#047「屋根裏部屋で - 三兄弟三姉妹の神話」



 七つの冬至セプタ・ユトラで思い出したが……そういえばそろそろ、第六冬至ユトラ・ミザールの日が近い。

 二、三ヶ月ごとに毎度祝っているので、装飾輪リース作りにもすっかり慣れたものだが、今度のユトラじゃ恒例のお祈りとは別に、俺は追加でもうひとつ願掛けをしておくべきだろうな。

 いつもは日々の糧や平和な暮らしに、しっかりと感謝を伝えるだけだが、今回はそれとは別件で、神頼みしておきたい悩み事がある。


(アレクサンドロ……)


 あの男の体力ならびに記憶の回復。

 頼むから、何事もなくすべてが平穏に終わって欲しいという願い。

 一番理想的なのは、ケイティナとママさんがアレクサンドロの存在に気づかず、アレクサンドロもまた、密かに此処から立ち去っていくこと。

 元気になってさえくれれば、俺も良心を痛めず毅然と見送ることができる。

 匿って欲しいとは言われているが、現状でだいぶ、かなり親切にしている方だと思うし、ヤツもいい大人なのだから、ある程度は遠慮ってものを弁えているはずだ。

 話していて実際、道理が通じないタイプには見えないワケだし。


(とはいえな……)


 アレクサンドロの回復には、最低でもあと数日間は必要だろう。

 失った記憶も、どうやら取り戻せる算段があるようなコトを、出会って三日目だかに言っていた。


 ──たしか……あるさえあれば、こんな消耗も、記憶の喪失だって……オレは即座に回復できたはずだなんだが……

 ──? それって、『霊薬』って呼ばれてるもののことか?

 ──霊薬? ……ああ、錬金術の秘奥か。かもしれん。ともかく、どこかに失くしたか、今ある所持品の中で、どれがだったかをオレは忘れてしまった……

 ──なんか……ボケ老人みたいだな。

 ──……


 なんてやり取り。

 ともあれ、アレクサンドロの所持品の中で回復系の効果が見込めそうなものと言えば、小袋に入っていた数種の薬草、それくらいだ。

 もしかすると、アレらを特殊な製法で煎じ詰めたりすると、驚くような薬効をもたらす可能性が潜んでいるのやも。


 暖気灯とかいう不思議な暖房機能付き照明器具カンテラも持ち歩いていたし、まだまだ俺の知らないファンタジーな常識はゴロゴロ転がっている。


 さて、それはそうと──


「そういえば!」

「わ、びっくりした。なに? どうしたの?」


 すぐ隣で、小動物を思わせるケイティナの顔を見つめる。

 いつ見ても、めちゃくちゃ整った顔をしていて凄い。

 ダークエルフも地球の価値観じゃ、大概美形に分類されるが、ケイティナはそれにも増して〝神々しい〟という形容が似合う。

 普段の暮らしぶりを思うと、ここまでな肌をしているのはおかしいと思うのだが──実際俺は多少の肌荒れと髪のゴワゴワベトベトキシキシ感に悩まされている──そこはまあ恐らく、徹底したママさんの配慮の賜物だろう。


 ケイティナは本当に、どこに出しても自慢可能な娘だ。


 器量良し、愛想良し。

 教養もあって、なおかつ頭も回る。

 喋ればコロコロと転がって鳴る鈴玉のよう。

 イエローゴールドの瞳を見つめていると、高級な琥珀や上質な蜂蜜まで連想させる。


(これも、神秘性、ってやつか?)


