り、大急ぎで新人刻印騎士の迎えに大橋までやって来たが、やはりと言うか案の定と言うか。
それらしい格好をした所在なげな人物など、何処にも居ない。
念のため大橋を端から端まで行って帰ってみたが、刻印騎士団の制服姿は橋上にまったく見当たらなかった。
「まぁ、そりゃ居るワケねぇよなぁ」
上層から降りてくる際、教会の時計台から時間を確認したが、現在時刻は昼下がりの十四時ちょい。
朝の九時とかいう、それなりに早い時間に待ち合わせだったクセに、緊張しながらやって来れば、待てど暮らせど上司が迎えに来ない。
事前の話では、ここで待ち合わせって話だったのに。
橋の上は風も吹いててめちゃくちゃ寒いし、ずっと立ちっぱなしだと、足は疲れるし腹は減るし。
もし俺が同じ立場だったら、半分キレて半分ヘコんでいる。
だが、さすがにこれだけ時間が経ってくると、多少は何がしかの行き違いを想像するものだ。
今頃はリンデンのどこかで、腹ごしらえも終えて、自力で支部を探しているかもしれない。
刻印騎士団の制服と徽章があれば、門番も通すだろう。
「でも、一応聞き込みくらいはやっておくか」
橋の真ん中で
色褪せた中折帽をかぶり、じっと微動だにしないあのひとは、リンデンじゃ知るものぞ知る釣り好き名物ジジイ。
クソ寒い冬の日でも、毎日のように大橋で釣りをしているニンゲンだ。
もしかすると、このひとなら新人の姿を目撃しているかもしれない。
「よお、ゲール爺さん。ちょっといいか?」
「……」
声をかけると、老人はチラリとこちらを一瞥し、釣り竿を持ってない方の手でピンッ、と指を一本立てる。
「少し待て」
釣り糸が張っている。
どうやら、偶然にもちょうど獲物が掛かったところらしい。
老人は真剣な顔で釣り竿を引いたり伸ばしたりしながら、釣り人特有の駆け引きを始めている。
邪魔をしてはいけない。
言われた通り、静かに傍で待つ。
するとやがて──
「──むぅ。ダメか」
「……逃げられちまったか」
「ああ。器用にエサだけ持ってかれたわい」
ゲール爺さんは「チッ」と舌打ちして、釣り針に新しいエサを括りつける。
そして、慣れた仕草で、流れるように再び川へ釣り糸を放り込んだ。
座ったままの体勢で、よくもまぁ見事な放物線を描く。
俺は釣りは性にあわないタチなので、素直に感心した。
「それで?」
「ん?」
「ダークエルフが何の用じゃ」
「おお、そうだった。ゲール爺さん、今日この橋で刻印騎士を見なかったか?」
「いま見とる」
「いや俺じゃなくて」
年寄りらしいすっとぼけたボケは要らない。
いやまあ、一般人からしたらノラ魔法使いと刻印騎士の違いなんて、サッパリかもしれないけど。
「白い制服と盾の徽章をつけた
「ふむ。なんぞメガネの娘っ子でも、探しとるのか?」
「うんにゃ。新人の出迎えだよ」
「ほぅ? 新人。それは喜ばしい。
だがあいにくと、心当たりは無いなぁ」
「えぇ? マジかよ」
ゲール爺さんならもしかしてと思ったのに、アテが外れてしまった。
「今日はここに来るの、遅かったのか?」
「いいや? いつも通り、日の出前からやっとるよ」
「凍死するぞ」
「女神様のありがたい
カルメンタ神サマサマだなオイ。
灯火のロゥも大儲けだろう。
「でも、おかしいな。支部長の話じゃ、朝の九時頃に、新人と待ち合わせの約束だったらしいんだ」
「朝の九時……?」
「待て。悪いのは俺じゃない。メガネの娘っ子が悪い」
「いや、責めてはおらん。騎士様もお疲れなのじゃろう」
「そう言って貰えると、アイツも助かると思うよ」
ゲール爺さんは見ての通り、ちょっとだけ変わり者だが、刻印騎士団への敬意は普通の人と同様に持っている。
トライミッドはカルメンタリス教の宗教圏でもあるが、刻印騎士団の存在により、昔から魔法使いへの信頼が深く浸透しているのだろう。
聖と魔。
相容れないふたつの属性が、奇妙なバランスで同居している。
「……しかし、どうしたもんかな。時間通りに来たワケじゃないのか? もしかして、実はまだリンデンに着いてない?」
「何か問題が起きたのかもしれんな。近頃は野盗の類にも、腕っ節のいいのがいるそうじゃて」
「なんだ? ヤケに詳しそうだな」
「ここで釣りをしてるとな。いろいろと時折り、聞こえてくるものなんじゃ」
中折帽の角度を直し、ゲール爺さんは神妙な顔で言う。
だが、
「新人とはいえ、刻印騎士に敵う野盗がいるとは思えないけどなぁ……」
「魔術師なら、どうじゃ?」
「え?」
「最近出るのは、なんでもトロールの魔術師らしいぞ?」
「じゃあ行ってくるわ」
トロール死すべし。
怪人類の魔術師なんざ、どうせクソな邪教基盤にあやかるクズだって早晩相場が決まっている。
新人の捜索はもちろんだが、野盗魔術師のトロールなんて話、聞いてしまったからにはリンデン市民の安全のためにも、到底捨て置くコトはできない。
人々の役に立ってこそ、ダークエルフは信頼も稼げる。
「ありがとうな、ゲール爺さん」
「行くか。トロルズベイン」
「行かせるつもりで話したんだろう?」
「ワシもトロールは嫌いじゃ。ヤツらは孫を……」
「安心してくれ。見つけたら、きちんと首を落としてくる」
俺はグルンと斧を肩に乗せ、
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tips:三叉槍の道
トライデント・ロード。
トライミッド連合王国の国道。
王都から主要な都市間に必ず繋がっていて、この道を辿れば、北方大陸の南端にまで出るコトができる。
だが、交通の要所というコトは、すなわち野盗の誘引剤ともなり、ならず者の対応に各都市・各領土は年中頭を悩ませている。
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