#068「ラズワルド・スピネル」



 で、学園編(?)が始まっていたってワケ。

 おっと。

 予想外の展開に俺も驚いているが、事の成り行きくらいは説明させて欲しい。

 大雪原を無事に越えられてからの経緯は、大体こんな感じだ。


 1.メラネルガリア到着

 2.国境警備隊突破

 3.セドリックの案内に従い、闇に潜りつつスピネル領に移動

 4.祖父母(母方)との対面

 5.素性の証明(スピネルの首飾りと死界の王の加護)

 6.これからどうするか?

 7.とりあえず〈学院〉行く?


(うん。だいぶ端折ったけど……)


 整理して箇条書きにすると、こうなる。

 着いた時はどうなるものかと思ったものの、序盤の関門はだいたい越えられたあたりだ。

 色々と思惑は蠢いている。

 案の定、って感触ではあるが、まあ、そのあたりは仕方がない。想定の範囲内だし。

 それに、〈学院〉……メラネルガリア貴石貴族の学校……これも、俺にとってまったくメリットが無いってワケでもなさそうだったので、ひとまず通ってみようと思った。

 勧められるまま素直に従った流れではあるけど、俺だって思惑のひとつやふたつは抱えている。


(ふぅむ……にしても、メラネルガリアは想像していた通り、やっぱり一筋縄では行かなそうだ)


 国境の突破も、血こそ流さなかったが結局大騒ぎにしてしまった。

 人里はおっかない。

 まさか、ちょっと近づいただけで、あんなにあっち側の住人が湧き出てくるなんて。

 兵士というのはやはり、それなりに恨みを買っている。

 それとも、賄賂が通じるような不真面目な兵士たちだからこそ、ああいった怨念に常日頃から囲まれていたのだろうか。

 どうあれ、セドリックには申し訳ないコトをしてしまった。せっかく用意していた賄賂が、渡し損になってしまったのは切ない……


(神様の祝福にも、本当に困ったもんだ……)


 セドリックに連れられて、スピネルの城館まで辿り着いたときも、ひと騒動あった。

 血の繋がった家族──母方の祖父母とのあれやこれや。

 会う前は、なんて挨拶しよう? なんて悩みもしていたのだが、実際に顔を突き合わせると、彼らはそのあたり思いのほかサバサバしていて──というか、だいぶ他人行儀で──拍子抜けに終わった。


(……でも、いきなり「証明しろ」だもんなぁ)


 王家の血とか重大事実なのは理解しているが、まさかの開口一番。

 感じ悪いなんてレベルじゃない。

 まったく、どうして俺が、あんな風に疑いの眼差しで見られなきゃならんのか。ちょっと眉間に皺が寄ってしまった。

 セドリックには後々から頭を下げて謝られたものの、いざが完了したらしたらで、今度は引き攣った顔で離れに押し込められるし。

 スピネル家が特別そうなのか、ダークエルフの貴族ってものが全体的にああなのかは分からないものの、感動の抱擁とかひとつもありゃしない。

 セメントである。

 塩対応も超えたスーパードライ。


(……家族の情とか、別に期待はしてなかったつもりだけどさ)


 ちょっとだけ傷ついた。

 自分でも意外だったが、心のどこかで少しは温かなものを欲していたみたいだ。

 しかし、ルフリーネ・アダマス……王宮にいるらしい実の母親とはまだ再会していないものの、この調子だと、恐らく大した〝再会〟は待っていないんじゃないか? と悲観的に現実を俯瞰してしまう。

 貴族という生き物は、家族とはまた違った価値観で動いているのかもしれない。

 スピネル家も事が事なだけに、俺の扱いをどうしたものかと決めかねている反応ではあった。


 現時点で俺の帰還を知っているのは、スピネル家当主、スピネル公とその夫人。そしてセドリック。


 彼らは実の娘にすら、時が来るまで、俺の存在を伝えさせない方針を採ったようだ。

 今のところ、話としては『ケン』で落ち着いている。

 というのも、


◇スピネル家:

 娘の息子が生きていた。

 ⇒奪い取られた王位継承権を取り戻す?

