宿敵編

#109「トロルズベイン」



 斧と聞いて、イメージするものは何だろうか?


 伐採用の道具?

 ならず者の好む野蛮な武器?


 イソップ寓話の『金の斧、銀の斧』を知っていれば。

 斧=木こりの道具、というイメージが強いひともいるかもしれない。

 あるいは、歴史好きな誰かは、アメリカ合衆国第十六代大統領、エイブラハム・リンカーンが後世に遺した格言。

 〝もし木を伐るために六時間もらえるなら、私は斧を研ぐのに四時間使う〟

 なんて教養から、斧は樹木を伐るのに使われる道具だと連想するコトもあるだろうか。


 もちろん、どちらだろうと間違いじゃない。


 とはいえ、日頃から木を伐る林業家や、趣味で薪を割るキャンパーでもない限り、一般人が連想する『斧』というのは、大抵、悪者の使う俗な武器、ってイメージが強くないだろうか?


 ゲームやマンガではよく、斧使いのキャラクターは噛ませ犬の役回りを演じている。

 ホラー系のサブカルチャーじゃ、頭陀袋を被った巨漢が血走った目で斧を引きずっていたり。

 可愛らしい魔法少女ものだと、だいたい敵役の女の子が、ギャップ要素としてめちゃくちゃデカい斧を持たされている。


 理由は恐らく、斧が剣や槍、弓矢に比べて、見栄えに欠けるコト。


 殺陣たてを演じさせるには、斧はきっと、剣と違って鍔迫り合いなどの見せ場を作りにくい。

 斧同士で切り結ぶ、という絵面も、バトル描写的に違和感を与える。

 刃をぶつけ合って火花散らすような、そういう疾走感のある戦いを演じるのに、斧は形状的に向いていないからだろう。

 剣術や槍術、弓術などの言葉は一般的でも、斧術という言葉はイマイチしっくり来ない。

 現実的な活用でも、斧は武器としてサブウェポンの扱いに留まるコトが大半で、主役足り得ない脇役の宿命を背負っている。


 けれど、俺はそんな『斧』が好きだ。


 遠心力と弾性のしなり。

 叩く力と切り裂く力。

 大きく振りかぶり、勢いよく打ち落としてこそ真価を発揮し、対象を確実に〝破壊〟する。

 小さな獲物や、すばしっこい相手には不利かもしれない。

 しかし、斧には一撃必殺を可能にするロマン。

 威力特化の理念が宿っている。


 ……たしかに、他の武器に比べれば欠点は多い。

 それは事実として認めよう。


 斧は剣と違って重心が遠く、そのせいで取り回しが難しいと言う者もたくさんいる。

 刃の形状からは「突き」の選択肢を失っていて、「振り回す」しか可能な動作が存在しない単純な得物だとも。

 加えて、狭い場所では思うように振るえず、先ほど挙げた斧の利点を、どうしたって満足には活かしきれない。

 対峙した敵からは、攻撃の軌道が読まれ易く、充分な備えさえあれば防ぐのも容易。

 それにひとたび躱されてしまえば、体勢の回復に時間もかかるのでまさに鈍重の一言。

 長い柄と、先端についた重たい幅広の刃。

 遠心力と弾性によって高められた攻撃力は、しかし、それゆえに反動のデカさをも生んでしまう。


 ……ハッキリ言って、〝戦闘〟には向いていない。


 それでも、俺は『斧』が好きだ。

 他のどんな武器を勧められたって、なぜなら斧を一番に信用している。


 人類がはじめに斧を手にしたのは、石器時代のコトだろう。

 最初はそこらへんに転がっている自然石を、単に打ち割ってみせただけの原始的な礫器れっきだった。

 だが、そこから石斧、握斧が生まれ、原人たちは利便性の優れた『道具』の発明によって、著しく生活水準を向上させた。

 歴史の勉強をしていれば、誰でも知っている。


 中でも特に、当時の人々は食料問題を改善するため、真っ先に武器開発への創意を凝らした。


 投石と棍棒はコスパが悪い。

 ならば、原人たちが次に両者の〝組み合わせ〟を試みるのは必然の成り行きで。

 木の枝と尖った石刃は、彼らに新しく『木槍』を授けるに至る。

 これは、かなり画期的だった。

 なにしろ、それまで石を投げるか棍棒で殴りつけるかの、大まかな二択しかなかった狩猟法に、投槍と刺突という上位互換の選択肢が与えられたのだから。


 然れど。


 氷像マンモス毛深犀コエロドンタ剣歯虎スミロドン等の大型獣。

 鋭い爪に牙、分厚い毛皮、強大な筋と骨。

 生存競争という原始の戦いの場。

 木槍は彼らの前で、あいにくそれほど優れた武器とは言えず。

 「刺す」という一点に特化した『槍』では、与えられる傷がどうしても小さかった。

 貫通性は賞賛に値した。

 しかし、木槍で致命傷を与えるには、大型獣の懐に潜り込み、正確に急所を刺し貫く必要があった。

 彼らの腕と足は、こちらを軽くひと撫でしただけで簡単に命を奪えるのに。

 大型獣との戦いで、それはあまりに至難を極めた。


 ──ゆえに。


 太古の時代、旧き人々は考えた。

 大型獣ライバルたちに打ち勝つには、どうすればいいだろうか?

