#089「社会的種族」



「貴君はいろいろ、思い違いをしているようです。貴君のが仮に正しかったとして、それでどうして、私が貴君に刺客をけしかけることに繋がるのでしょう?」


 問い掛けに、バルザダークは落ち着き払った様子で疑問を口にした。

 黒曜石の長はいっそ退屈そうなまでに平然とし、自身の侍従にワインを注がせるほどの泰然自若ぶり。


「ああ、失礼、勘違いしないでください。恐らくではありますが、貴君の考えは分かります」

「私の考えが、分かる?」

「ええ。ラグナルは娘たちとって、名付け親であり育ての親。あの男を刺客として使い、もしも貴君が順当にでも与えていれば、貴君と娘たちの間には大きな亀裂が刻まれたことになるでしょう」


 バルザダーク・オブシディアンが過保護な父親であるという仮説を基に推論を重ねていけば、そういう陰険な〝仕掛け〟も、たしかに計画の内に含ませたかもしれない。

 だが、


「あまりにも、バカバカしすぎるとは思いませんか?」

「バカバカしすぎる?」

「冷静に考えてみてください」


 バルザダークは半ば失笑を浮かべて、ワインを飲み干した。


「父親が娘の交友関係を心配し、異性との付き合いを危惧する。なるほど。実にありふれた話です。我ら貴族にはまるで似つかわしくないが、貴族も所詮は一個の人。情の通わぬ石塊などではない」


 ならば、


「私が貴君と娘たちとの親交を快く思わず、それがため今回の騒ぎを起こした。そういう可能性も、まあ、ゼロというワケではないのでしょう」

「けれど、そうではないと仰る?」

「ええ。のたまわせていただきます」


 いつの間にか、バルザダークは失笑から苦笑へと笑みの種類を変えていた。


「端的に指摘すれば、そうですね。〝割りに合わない〟……この一言に尽きます」

「……つまり、不合理だと?」

「不合理であり、滑稽でもありますね」


 たかだか子どもの人付き合いを改めさせるのに、暗殺まがいの陰謀を巡らせるのは、どう考えてもバカのすること。

 仰々しすぎるし、非常識な手段に突っ走りすぎだ。


「たとえば、〈学院〉を自主的に退学させる。たったそれだけのことでも、娘たちと貴君との繋がりは、大部分断つことができるでしょう」


 先ほど、〈学院〉の本旨に触れて関係性を主張したためか、バルザダークは真っ向からウィークポイントを突いてきた。

 それを言われてしまうと、たしかにこちらは反論ができない……

 セラスとティア、当人たちの意思はどうあれ、〈学院〉は三度みたびまではチャンスを与える。

 つまり、一度目ので成人の資格無しと判断されても、二度目、三度目までで査定をクリアすれば、結果的には何も問題ない。


 なので、


(……ダメか。ちょっと、希望的すぎたな)


 ゆっくりと目蓋を下ろし、静かに敗北を認める。

 バルザダークの反応は至極真っ当なもの。

 俺の言いがかりは、子どもっぽい推論として苦笑まで生んでしまった。

 これ以上粘り続けても、話は延々に平行線で決着がつかない。

 バルザダークはこの場で、絶対に双子姉妹への愛情を認めないだろう。

 少なくとも、今日会ったばかりの俺には胸襟きょうきんを開かない。

 当然といえば当然。

 なので、ここは「ふぅ」と思考を切り替えて、最初の論点に立ち帰る。

 俺はすごすご引き下がった。


「貴方の主張は正しい。どうやら私の憶測は、本当に憶測に過ぎなかったようです」

「ほう。素直にそれを認められますか」

「水掛け論をしたいワケじゃありません」

「ですが、仮面越しにも伝わってきますね。貴君はまだ、ギラギラと私を睨み据えている。若さゆえの気炎でしょうか。気を抜けば、ジワジワと圧倒されてしまいそうだ」

「ご冗談を……」


 ハァ、と呼吸を挟み肩の力を入れ直す。

 よし。


「では、話を別軸にて再展開させていただきます」

「ほう? 別軸、と来ましたか」

「オブシディアン公。私は先ほど、敵……すなわち貴方の動機について、〝私と会ってみたいと考えているからだ〟と言いましたね」

「ええ。実におもしろい考え方でした。根拠としていた推論は、いささか夢と希望に満ち満ちたものでしたが」

「その推論、実はもうひとつ、貴族的な面から切り込んでみたものもあるんです」


 バルザダーク・オブシディアンを、あくまでも人でなく貴族として。

 黒曜石の家紋を背負う冷徹な貴石貴族として考えた場合。

 この美丈夫が、何ゆえラズワルド・スピネルごときを襲撃しなければならなかったのか。

 その問題を突き詰めて考えていけば、理由は自ずと浮かび上がる。


「〝死んだはずの第一王子は、実は名前を変えて今なお生きているのではないか〟」

「…………」

「他ならぬ自分自身にかかわる噂です。私も多少は耳にする機会もありましたし、こうして本人が聞いているんですから、当然、貴方だって耳にしていておかしくない」

「……ふむ。たしかに、小耳くらいには挟んだかもしれません」

「なら、貴方は思ったのではないですか?」


 現王政はじきに終わりを迎える。

 老醜のネグロ王は床に伏せり、永遠の眠りにつくのも間近い。

 次代の王は誰か?

 ナハト・アダマス。

 今期の〈学院〉で、最優を謳われる

 では、そのフィアンセは?