 ⇒しかし、第一王子は王からも見捨てられた呪われ子。

 ⇒成長して帰ってきたが、貴族としての教育はもちろんされていない。

 ⇒そのうえ、本人の口から王位継承権には興味がないと来た。

 ⇒とりあえず落ち着こう。

 ⇒長旅で疲れているだろうし、まずは羽を休めさせ、国に慣れてもらうのはどうか。

 ⇒聞けば、セドリックと会うまで、自分の正体も知らなかったそうではないか。

 ⇒偽りの身分その他、もろもろの面倒は見る。

 (推定される真意:その間に、どういう人間か見定めたい)


 対して、


◇俺:

 メラネルガリア来た。

 ⇒セドリックへの義理は一応果たした。

 ⇒改めて、ダークエルフの国ってどんな感じだろう?

 ⇒予想通り、なんだか陰謀に巻き込まれそうな予感。

 ⇒王位継承権には興味がないんですよねぇ。

 ⇒でも、スピネル家を頼らないなら他に行く宛もない。

 ⇒加えて、セドリックへの義理立てだけで、わざわざメラネルガリアに来たのでもない。

 ⇒刺青の詳細を知ってそうなネグロ王に近づくには、貴族の身分があった方が便利ではある。

 ⇒しかし、差し当たっての暮らしとして、王子の身分を明かすのはデメリットが大きそうだ。

 ⇒なに? 〈学院〉で首席になると、一成人として直接王と謁見できる?

 ⇒う〜ん……それならまあ、〈学院〉ってのに通ってみるか。


 ラズワルド・スピネル爆誕。

 斯くして、俺は今日、厳かな街並みを抜けて、やたらめったら威圧的なドデカイ門を見上げている。

 細やかな彫刻装飾と、圧倒的な重厚感。

 黒塗りの巨門。

 馬車で見送られ、道中ずっと外の様子を観察してきたが、メラネルガリアってのは本当に、どこもかしこも黒色ばかりだ。


(種族の自己主張が、激しすぎじゃないか?)


 異国に来た感覚が半端じゃない。

 あと、世界遺産みたいな建物がたくさんある。

 ゴシック建築とバロック建築。

 素人目には違いなんてサッパリ分からないが、雰囲気的にはそんなところ。

 あと、屋内に入ると、シャンデリアがやっぱり宙に浮遊していた。

 懐かしい謎原理。

 海外旅行に来たみたいで落ち着かない。


(それにこの服も……本当に大丈夫かなぁ?)


 スピネル家の使用人たちに、あれよあれよと着させられ、微妙に居心地が悪い。

 どうにも、着られている感が拭えないのだ。

 バッサバッサと袖や裾をはためかせる。


(見た感じは、ジョージア……グルジアだっけ?)


 とにかく、某有名アニメ映画の衣装モチーフにもなったという民族衣装に、ゴシックスーツのデザインを混ぜたようなシャレオツな装束。

 ダークエルフの貴族服は、ちょっとコスプレしてるみたいで落ち着かない。

 畜犛牛オーノックの外套がなければ、気恥ずかしさのあまり他人を避けていたところだ。


(衣装係のメイドに、あり得ないって顔はされたけど)


 せっかくの華麗な出で立ちが、暑苦しい獣毛に覆われている。

 あれは、明らかにファッションセンスとかに一家言ありそうな女性だった。

 仮にも貴族子息ってことなってるので、面と向かって批判こそしてこなかったが、立場が同じだったら間違いなく文句を言ってきただろう。


(今頃はメイド仲間に、愚痴りでもしてるか?)


 帰ったらそれとなく、様子を伺ってみるのもいいかもしれない。

 ご当主からの上意下達で、俺はぽっと出の私生児と認識されている。

 使用人たちも生きた人間だ。

 彼らの反応には、いろいろ注意しておこう。

 人の多い場所での生活にはまだ慣れない。


(ただまあ)


 今日のところは、入学の式典と顔合わせの挨拶が優先だ。

 さて、友達は百人できるかな?


「つっても、生徒が九人だけじゃ、どうあっても無理なんだが」


 ガハハハハハハ。

 独り言を呟き敷居を越える。

 この〈学院〉は、ダークエルフの貴族子息、および令嬢。

 長寿種族の価値観では、生まれたてホヤホヤに等しい十代の子どもたちを一箇所に集めて、早くも成人の資格を問おうとする試験場らしい。


(成人云々っていうより、どっちかっていうと、士官学校みたいな趣きが強そうだけども)


 若者を早々に取り立てようとするのは、国力強化に余念が無い証拠か?

