#113「昼のバイトと材木齧り」



 リンデンの正式名称は、リンデンライムバウムと云う。

 領主の名はウィンター・トライ・リンデンライムバウムで、世間的にはリンデン伯とか、ウィンター伯とか呼ばれている連合王国の歴とした貴族。


 なだらかな丘陵地帯、白い丘ホワイト・モットに城塞を築き、銀冬菩提樹と丸酸塊マルスグリの森から恵を得て、北部高原から流れる雄大な白緑川に生活を支えられている。


 ここではよく城壁に、銀冬菩提樹の紋章が描かれた旗が翻っていたりするが、それらはすべて伯爵──すなわちリンデンライムバウム家の所有物、領土であるコトを意味するもの。


 都市自体は小高い丘のひとつに存在し、円形の丘を〝年輪〟のような城壁層で要塞化している。

 もっとも、ちゃんとした年輪は三層だけで、他は都市のインフラの都合上、ところどころで途切れた城壁らしい。

 空から見下ろすと、まるで星の日周運動スタートレイルの撮影写真みたいに見えなくもないようだ。


 中央の一番高い要所には伯爵の居城──通称リンデン城が建てられている。

 都市の上層というのはこの城の周辺。

 いわゆる、上流階級が暮らす城下町(貴族街)を指していて、壁を一枚越えた都市の中下層。

 年輪街と呼ばれる一般市民の生活居住空間は、丘の中腹に広く広がっている。

 そこから更に壁を一枚挟み、都市下層。

 スラム民や自由民が暮らす瓦礫街は、上層近くと比べると、明らかに別世界といった雰囲気に変わってくるが、それでも、瓦礫街にも壁はあるし、なんだかんだ城塞都市の内側であるコトに違いはない。


 三層の壁は、秘宝匠によって建築されていて、住民たちは壁を『年輪の聖壁』と呼んで親しんでいた。


 城壁に常駐する番兵や衛兵、騎士たちのコトは、それぞれ〝年輪の衛兵〟さんや〝年輪騎士〟と呼んでいたり、都市の特色としては結構ユニークな文化が育まれている印象だな。


 だが、彼らの仕事はあくまでも城塞都市の警邏や防衛。

 城主であり領主。

 忠誠を誓う伯爵ないし伯爵家から、鶴の一声である上位下達でもない限り、壁の外へは基本的に哨戒任務でもないと出て行かない。


 とはいえ、都市の運営に必要な物資やインフラの補給。


 特に、リンデンライムバウム家の家名の由来ともなった銀冬菩提樹と丸酸塊の森。

 必要な木材資源や食料を求めて、森林地帯への定期的な交通は必需で、そうなってくると、リンデン側としても〝公共事業〟として多少の便宜を図ってくる。


 リンデン林業組合とは、言うなれば城塞都市から正式にパートナー認可された由緒ある〝木こり〟の一団であり、森林監督官の厳格な監督の下、森林警備隊に護衛される半分公務員みたいな存在である。