 大型獣はその爪と牙で、いともたやすく我々のカラダを破壊する。

 ならば、そうだ。

 我々も彼らと同じ、爪と牙のような武器を手にすればいい。

 幸いにも、似た素材は知っていた。

 鋭く尖った『石』を。

 しなやか且つ簡単に用意できる『木』で。

 我々の新たな武器、〝外付けの爪牙〟とすればいい。

 答えは必然、そのように導き出される。

 そして、それこそが、旧石器時代の三大発明がひとつ。

 俺が愛する『斧』の、誕生した切っ掛けだった。


 要するに。


 斧は人類にはじめて「斬り裂く」や「切断する」、「打ち割る」といったを与えた。

 この世で一番最初に〝斬撃〟の概念を生んだのは、他のどんな武器でもなく斧が始まりなのだ。

 歴史に裏打ちされた確かな信用。

 俺はそこに、何よりの信頼と期待を寄せている。






「た、たすけて……」

「そんな言葉が今さら、届くとでも?」

「ゆるじでくれよォッ!」

「ハッ! オマエが殺した行商人たちも、オマエにそう縋りついたはずだがな」

「ァ──か、ハ──」


 ドスン! と雪煙をあげて倒れる巨体を、冷ややかに見下ろして。

 鋼鉄の重みをゆっくり持ち上げる。

 長い柄の先端。

 霜の石巨人フロスト・トロールの黄色い目に映るのは、果たして恐怖か憎しみか。

 それとも、自身の石肌をたやすく傷つけてみせた、奇妙な刃への驚愕か。

 俺は特に気にせず、躊躇なく首を断った。

 鋼鉄が風を切り、再度地響きに似た揺れが足元を伝わる。


「──フゥ。トロール退治、完了っと」


 呟き、長柄の斧を地面に突き立てる。

 仕事はこれでほぼ終わったようなものだが、まだ最後の報告義務が残っている。

 証拠となる目玉が凍ってしまって割れない内に、手早く抉り出してサッと包みに入れた。

 やれやれ。トロールはこれだから、事後作業まで不快になる。

 けれど、トロールと聞いて放っておくワケにもいかない。

 私怨もだいぶ混じっているが、こうした俺の行いが、少しでも遺族誰かの救いになるなら、断る理由は欠片も無かった。

 報酬も悪くないしな。


「死体は……仕方ない。いつもみたく燃やしとくか」


 放置すれば吹雪に埋もれて掻き消える。

 だが、このあたりは森も近い。

 匂いを嗅ぎつけ狼どもがやって来ないとも限らないし、万が一アンデッドにでもなられたら不愉快どころの話じゃ無くなる。


「えーっと……油、油どこだっけ……」


 服のポッケをいろいろまさぐるが、見つからない。


「しまった……」


 どうやら仮屋に忘れてきてしまったようだ。

 火口箱は携帯しているが、油も無しに火をつけても吹雪で消されてしまう。


「クソ── “イグニス”」


 ボゥッ! と。

 呪文によって魔法の火が踊り、メラメラと霜の石巨人フロスト・トロールを焼いた。

 油なんかより余っ程もったいないが、こういう時は仕方がない。

 せいぜい骨も無くなるくらい、盛大に燃えてしまえばよかろうなのだ。


「ま、魔法なら確実に火葬できるしな……」


 まったく。

 トロールと聞くと、未だに心のどっかがザワついてしまうのか。

 忘れ物をするなんて、俺としたコトがつまらない失敗だった。

 帰ったらちょうどいい。

 仕事の報告がてら、いろいろと補充に回っておこう。


「っぱ薬箱に、油もストックしとくべきかな?」


 でも油って、地味に値が張るんだよなぁ。