 メラネルガリアの貴族は全部で十一家系。

 種族的な低出生率も相まって、生徒数は最近じゃ二桁にも届かないそうだ。

 若者の数が少ない分、将来を見据えて質で補おうという考え方かもしれない。


(まるで、のんの○びよりみたいな教室だったりして)


 真っ直ぐに舗装された石畳を行きながら、俺は全然のんのんしていない目的地に向かう。

 視線の先、目立つのはやはり三つの高塔。

 〈学院〉は塔城で、今日は中心にある兵装院って場所で式典が開催される。


(でけ〜)


 近づけば近づくほど、見事な建築に感心した。

 文明圏ってのは本当に偉大である。

 ほんの二、三ヶ月前、俺は大雪原で雪洞を寝所にしていた。

 後半は友好的な移動遊民の天幕で、なかなかに快適だったが、それでも、デカい建物は見るだけで安心感が違う。


(自然は好きだけど、楽しめるのは生きていられたらの話だしなぁ……)


 ここはアダマス領の端。

 スピネル領からは意外に近い郊外部。

 中央の王都に比べると、たしかに建物間の隙間も多い。

 だが、俺にとっては十分都会だ。


(マンモス校みたいだぜ)


 広い敷地。

 テクテク歩いていく。


(道、長ぇ〜)


 さっそく馬車が恋しくなった。

 人は堕落を知ると、知らず知らず甘い蜜を欲してしまう。

 スピネルの屋敷暮らしは、たった数日で毒のように身体をおかしていた。

 俺はワケありなので、〈学院〉には毎日馬車通いとなるが、これだけ長いエントランス? だと、もっと奥の方まで送ってもらった方が良かったかもしれない。

 しかし、警備面の理由から、〈学院〉の敷地に入れるのは招待された人間だけ。

 どういう仕組みかは分からないが、魔術的なシステムで侵入者がいれば警報が鳴る──とセドリックも言っていた。

 先ほどの門前には、何台か他の家の馬車も停まっていたのを確認している。


(貴石の紋章がずらずらと)


 黒曜石、黒翡翠、黒蝶真珠……エトセトラエトセトラ。


「……ぶっちゃけ、見分けがつかないんだよなぁ」


 俺は宝石職人じゃない。

 赤色の石を見たらルビー。青色の石を見たらサファイア。緑色の石ならエメラルド。

 宝石と聞いて思いつくイメージなんて、大概そんなようなものだ。

 むしろ、セドリックから聞いて「黒色の石ってそんなにあるんだ」と驚いたまである。

 どの馬車も一様に家紋を刻んでいた。


(スピネル家もそうだけど、わざわざ紋章を石で印字するかね)


 リッチな話だ。

 実に貴族らしい。

 堂々と見せつけて道を通り、盗まれるとかの心配は無いのだろうか?

 よく分からないが、スピネル家は〈学院〉から近いということもあり、今後も直接通学を予定している。

 よその家は、王都にある別宅を利用して、そこから足を運ぶのが通例だそう。

 何にせよ、どの家の馬車も外装だけでなく、内装まで豪華な装飾をしている。

 俺は正直「中世の馬車だろ?」とナメ腐っていたが、革張りの座席は座布団程度には柔らかく、座り心地も想像していたより悪くない。

 道がきちんと舗装されているのも大きい。

 メラネルガリアは主要な道路を、ちゃんと石畳にしていた。除雪も抜かりない。


(不思議だ……)


 メラネルガリアは、ヴォレアスとは違う。

 だからか、視界に入るもの何もかも前時代的なのに、俺は未来にタイムスリップした感覚だった。

 タイムスリップついでに言えば、

 

(こんな変な仮面も、つけてるし……)


