#049「狩猟練習部屋 - 八つの戦種」



 なぜ動物の話が始まったのか訊くと、アレクサンドロは端的にこう答えた。


「は? そりゃオマエ、自分に合った戦い方を選ぶためだろ」


 どうやら大狼だの巨猪だのと云うのは、この世界における基本的な〝戦闘スタイル〟の俗称らしい。


「要は『流派』だよ。ただし、オレが教えられるのは、その国の王朝が採用している由緒正しき何たら剣術──とかとは違って、言っちまえば世に広く知られている共通の常識に近い」

「……悪い。もっと噛み砕いて説明してくれないか」

「分かり難かったか? そうだな。例えばの話だ」


 アレクサンドロは地べたに転がっていた長めの薪枝を一つ拾い上げると、突如としてこちらに放り投げた。


「うおっ、ととっ!」

「小僧。仮にを、剣だとしよう。オマエはいま、剣を持っている。そのとき、考えられる戦い方としては、およそどういったものが想像できる?」

「おん?」


 唐突な問いかけに、俺は首を捻りつつも考えた。

 俺がいま実際に持っているのは、三、四十センチほどの長さしかない何の変哲もない薪枝だが、仮にこれが剣だった場合、そりゃあ剣なのだから、用途としては限定される。


 すなわち、敵に向かって斬りつけたり、切先を突き刺すように押したり、だ。


 斬る、払う、突く、刺す。

 剣と聞いて思いつく攻撃手段など、端から決まっている。


「そう。あるいは刃が潰れていれば、力任せに叩きつけるってのも、アリだろうな」


 剣を剣として捉えるか、はたまた一つの凶器、細長い鉄の塊と捉えるかで、選択肢は自ずと変わってくる。


「が、なんにせよ……


 これが剣ではなく、弓や槍だったら?

 たしかに当然、戦い方は大いに変わってくる。

 日本刀を持っている侍と、西洋剣を持っている騎士で比べてみると分かりやすい。

 文化も言語も違う異国の職業戦士の比較になるが、前者の武器は両刃ではないし、後者は大抵の場合、刃というよりも鈍器に近かったとよく云われる。

 身につけている装備が、軽装か重装かの違いもあるだろう。


「つまり、オレたちはどういう武器で、どういう装備をしているかで、自ずと戦い方を選んでいる」

「……ってことは、アンタの言ってる『流派』ってのは……」

「分かったか? そうだ。装備品ありきでの『戦種スタイル』のコトだよ」


 話の筋道が、ようやく分かった。

 この男はすなわち、日本の薩摩示現流や天然理心流といった、これといった明確な武術を指して流派と言っているのではなく、あくまでも一番最初の初期段階。

 人間が戦いという行為に身を染めるにあたって、どんな武器を使って、どんな防具を身につけるのか? といった、大前提を指して言っている。

 ゆえに、言い換えるのであれば戦種──戦闘手段の種類。


「しかし、もちろんだが、歴史のある国に赴けば、それなりに名の通ったちゃんとした武術も存在する。

 いわゆる、その国の王朝や軍閥なんかが伝えている、『正統武術』ってヤツだな。

 だから、そこは勘違いするなよ? れっきとしたなになに流派が存在しないワケじゃない」

「あ、ああ。分かったよ」

「フン。まあ、分かりにくければ放っておいてもいいさ。どのみち、正統武術なんぞ名ばかりの装飾品。ご大層な名前を掲げたからといって、やってることの本質は何一つ変わりゃしないからな」


 いいか? とせせら笑うように前置くアレクサンドロ。


「剣を使って──否、剣だけじゃなくあらゆる凶器を以ってして行われる営みには、絶えず流血という結果が付きまとう。その点で言っちまえば、オレがこれからオマエに教える〝戦い方〟は、実に現実的で実践的だ」

