#086「刺客からの交渉」
兵装院の教導でも感じていたが、ダークエルフの〝戦い方〟は容赦というものに欠けている。
戦いなのだから当然かもしれないが、敵に対する情けや慈悲。
そういった人ならば誰しもが備える『温情』のようなものが、ひどく不足しているように感じられた。
ダークエルフの〝戦闘〟は、 ──とりわけ男同士の暴力相互作用は──ホモサピエンスの感覚からすると、いささか以上に荒っぽく感じてしまう。
なんというか、破壊力が違うのだ。
恵まれた体格と、それを裏切らない外見以上の膂力。
練り上げられ、研ぎ澄まされた純粋なパワーは、ひとつひとつの攻撃をまるでマグナムの如き衝撃にまで昇華させ、普通の人間が超頑張ってもピストル程度だとすれば、その差は恐ろしいほどにレベルが違う。
したがって、
「ふッ──!」
「ッぐぅ……!?」
「若様!」
「ああ、分かってる! やっぱり着込んでるな!」
大抵のダークエルフ戦士は、防御力に優れる『装備』を身に纏っている。
油で煮固め、硬化処理を施した
厚手の毛皮を重ね、防寒対策にも秀でる
まずもって必須なのは、軽くなどない頑丈で重厚な
できれば、
対人戦を意識している連中は、必然、自分たちを基準に対策を練るから抜け目がない。
よく、重装備は銃の登場とともに徐々に廃れていったと耳にもするが、バカを言っちゃいけない。
ダークエルフは持ち前の頑健な肉体を活かし、パワフルな一撃で敵を粉砕しようとするのだ。
厚さ1ミリの紙装甲で銃弾は防げない。
マグナム弾なら、どっちにしたって五十歩百歩?
だが、衝撃を素のままダイレクトに受け入れてしまうのと、装甲を一枚か二枚、時には三枚隔てて食らうのでは、あいにく生存率がまったく異なる。
広場に集まった刺客は、どうやら全員が服の下に厚めの金属板を仕込んでいるようだ。
こういった手合いを一撃で仕留めるのは、まあまあだが難しい。
「けど、相手が悪かったな」
「ウオォォォラッ!」
「っ!?」
背後でブチ上がる
セドリック・アルジャーノンは、ドラゴンにも引けを取らない剛力の剣士である。
刺客たちの人数は、戦闘が始まって数秒、早くも七人に減ることになった。
そして、
「なっ、なんで……!?」
「すいませんね、見かけ通りのガキじゃなくて」
「う、がッ、あああああ!?」
若造だからと油断したのか、武器を使わず直接殴りかかってきた男が苦鳴をあげる。
手首を捻り骨を折った。
そこをさらに、握りつぶすように力を入れて、強引に地面に膝をつかせる。
んで、ちょうどいい位置にきた頭を、今度は斧の柄頭で横からショット。
「あらよ」
「ゥ──」
グルン! と首が半回転してドシン。
男は泡を吹いて気絶した。
直後、残りの六人が息を呑み戦慄の空気を伝えてきたが、命を狙われてラインを見誤るほど、こちらもバカじゃあない。
せっかくの息抜きを台無しにされたってのもある。
タダで済ませてやる必要性は、あいにくまったく感じられないな。
「──ふたりくらいは話せるようにしておきましょう」
「了解」
「「「ッ!」」」
セドリックの上から目線に、刺客たちが剣呑な目つきに変わった。
しかし、悲しいかな実力差は明確。
よくよく見れば、すでに倒したふたりも含めて、刺客たちの肌色は明るい。
褐色──暗褐色、赤褐色。
メラネルガリアじゃ紛うことなき市民階級のそれ。
(……残酷な話だ)
外見的特徴が、そのまま身体能力の優劣に直結するなんて。
俺はかぶりを振り、セドリックと共に残りの六人を手早く片付けにかかった。
で、尋問フェイズ。
「お前たち、どこの手のものだ」
「…………」
「ふぅ。あまり手間を、かけさせないでもらいたいのだがな」
八人の刺客を倒し、広場には元の静寂が戻った。
セドリックは若いのと歳を取ったの。
先ほどの宣言通り、ふたりの刺客に尋問を開始している。
俺はそれを、ちょっと離れたベンチで呆っと眺める係。
喉元過ぎればなんとやらではないが、蓋を開けてみれば全然大したことのない相手だったので、なんというかガックシやる気を失ってしまった。
しかし、
──シュッ!