 ペストマスクに似た革の仮面。

 目だけでなく、顔全体を隠すそれに少しだけ窮屈感を覚えながら、「まるで仮面舞踏会……いや、ハロウィンの仮装か?」と独りごちる。

 病弱設定を利用して、スピネル家当主は俺へ、外出時には常にこれを着けるよう厳命した。


 ──『祝福隠し』


 なんと、この仮面は神々の息吹ゴッドブレスを封じてくれる代物らしい。

 着けていると、たしかに夜目が効かなくなった。

 自分では分からないが、祝福保持者特有の気配も隠せているという。


 セドリックは「……まさか、蒐集院の寄贈品を?」と何やら戦慄していた。


 どうやら、相当に貴重な品なんだろう。

 俺の処遇をどうするにしろ、しばらくは身の安全を図らなければならないため、スピネル家としては念には念をで、大急ぎでこれを取り寄せてくれたようだ。

 まさかの魔眼殺しである。

 入手ルートについては、詳しく聞かなかったが、恐らくニュアンス的に、どこかの博物館から掻っ払って来たのだろう。

 貴族というのはやはり強権の持ち主。

 おかげで俺は、あちこちであちら側の住人を招き寄せる心配こそ無くなったものの、この通り、めちゃくちゃ怪しさ爆発で仕方がなかった。

 ひょっとしなくともコレ、本末転倒ってヤツじゃないか?



「──あッ、あいつらッ!」



(うん?)


 と、そこで。

 いよいよ塔城の足元。

 楕円に広がる階段広場を登り、さて、と一息吐いてみせたところで、俺の前には先客──先ほどの馬車のいずれかより降りたる推定同級生──ふたりの少女が、背中を向けていた。

 少女たちの視線の先には、分厚く、丸太ほどの幅を持った鋼鉄の落とし格子。

 気のせいでなければ、入城口を通せんぼされている。


(はぁ? なんでだよ)


「ハハハハハ!」

「ビョーキ持ちはさっさと帰るんだなッ」

「ああっ、穢らわしいッ、見た? なによアレ」


 疑問に思っていると、耳障りな嘲笑が奥の方より。

 落とし格子の向こう側、ゲラゲラと遠のく三人の人影があった。

 声の色は若い。

 つまり?


(あー……、あぁ?)


 これは、アレか?

 入学式早々、イジメ、なのだろうか?


(ビョーキ持ちって……俺のこと?)


 ラズワルド・スピネルは長年床に臥せって、ようやく回復した病弱少年の設定である。

 セドリックからはたしか、そういう偽装工作をしたと聞いている。

 では、この娘たちもそうなのだろうか。


(──いや。見た感じ後ろ姿だけでも健康的だ。とすると、これは俺が標的なのかな?)


 オイオイオイ、オイオイオイオイ、オイオイオイ。



「はぁぁ? クソ差別じゃねぇかよ」



 十七歳といっても外見は十四程度。

 やはりまだまだクソガキなのか。

 それとも、これがダークエルフのやり方ってヤツ?

 現代倫理観振りかざしちゃうか?

 イジメは国によっちゃ、立派な犯罪としてしょっぴかれる悪行だぞ?

 教師に言いつけるか、警察に証拠を提出するか。

 とはいえ、俺は社会的罰則を与えるより、直接報復に動いた方が気分もスっとして性に合う。

 異世界なら、舐められたら終わりな気もするし。


「ッ、アっ、アンタだれ?」

「え。死神?」


 背後からの声で、ハッとこちらに気がつく少女ふたり。


(っと)


 振り返る姿は珍しい。

 どうやらふたりは、双子の姉妹のようだ。

 ふたりとも、そっくりな顔をしていて呼吸もぴったりしている。

 だけど、目元のみツリ目とタレ目で、やや対照的かな。


(なんだっけ)


 たしかこんな感じの、非常にコントラストが美しい羊が地球にいた気がする。

 サフォーク……ヴァレー……羊のシ〇ーン。

 とにかく、リバーシみたいな髪と肌だ。


(死神って言葉は、聞き流しておこう)


 状況的に、どうやら同じ難題に立ち向かわなくてはならない仲間のようだから、ここは些細なリアクションには目くじら立てない。

 とりあえず、挨拶でもしておこうか。


「俺はラズワルド・スピネル。入学式からお互い困ったコトになったな。とりあえず、よろしく」

「「え」」




────────────

tips:祝福隠しの鴉面


 ラズワルド・スピネル(メランズール・アダマス)の装備品。

 見た目はペストマスクに似ている。

 主な素材は来歴不明の黒革と、不思議な遮光レンズ。

 神の祝福を封じる貴重な品。

 製作者は不明。

 しかし、このような面は他にも数種存在し、いずれも有名な神々をモチーフとしたデザインになっている。

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