「フィロメナ・セレンディバイト。同じ令嬢でも、彼女とご息女がたとでは、失礼ですがあまりにも周囲の反応が違う」

「まだ、確定した婚約ではないはずですよ」

「暗黙の了解、周知の事実。とにもかくにも、王太子ナハトのお相手は、セレンディバイトの美髪姫で決まりだと、ぶっちゃけ誰もが見なしているでしょう」


 勝利の美酒、凱旋の喇叭は、ヘマタイトとセレンディバイトの二家に贈られる。

 これはもう、決定された未来と言っても過言ではない。

 けれど、


「けれど、もしもラズワルド・スピネルが死んだはずの第一王子で、もしこのタイミングで王座の奪還を目論んでいたら?」

「──なるほど。我が娘たちは、奇しくも貴君と懇意にしているらしいですからね」

「ええ。ですから、貴方は〝その可能性〟を検証せずにはいられなかった」


 刺客を送り、ラズワルド・スピネルの反応を確かめ、騒動の責任を追及されても、いざとなれば何とでも言い逃れができる杜撰な計画。

 本気ではなかったと、弁明もできる上策な一手。

 俺の評判はお世辞にも良いとは言えない。

 だが、それは所詮、既存のメラネルガリア社会における凝り固まった価値基準にのっとる。

 白髪の双子姉妹を抱えるオブシディアン家にとっては、常道から外れた奇道こそが歓迎される結果に違いない。


「どうです? 私の推理は?」

「……ふぅむ」


 バルザダークは思案げに目蓋を下ろした。

 と、思った次の瞬間。


「──すみませんが、今宵はここで席を立たせていただきます」

「……え?」

「なかなか興味深いお話でしたが、貴君の論には決定的な証拠が何もない」

「証拠、ですか? いや、証拠ならありましたよ」

「最初の部分に関しては。ラグナルとやらの証言、たしかに、証拠としての最低限の資格は私も認めます。私とヤツの因縁も、事実として存在はしている。ですが、たったそれだけの根拠では、貴君の語った〝その後〟に続いてこない」


 前提になる証言そのものについても、スピネル家がオブシディアン家に言いがかりをつけるための自作自演。

 または、他の家の策謀という可能性も、決して無いとは言い切れないものです。


「なので残念ですが、これ以上の時間を貴君には差し上げられない。今宵はここでご容赦を」

「ちょ、本当に行くつもりですか?」

「最低限の礼儀は、尽くしたものと考えます。それでは」

「……」


 戸惑う俺に、バルザダークは聞く耳を持たず、クルリと背中を向けた。

 そして、そのまま本当に、スタスタとバルコニー席を離れていく。

 ぞろぞろと続いていく侍従。

 後に残されたのは、ハシゴを外された感覚で「え?」と困惑する俺と、同じく戸惑いの気配を醸すセドリックだけ。

 答えは得られず、真相は与えられず……最低限の礼儀は尽くした? これじゃあ、逆に礼儀を失したようなものじゃないか?

 俺は眉間に皺を寄せ、少しして、「違う。そうじゃないのか」と、ようやく状況を理解。


(ああ、そうか)


 バルザダークからしてみれば、俺が罪を追求しない。事を大事にするつもりがない、と言ってしまったその時点で、


(この場に留まり続ける義務から、解放されていたんだな)


 何故なら、容疑者としての立場を甘んじて受け入れていたからこそ、バルザダークは呼び出しに応じていたのだ。

 彼の真意が何であったかなどは関係がない。

 バルザダーク・オブシディアンには罪を犯したという負い目、そこからくる謝罪の意があった。

 だから彼は、今晩ここへ立ち寄った。

 その証拠に、バルザダークは一度として冤罪を主張していない。

 オブシディアンの長という立場から、表立って罪を認めるわけにはいかないものの、それでいてこちらの指摘を、断固とした態度で否定もしなかった。

 にもかかわらず。


(罪の糾弾をしない。罰を求めない。俺がそう、真っ先に『許し』を与えちまったから……)


 バルザダークを引き留め続ける社会的な強制力。

 恐らくは貴族の風儀。

 それを、みすみす自ら捨てることに繋がってしまった。

 最低限の礼儀とは、要するにそういうコトなんじゃないか?


「……なるほどなぁ」

「若様……?」

「いや、めちゃくちゃ『貴族』だったな。バルザダーク・オブシディアン」


 席を立ち上がり、こちらもバルコニーを後にする。

 結局、終わってみれば何もかもを煙に巻かれて終わっただけの対談に思えるが、バルザダークのような人種を知れたのは個人的に大きい。

 今後は下手な失言をしないよう、口の重さに気をつけようという教訓も得られた。


「──ま、向こうも向こうで、俺の正体については答えを決めあぐねてるだろ」

「私は肝が冷えましたが……」

「明言を避けたのは、どっちも同じってことだし、大丈夫だろ? たぶん」

「バルザダーク公は、〝鋭刃〟の異名も持つ切れ者で有名ですよ」

「頭のいいヤツは、頭がいいからこそ、いろんな事を考える生き物だよ」


 つまりそれだけ時間がかかる。

 どっちにしろ、バルザダークのリアクションについては、いやでも明日以降の〈学院〉で知れるだろう。

 セラスとティア。

 同じ学び舎に在籍している以上、俺は彼女たちを通して、バルザダークの意思を察することが可能だ。

 冷徹な父親か、愛ある父親か。

 俺は後者だと踏んでいるが……果たして?




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tips:貴族


 エルフにはハイエルフ。

 吸血鬼には真祖。

 ドラゴンには古龍といったように。

 その種族の上位種、高次存在としての種族名がもしも存在するのならば、人間の上位種、高次存在とは、如何なる呼び名を与えられるべきか?

 社会的生物がより高度に存在するのなら、それはやはり、『貴族』が適当な気がする。

 旅人はなんとなくそう思った。

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