 金を稼ぐのは大変だ。

 なので、今回もしっかり請求しなければ。


「……も、そろそろメンテ時だしな」


 ぐるり、と得物を肩にかけて、来た道を戻る。

 引き受けた依頼は『行商殺し』の異名を取るクソトロールの問題解決だった。

 歩きで数えてざっと三時間。

 森の近くの物寂しい行商路。

 冬の始まりとはいえ、ダークエルフでもなければ、この行程はちとツラい。

 これも頼られてる証拠かね、と前向きに捉えながら、いや、やっぱり体良く利用されてるだけか? とも首をひねり考え込む。


 ともあれ、




「──さすがだな、〝石巨人殺しトロルズベイン

 たった半日足らずで、午後に受けた依頼をこなすか」

「証拠の検分は?」

「問題ない。いつも通り、シャーリーから金を貰え」

「分かった。確認どうも、ザックの旦那」

「担当官と呼べ、ガキ」

「俺、今年で二十七だぜ?」

「クソ長寿種族が。見た目がガキなら、どうあれガキなんだよ」

「背は旦那より高いけど?」

「ツラがガキのまんまだ。クソ、会った時とちっとも変わらねぇ。気色が悪いぜ」

「差別発言じゃねぇの、それ」


 ぶつくさ文句を言いつつ、斡旋所のオッサンに素直に従い女性のもとへ。


「フフ。今日もお疲れ様です、メランさん。

 報酬の引き渡しですね。こちら、大銀貨20枚になります」

「シャーリーさんもお疲れ様です。はい、確かに受け取りました」

「これから冬ですので、トロールが出たら、またお願いしますね?」

「はは。出ないのが一番ですけど、依頼があればもちろんお引き受けします」

「フフ。頼もしい」


 女性は微笑し、ペコリと一礼する。

 城塞都市リンデン、自由民専用職業斡旋所。

 職員の愛想は、いいヒトもいれば悪いヒトもいる。

 俺はここで、今日も日銭を稼ぎながら、ぷらり暮らしていた。


「……トロール殺しの大剣トロルズベイン? ありゃどう見ても、ドワーフの長柄の大戦斧ポール・バトルアクスだろ?」

「バカ。オマエ、知らねえのかよ。あの大斧はな、そのトロルズベインを、三本は鋳潰して鍛え直されたっつー怪物なんだぜ?」

「……は? そんなんいくら何でも、重すぎて持てねぇだろ。フカすなよ」

「信じられねぇのも無理はないけどな。見ろよアレ」

「あん?」

さ。トロールをひとりで殺しちまうのも、ある意味納得の怪物だろ?」


 新参らしい男たちの、好き勝手な言い様が耳元へ届く。

 距離も離れて声量も落としているので、彼らはこちらにまったく聞こえていないと思っているようだが、ダークエルフは残念ながら耳もいい。

 あいにくと、全部丸聞こえだった。


(ま、いつものことだな)


 欠伸を噛み殺し玄関を出る。

 トロルズベインのメラン。

 ドワーフ斧のダークエルフ。

 俺としては、実はどっちも気に入ってる通り名だったりして。





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tips:石巨人殺し


 トロルズベイン。

 トロールを殺す者。

 渾天儀世界では通常、両手持ちの大剣(特にツヴァイヘンダー)を指して呼ばれる異称だが、稀にひと等に対しても使われる。

 この異称を持つ刃物は、トロールの石肌をものともしない尋常外の業物である。



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