「現実的で実践的……」

「おう。なにしろ、泥臭い実戦の中でしか育まれてこなかった」


 俗に──〝まつろわぬ民の武術〟


「武術とは云うが、どれもこれもそう大したものじゃない。

 正統武術を皮肉って、敢えてそう呼ぶ者もいるってな程度の代物だ。

 だから形式ばった教えや、体系だった技なんかがあるワケでもない。人間が人間として、その能力の内で、誰しもが使いこなせる単純な動作でのみ完結する」


 そう。たとえばの話、ナイフさえあれば、子どもでも大人を殺せるように。

 在野で発展した戦いのすべ。

 まつろわぬ民や彷徨の旅人、根無し草の傭兵たちなどが各地から編み出して、次第に辺境の民などにまで広く好まれるようになった戦闘スタイル。

 言うなれば、その気になれば一般人・素人でも扱える戦闘の極意シンプルイズベスト


「動物の名にあやかっているのは、自然界をこそ師としたからだろうな」

「! 自然界を、師に?」

「? そうだ。有名どころを挙げると、だいたい八つほどの流派──戦種があるぞ」



 ────────────


 ◇山猫流:〈標準〉片手剣等と小盾などの軽装近接装備

 ◇大狼流:〈攻撃力〉両手剣等の長物と軽装近接装備

 ◇古熊流:〈防御力〉大盾と大槌などの重厚強靭装備

 ◇巨猪流:〈突進力〉突撃槍兵装備

 ◇猛禽流:〈遠距離〉小弓から大弓問わず弓類全般が主武装

 ◇蛇蝎流:〈狡猾〉暗器や毒、罠の類が主武装

 ◇羚羊流:〈跳躍力〉優れた平衡感覚と跳躍攻撃

 ◇精霊流:〈超常〉魔法の武器や魔術


 ────────────



「……最後の三つはキワモノじゃね?」


 というか、精霊流にいたっては動物ですらないんだが……

 思わずジト目でツッコむと、アレクサンドロは小さく鼻を鳴らした。


「黙れ」

「黙れ!?」

「騒ぐな小僧。言っただろうが、シンプルイズベストだと」


 分かりやすさは何にも勝る。


「ひとつづつ順に説明してやるが、まず蛇蝎流に関しては何を驚く必要がある? 不意打ち、暗殺、毒殺、裏切り。古来よりどれも人間が生まれ持ったサガの一つに過ぎん」

「いや、そうかもしれないが!」


 だからと言って、それを誰にでもできるみたいな文脈下で語られるのは、さすがにどうかと思う。こう、道徳的に。


「戦いに道徳もクソもあるか」

「うぐっ」

「第一、害獣を取り除くためならば、罠に毒を仕込むことくらい、多くの猟師がやっている。農民とてそうだ。オレたちは人間であるがゆえに、有史以来、常に効率的な殺し方を模索してきた」