「──そして同時に、リンデンでは市民たちから非常に愛されて止まない、マスコット的愛され種族」

「おん? おおっ、ようやく来たか〝影野郎シェイダー〟!」

「よう、ティバキン。今日も変わらず、ツヤの乗った毛並みだな」

「だろう?」


 種族名、ティンバーボーン。

 名の意味は、材木の申し子。

 ただし、人々にはその特徴から、もっぱら〝材木齧り〟と呼ばれる二足歩行の齧歯類。

 俺の目には、ぶっちゃけ服を着たビーバーにしか見えない亜人が、この街じゃそれなりの地位にある。

 今日の仕事は、彼らの指示に従って進めるコトになるだろう。


 すでに伐採区画では、天幕が張られて諸々の準備が進められていた。


 銀色のヘルメットが輝かしいティバキンは、自前の斧を肩でトントンしながら「こっちだ」と先導を開始する。

 どうやら、今日は組合の若頭じきじきに、アルバイトの相手をしてくれるらしい。

 知らない仲じゃないが、今回はずいぶん時間スケジュールに余裕を持っているようだ。

 しばらくすると、森林警備隊の何人かから「あん?」という視線を注がれつつ、開けた作業場へ出た。


「今回はが、俺の受け持ちか?」

「ああ。いつもみたく、印のある木だけ伐ってくれ。伐り終わったら、そっちのいかだに載っけとくよう頼む」

「運搬に白緑川を使うのかよ?」

「おう。今回伐った木は、大橋んとこで急ぎ使う予定らしくてな」

「大橋? あのあたりに何か、建てんのか?」

「さあなぁ。俺たちはあくまで木こりだからよ。木を伐って運ぶまでが仕事さ」

「ふーん。ま、それもそうか」


 リンデン伯は幸いにも、名君で知られている。

 どのような意図で大橋に木材を集めるのかは知らないが、きっと城塞都市の、さらなる発展のために使うのだろう。


「あれ、でも伯爵って、いま留守なんじゃなかったっけ?」

「? そうだぞ。今回の仕事は伯爵じゃなく、伯爵家からの要望だ」

「なんだ。そうなのか」


 となると、ちょっと不安だな。

 リンデンライムバウム家は、基本的に仁徳の高い一族だと云われているが、伯爵が優秀すぎて、彼が不在の間はたまにポカをしでかす。

 ……なるほど、それで筏か。


「せっかく伐った木が、超大変だな」

「ハハ! 俺も同じことを言ったんだがな!」


 伯爵ならまだしも、〝伯爵家〟となると、やはり意見の通りも違うらしく。

 白緑川の細かいには、正しい理解を示してもらえなかったと。

 ティバキンは乾いた笑みで「ハッハー!」と頷く。

 公務員は大変だな。

 おかみは時折り、視座が高すぎて現場の意見を蔑ろにしてしまう。

 これはまた、近いうちに新しい仕事が降って来そうな予感だ。


「──とりあえず、今日の分の仕事は、きっちりこなさせてもらうな」

「ああ。最近人手不足だからよ。オメェの怪力は頼りにしてるぜ」

「終わったら、飲みにでも行くか?」

「お! いいねぇ! あ、でもオメェ、奢りは無しだからな!」

「ひっで。こっちは年中金欠の自由民だってのに」


 嘯くと、ティバキンは目を回して「ハン!」と鼻で笑った。


「その気になりゃ、市民権の保証人三人くらい、オメェは余裕で集まるだろうがッ」

「いや無理だろ。中層下層は集められても、上層にツテなんか無えもん」

「どうだかなぁ。俺の見立てじゃ、オメェの仕事に助けられたっつう連中は、何人かいそうだが」

「悪いが、俺ぁ根無草の旅人なもんでね」

「八年も居座っておいて、よく言う!」

「はぁ? 別に八年くらい、短い方だろ」

「長寿種族の基準でものを言うんじゃねーよ!」


 ったく!

 と、ティバキンはすっとぼけた様子の俺に、呆れた眼差しを向けきびすを返す。


「報酬は後で、オメェの担当官に渡しておく」

「お、よろしくな」

「きっちり仕事しろよ」

「分かってるよ」


 ティバキンが去るのと同時、入れ替わる形で森林警備隊のひとりがこちらに来た。

 やれやれ。

 居心地は悪いが、こっからは黙々とアルバイトの時間だな。

 伐採用の斧を掲げ、さっそく一本目の木に切り込みを入れていく。


(……あぁ、めっちゃ気持ちいい……)


 妖木のいない森で、思うままに斧を振れる快感。

 薪割り用の薪を打ち割るのとは、また違ったストイックさがこの単純作業には宿る。


 ミシミシミシッ、バキバキバキッ。


 金も貰えて好きな斧振りまでやらせてもらえるとか、これだから林業組合からの依頼はたまらない。

 ティバキンもまったく、いいタイミングでバイトの募集をかけてくれた。

 ありゃほとんど、名指しの依頼だな。

 ありがたい友人を持てて、俺は本当に涙が出そうだぜ。

 変な脳内麻薬とか分泌てんのかな?


 ミシミシミシッ、バキバキバキッ。


 銀冬菩提樹と丸酸塊の森は、その名の通り銀の冬衣を纏った菩提樹と、丸酸塊に代表される低木果樹の森だ。

 心の原風景に近いと言えば近く、隙があったら森林警備隊の目を盗んで、ベリーを詰んで持ち帰りたい。

 許可の無い採取や狩猟は罰則の対象だが、昼飯を買ってくるの忘れてしまった。


 ミシミシミシッ、バキバキバキッ。


 正直に相談したら、目を瞑ってくれたりするだろうか……?






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tips:城塞都市リンデン


 ウィンター・トライ・リンデンライムバウム伯爵の所領。

 城塞都市と、その周辺にある広域自然地帯を指して「リンデン」と呼ばれる。

 なだらかな丘陵と深い森林、北部高原からの澄んだ湧水(河川)を活かし、天然の要害に守られている。

 都市の象徴は銀冬菩提樹と森から採れるハーブ。

 秘宝匠製の城壁『年輪の聖壁』によって、魔物の発生・襲撃もゼロではないが抑制されている。


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