「がッ、ああッ!?」
「な! テ、テメェッ!」
「次は指を落とす。貴様も年長者ならば、若者が自分のせいで苦しむのは見たくあるまい」
(こわ)
俺と違い、純粋培養の異世界人であるセドリックさん。
彼はこういう時、ちっともやる気を減じない。
罪には罰を。
悪には流血を。
メラネルガリアじゃ盗人は腕を斬り落とされ、密告者や詐欺師は舌を抜かれる。
そういうところ、めちゃくちゃシビアでハイカロリーなのだ。
殺人の罪は命で以って。
未遂であっても、多かれ少なかれ運命は決している。
(とはいえ、あんまり罰が重いと、犯罪がエスカレートしかねないって面もあると思うんだがなぁ)
いわゆる、どうせ死ぬならとことんまでやってやらぁ! 的な思考回路。
あんまり考えたくないが、追い詰められた人間ってのは、時としてかなりやけっぱちな行動に出がち。
そう考えると、この刺客たちはさて、どんな
「──増援の気配はなし。何かとっておきの、切り札があるような気配もなし」
「! 若様?」
というか、
「なあ、セドリック。このひとたち、そもそも最初から、
「……なるほど、若様も気づいていましたか。たしかに、おっしゃる通りです」
「っ!」
セドリックがスン、と鼻を鳴らして刺客たちを見下ろす。
その視線に、ふたりの刺客は悔しそうな顔をして歯を食い縛った。
どうやら、捨て駒の自覚はあったらしい。
この様子だと、彼らも最初から分かっていたのか。
自分たちが行動を起こしたところで、目的を果たせる可能性は限りなく低いだろうということを。
「でも、まるっきり素人、ってワケでもなさそうだよな」
「それは……はい。そうでしょうね。この者たちは実力こそ足りていませんが、組織的な資金力、計画遂行のための連携には恐らく余念がなかった」
広場に現れたタイミング。
スラムの住人に見せかけた変装(板金仕込み)。
(……正直、挑む相手さえ間違わなければ、悪くない作戦だったろう)
普通、八人がかりなら余裕でフルボッコだ。
「となると、何らかの理由で弱みを握られた犯罪組織。それが、どっかの貴族に命じられて仕方なく……ってところかぁ?」
「──どうなんだ? お前たち」
「「…………」」
問いかけに、刺客たちはしばし沈黙。
一秒、二秒、三秒と間が空いて、セドリックが無言で剣を振りかけた。
刹那、
「──ひとつ、約束をしてほしい」
「オヤジ!」
無精髭を生やした小汚い男。
俺の目には四十代くらいに見える年嵩な方の男が、苦渋の滲む顔で口を開いた。
セドリックは眉間に深い皺を寄せている。
「約束、だと?」
「ああ。アンタらが聞きたい情報は全部くれてやる。俺はどうしてくれようとも構わない。だがこいつらは、俺の言う事を聞いただけの単なる馬鹿野郎なんだ。頭の足りねえガキどもでしかねえ。だからよ、こいつらだけは見逃してくれねェか」
「なっ、何言ってんだよ親父……! そんなのダメだ!」
「テメェは黙ってろヒューゴ!」
「……静かにしろ」
チャキ、とセドリックが喉元に剣を突きつけ若者を黙らせる。
俺は親父と呼ばれた男の方に顔を向けた。
「ずいぶんと虫のいい主張だな。その条件を呑むには、それなりに価値ある情報でないと、いろいろと厳しいんだが?」
「若様!」
「まあまあ、落ち着いて。下手人が自分から、せっかく情報を吐いてもいいって言ってるんだ」
まずは話を、聞くだけ聞いてみよう。
「別に温情を与えるとか、そういうつもりもないから」
「しかし……」
「大丈夫だって。なんなら、大した情報がなかったなら、俺は大雪原に放り込んでやろうとすら思ってるくらいだ」
「「な──」」
事実上の死刑。
その代名詞である地獄の名に、刺客たちの顔がゾッと血の気を失う。
ふむ。ひとまず、腹いせは済んだな。
実際に大雪原に放り込むかどうかは、どんな情報が出てくるかで考えるとしよう。
では。
「よし。それじゃ、聞かせてくれ」
────────────
tips:罪人の処刑
領主の仕事のひとつ。
メラネルガリアでは貴族=法の執行者であり、領民が悪事を働いた場合、その断罪は領主とその家族が執り行う。
メラネルガリアは鎖国中だが、もし長寿種族の国で罪を犯す異種族がいれば注意されたし。
どんなに軽い罪であっても、最悪死ぬまで牢獄ということも十分にありえる。
時間に対する価値観が、短命種族と長寿種族で異なるために。
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