#069「入学式前の出会い」



 双子姉妹の名はそれぞれ、セラスランカとティアドロップと云うらしい。

 オブシディアン家の令嬢で、ふたりともシンプルなケープコートを着ている。

 姉はツリ目、妹はタレ目。

 見た目通り、セラスランカはだいぶ勝ち気なのか、いっそ敵意とも捉えられかねない堂々とした物言いをした。

 一方で、ティアドロップは姉と違い、静かながらも不思議と通る声質の持ち主。

 お互いに簡単な自己紹介を済ませると、俺たちはさっそく目の前の問題に向き合った。


「さて。入学の式典までは、あとどのくらいだっけ?」

「……街鐘楼の鐘の音が鳴ったのは、たしか半刻ほど前よ」

「つまり、今はだいたい十時半くらいになるかしら」


 メラネルガリアでは時の進みを、鐘を打ち鳴らすことで刻んでいく。

 一日の始まりは八時と定められ、人々はその〝起床の鐘〟によって目を覚ますと、今度は十時に鳴る〝始業の鐘〟を合図にして、各々の仕事予定を開始する。


 街鐘楼とは、ひとつの街にひとつ設置された、時計塔のようなものだ。


 鐘は一時間ごとに鳴らされて、待ち合わせや約束事にも利用されるから、各街の鐘楼には厳重な警備が敷かれている。

 俺はまだ、鐘で時間を数える習慣には慣れない。

 なので、ここは双子姉妹の、体内時計を信じる他にないだろう。

 嘘をつく理由も見当たらないしな。


「なるほど。なら、十一時の式典までにはまだ少し余裕があるな」

「あら。この鉄格子を、どうにかできればですけど?」

「セラス」

「フン」


 セラスランカは苛立った様子で鼻を鳴らした。

 窘めるティアドロップは、少しだけすまなそうに顔を俯かせる。


(ああ。気にしてるのは俺への礼節か?)


 しかし、自己紹介と言っておきながら、顔もロクに見せなかった俺に謝意など必要ない。

 持病の都合でマスクが外せない。

 理由として、あらかじめ決められていた通りにそんなしょうもない嘘を吐いたが、この仮面は素性を隠すための偽装。

 失礼なのがどちらかと言えば、それはもちろん俺の方である。

 むしろ、セラスランカの反応は正しい。


(こんな不審者に、警戒心を抱かない方がおかしいからな)


 妹を守るためだろう。

 無意識にか一歩だけ前へ出ているのは、俺的になかなか好ましい性質と言えた。

 まあ、それはさておき。


「この落とし格子、開けるにはどうすればいい?」


 腕を組んで問いかける。

 〈学院〉は塔城。

 城と名のつく以上、入城口には当然侵入者対策がされている。

 そこまではいいとして。

 問題なのは……


「一応言っておくけど、ここ以外に入り口は無いわよ」

「裏口はあるかもしれないけど……入学初日の私たちじゃ、知る由も無いわね」

「中に入ってないのは、俺たちだけか?」

「知らないけど、たぶんそうなんじゃない?」


 さすがの三馬鹿でも、まさか王太子が入城してないのに正門を閉ざす愚挙はしないでしょ。

 チ、と舌打ちをひとつ。

 セラスランカは憎々しそうに鉄格子を睨む。

 俺はちょっとだけドキリとしつつも、一応の確認として鉄格子へ触れた。


「──うん。重いな」

「そんなの、見れば誰だって分かるわよ」

「これは俺の力でも持ち上げられそうにない」

「当たり前でしょ? ダークエルフの基準で作られてるのよ?」

「なるほど」


 たしかに、それもそうか。


「でも、そうなるとあの三人組は、どうやってこれを動かしたんだ?」

「たぶん、あそこね」

「?」


 振り返ると、ティアドロップが天井を見上げていた。

 釣られて視線を送ると、そこには複数の丸い穴。

 比較的大きめのが真ん中にひとつと、四隅には散らばるように小さいのが点々。

 どれも上から、木板のようなもので塞がれている。


「なんだ? あれ」

「殺人孔」

「ああ、殺人孔──なんて?」

「城門の通路などには、昔からよく設置されてる罠用のあなのことだけど」


 知らない? と首を傾げて不思議そうなティアドロップ。

 楚々とした唇から、こりゃまた随分物騒な単語が出てきたな。


「あの孔から、槍とか石とか毒を落とすの」

「敵は一方的に狙われるって寸法ね」

「こっわ」


 外敵に対する殺意が高すぎる。

 でも、言いたいことは分かった。


「あの孔……罠用、ってことは、孔の向こうには部屋があるんだな?」

「城門は古来から重要な防衛拠点ゲートハウス。落とし格子っていうのは、単に敵を通さないためだけじゃなく、閉じ込めるためにも使われることが多いから、このタイプなら十中八九あるでしょうね」