 蛇蝎流は戦闘スタイルだというだけのこと。


「次に、羚羊流に関しては何もおかしいところがない」

「いや! おかしいだろ! 優れた平衡感覚に跳躍攻撃って、装備に関する言及がひとつもないじゃないか……!」


 俺がそう鋭く反論すると、


「発想力が貧困だな。哀れな小僧め」

「発想力が貧困……!?」

「平衡感覚と跳躍力。この二つは立派に装備と同等だ」


 アレクサンドロはおよそ暴論としか思えないコトを平然とのたまってきた。


「第一に、まつろわぬ民の武術は、まつろわぬ民に好まれるからこそ、その名がついた。では、まつろわぬ民とは何だ?」


 国を離れ、血の絆から切り放された者。

 集団に属さず、支配を受け入れぬ者。

 各地を彷徨し、人知れず僻地に隠れ住む者。


「そう。まつろわぬ民とは、ゆえにこそ時として岩肌の際立つ峻険な高地や、絶えず足場の揺れる海洋船上を棲家とする。世捨て人だからな」

「……ええ? じゃあ、羚羊流ってのは、そういう場所で生まれた戦い方ってこと……?」

「ああ、その通りだ」


 優れた平衡感覚と跳躍力が無くては、満足に戦うこともできない環境下で育まれた武術。

 必要なものは純粋な身体能力だけ。

 これがシンプルでないワケがない……って理屈か。


「そして、最後の精霊流だが……これに関しては、たしかに他の七つと毛色が違うのを認めざるを得ない」

「! 勝った!」

「何にだ」


 鬼の首を取ったように息を吹き返した俺の反応に、アレクサンドロは苦笑もせずに言葉を続ける。


「精霊流は魔法と魔術が絡むからな。必然的に使い手は少なくなるが、その代わり、どうしたって派手にはなる」

「派手?」

「珍しいものは、そこにあるだけで目を惹くし噂を生むってコトだよ」


 魔法は魔力なくして使えず、魔術は術理なくして動かず。


「単に魔法のかかった武器を使っているだけでも、そいつが超常現象を起こせて、なおかつ戦いにも織り交ぜてこられるなら……そりゃあもう、立派な戦闘スタイルってな話だ。んで、目立つってことはシンプルで分かりやすい」


 手のひらから火炎放射。

 槍を突いて雷が降り注ぐ。

 指パッチンで空飛ぶ斬撃。

 字面にするとアホみたいな荒唐無稽。

 然れど、目の当たりにすれば、これ以上ないほど鮮烈に目蓋を焼く。

 精霊流は、だからこそ計上される。

 シンプルの意味がいささか違うが。


「納得したか?」

「ぐ、ぬぅ〜……」

「したようだな」


 アレクサンドロはそこで、すっくと立ち上がった。

 その手にはいつの間にか、なんかいい感じの棒が握られている。


(お、いいねその棒……)


 思わず懐かしくなった。

 アレクサンドロは棒をブンブン振ると、「よし」と頷きこちらに先端を向ける。


「さて、座学は終わりだ。オマエの素養は、実際に打ち合ってみて量るとしよう」

「……え?」

「考えてみれば、まだ小僧だしな。自分に合った戦い方は、戦ってみなけりゃ分からんだろ」

「ちょ──マジか!?」

「安心しろ。本気は出さん」


 刹那、焚き火の薄明かりに紛れる形で、俺はたしかにを目撃した。


(うおおぉぉぉ!?)


 ……慌てて飛び退き、躱すことができたのは、自分でも驚きである。


「ほう? やはり眼がいい。まだ子どもである事実を差し引いても、ダークエルフにしては随分と身軽だな。いっそ山猫流を極めてみるってのもアリじゃないか?」

「装備! 装備が無いですけど!?」

「オイオイ。たかだか木の棒相手だぞ? ──防具なんか要らん」

「! ッ、さてはスパルタンだなオメェ!」

「すぱ……あ〜? 何言ってんのか全然分からねぇ」

「……怖っ!!」

「そら、次が行くぞー」

「ッ!!」



 ──斯くして、洞窟の薄闇で鈍ぅい音が鳴り響く。

 アレクサンドロと俺の奇妙な関係は、そうしてもうしばらくだけ続きそうだった。







────────────

tips:まつろわぬ民の武術あるいは戦闘流派


 ◇山猫流(攻守両備の堅実性)

  片手剣と小盾の組み合わせは、柔軟敏捷な山猫がごとし。

 ◇大狼流(強力無比な攻撃力)

  大狼がごとき膂力から振るわれる大剣の大味、それは力強いアギトの咬合を連想させる。

 ◇古熊流(金剛不壊の強靭防御)

  この大盾は砕けぬ。崩れぬ。決して負けぬ。太古の熊は勇者殺しで有名なほど守りが硬かった。

 ◇巨猪流(猪突猛進な一点突破)

  破城槌のような大型のランス、それを以ってして行われる巨猪の突進がごとき傭兵たちの一斉駆け。

 ◇猛禽流(必中必殺の遠距離射撃)

  矢を番え弦さえ引ければ、あとは狙い定めるだけ。さながら獲物を仕留める猛禽がごとく。

 ◇蛇蝎流(怜悧狡猾なる暗殺術)

  南方に棲む蛇蝎はほんの一滴ばかりの毒で敵をあの世へ送る。

 ◇羚羊流(驚天動地の身体能力)

  中つ海の海賊はどのような波も平然とやり過ごし、時には海羚のごとき並外れた跳躍力で大型の帆船すら制圧するらしい。

 ◇精霊流(超常五大元素)

  魔法のかかった武器。魔術の戦闘使用。その多くは五大の元素を顕したため、精神霊の名がついた。


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