「へぇ。さっすがティア! 陰険な仕組みには詳しいんだから!」

「……」


 妹が眉を寄せて姉を睨んだ。

 何となく、ふたりの普段の関係が窺える。

 口喧嘩が始まる前に口を挟もう。


「ともかく、上に行けば、高確率でこの状況をどうにかできる──そういう理解でいいか」

「ええ。具体的にどういう仕組みにしているかは分からないけど、操作自体は簡単なはずだから」

捲揚機キャプスタンかしら? これだけの重量だと」

「たぶん。でも問題は……」

「ああ、そりゃどうやって上の部屋に行くか、って話になるわよね……」


 天井の高さは目測で四メートル。

 殺人孔にはギリギリ、子どもならば一人入り込めそうな大きめの穴があるが、それは木板で塞がれている。

 木板が仮に、ただ上から蓋をしてあるだけの簡単な覆いであっても、ここからでは普通、どんなにジャンプをしたって届かない。

 通路の壁も、見たところ取っ掛かりなど微塵もない綺麗な平面だ。

 某蜘蛛男よろしく、壁を伝ってよじ登るのは、まあ無理だろう。

 なので、


「よし。届いた!」

「「────は?」」

「おい、ラッキーだったな。これ簡単にどかせられたぞ」


 俺は壁キックで殺人孔へ到達した。

 木板を拳で吹っ飛ばし、急いで孔の縁を掴む。

 そこからは懸垂の要領で、フッ! と身体を持ち上げ、よいしょと孔の中へ片肩を捩じ込んだ。


「ん。ちょっとキツイが、これでどうだッ?」


 勢いで上半身を通す。


「は? え?」

「ちょっとセラス、なに? あれ」


 下から声がするが、小さくて聞こえない。

 殺人孔の上はティアドロップの言った通り、罠としての仕掛け部屋だった。

 立てかけられた槍や吹き矢のようなものの他に、部屋の中央にはパイプのバルブを巨大化させたみたいな手押し式のハンドルがある。

 恐らくはこれを、どちらかに回転させることで、落とし格子を楽に捲き揚げられる構造だろう。


「おーい。ちょっと待ってろ? すぐ開けてやるから」


 孔からふたりに声をかけ、軽く肩をひと回し。

 幸い、ハンドルの方はひとりでも回せそうだった。





 ────────────

 ────────

 ────

 ──





 グ、グググ、ググググググ……

 落とし格子が動き出した。

 鋼鉄の壁は徐々に上がっていき、しばらくして完全に開門。


「……開いたわね」

「……ええ。開いたわ」


 姉妹はバカになったみたいに目の前の現実をそのまま呟く。

 恐る恐る下をくぐってみても、何も起きない。

 どうやら、少年は本当に双子姉妹のためにも、門を開けてくれたらしい。


(どういうこと?)


 セラスランカは意味が分からず困惑した。

 顔を見れば、ティアドロップも同じだった。

 ふたりの胸中にあるのは、純粋な不理解。

 今しがた起こった、何だかよく分からないすごいコト。

 セラスランカたちは先ほど、なにか、とてつもなく非常識な現象を垣間見てしまった気がする。


(──いや。というより、どうして?)


 あの少年はなぜ、ふたりを助けたのだろうか。

 まずはその理由が、何より分からない。


「ねえ……彼、どう思う?」

「……分からない。でも、とりあえず変なのは間違いないわ」

「そうね。ちょっと常軌を逸してる」


 ラズワルド・スピネルが殺人孔に吸い込まれていった時、セラスランカたちに一瞬過ぎったのは「まずい。出し抜かれる」という懸念だった。


(だってそうでしょ)


 普通に考えて、少年が双子を救う理由はない。

 野暮ったい外套、へんてこりんな仮面。

 貴族にしては多少おかしな格好はしていたが、露出していた肌の色は漆黒、髪の色も混じり気のない黒。

 外見上から読み取れる特徴として、彼が純血の貴族であるのは疑い無い。

 なんならば、死んだはずの第一王子と言われても不可思議はないくらいに。

 だというのに、


(そんなヤツが、どうして〝異形〟の私たちに手を差し伸べるワケ?)


 自分ひとりだけ助かる状況になったなら、嬉々としてセラスランカらを見捨てるのが、そこはメラネルガリアの当然ではないのか。


(いや、もちろん、そんな当然が罷り通って欲しいワケじゃないんだけど……)


 首を振って気を取り直す。



「──変なヤツ。行きましょ、ティア」

「……ええ」



 ふたりは薄気味の悪さを感じて、できるだけ足早にその場を立ち去った。

 礼を言わずに立ち去るのは失礼かもしれなかったが、得体の知れない妙なざわつきを感じて、それ以上は留まっていられなかったのだ。

 どのみち式典まで、時間も少ない。

 〈学院〉が始まれば、嫌でも顔は再び突き合わせる。

 セラスランカとティアドロップは、ゆえに急ぎ足で会場へ向かった。


 ……ただ。


 式典後の挨拶周りでも、その日は極力、ラズワルド・スピネルには近づかないようにした。


 向こうも、それで特別なにかを言ってくる様子はなかった。


 ──待ちに待った〈学院〉の初日。


 王太子のお目見えや、三つのブラック家とのいざこざ、令嬢同士の茶会戦い

 いろいろと胸に残るものは多かったはずなのに。

 後になってみると、ふたりの胸には結局、奇妙な少年のことだけが一番色濃く残った。


 ラズワルド・スピネル。

 セラスランカとティアドロップ・オブシディアン。


 縁が結ばれたのは、ともあれこれがキッカケ──




────────────

tips:街鐘楼


 メラネルガリアに敷設されている街単位の鐘楼。

 一日の時間を全国民に告げる重要な施設になるため、『鐘楼守しょうろうもり』と呼ばれる専用の警備兵が配置される。

 主に意識されているのは起床の鐘、始業の鐘、午睡の鐘、終業の鐘、消灯の鐘の計五つ。

 どれも音の違いがあるワケではないが、人々はその日何度鐘が鳴っているかで、現在時刻が何時なのかをおおよそ把握可能。

 (しかし、もちろんだが鐘楼だけに頼っているワケではない)

 なお、いずれの鐘楼も魔術で運営されている。


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