 デーヴァリング──神の落とし子。


 普段の言動でつい忘れそうになるが、この少女は世界神エル・ヌメノスの末裔に当たるんだそうだ。

 正確には、エル・ヌメノスの子どもとされている『三兄弟三姉妹』のいずれかのすえ


 そして、



 俗に、〝三兄弟三姉妹の神話〟

 はじまりの紀、正史黎明神代と呼ばれる、〈崩落の轟〉より以前の時代の伝承である。


「ティナさんって、エルノスの三種族からしたら、崇拝の対象なんだっけ」

「? そうだけど?」

「う〜ん。信じられん」

「えー? なにそれぇ」


 エルフたちも、さぞやビックリするだろう。

 現人神の正体が、こんな〝少女〟と知ったら、アーサー王が実は女性だった並に驚愕してしまう。

 やはり半神という字面から受け取る印象と、実際の姿とがミスマッチすぎていただけない。

 ケイティナから受け取れる神様感など、せいぜいがその美貌と愛くるしさくらいのものだ。


(しかし、まあ……)


 実際に神の血を引いているのは、類まれな言語能力からも明らか。

 俺の感覚はどちらかというと、この世界では異端として分類されるんだろう。

 神の血は、神の血。

 アレクサンドロがケイティナを知ったら、どういう反応を見せるだろうか?


「ま、半分神様とか言ったって、できるのは通訳とかそのくらいだしね」


 一方、当のデーヴァリング本人であるケイティナは、いかにもどうでもよさげな顔で肩を竦めてみせる。

 寝ながら肩を竦めるとは、地味に器用なヤツ。

 とはいえその口調は、どこまでも見慣れた年頃の少女そのもの。

 ケイティナ自身、自らの特殊性をまるで重要視していない。

 それが、アッサリと伝わってくる。


(だからかもしれん)


 俺がこの少女に、あまり畏ろしさを感じないのは。


「〝その昔、世界神エル・ヌメノスは、知恵の炎を振り撒くことで〈最初の種族〉を作りました〟」

「ん?」

「三兄弟三姉妹の神話の冒頭」

「ああ。それは分かるけど」

「いわゆる、エルフのご先祖さまに関する滑り出しだね」

「三兄弟と三姉妹は、そこから親の仕事を真似するんだよな」


 この世界で最初に誕生した種族は、エルフだとされている。

 そして、三兄弟三姉妹の神話では、後に言う『人間道』の種族──人類誕生とそのあらましについて、こう語っているのだ。


「〝ある時、神々は世界を豊かにするべく、様々な仕事に取り掛かることになりました〟」

「〝男兄弟たちは人を、女姉妹たちは感情や精神に関する繊細な部分を担当します〟」



 ────────────


 偉大にして高潔な長兄ミサナラウグは、〝木漏れ日〟からエルフを作り出し、彼らのために輝くような国アリアティリスを用意しました。それらはとても、見事な仕事になりました。


 長兄ほど優れた腕前は持ちませんでしたが、想像力には優れていた次兄シュサレックッシオは、兄を真似して〝石筍〟からドワーフを作り出すと、彼らが未活用の資源を利用して地下でも繁栄できるようにします。


 対して、高潔な兄たちと比べると、怠惰でずる賢い性格をした末弟ブレニホスは、すでに存在していた生き物を捕まえると、実に手早く仕事を終わらせました。

 フロッグマンやマーマンなどの亜人、オークやゴブリンといった怪人たちが誕生することになりました。


 優雅にして気品に満ち溢れた長姉ヘレナニケアは、自らの美貌に自信があったため、人が〝美〟を理解し感動するよう、憧憬・羨望・嫉妬の感情を作ったといいます。


 しかし、これらは欲望も生み、しばしば争いの種にもなってしまいました。


 長姉に比べると、穏やかで慈悲深い性格をした次姉シエルミレイは、大切なのは愛情や友情、忠誠心だと考え、結果的に姉のお粗末な仕事の尻拭いを行いました。


 最後に、ふたりの姉の素晴らしい仕事ぶりを見ていた末妹パリスグラフィは、人の心にも成長・変化の可能性を与え、どちらか一方のみに傾くことがないよう、後悔というバランスを作りました。


 ──以って、ここに〈人たる存在〉が完成しました。


 ────────────



「面白いのは、狭義の意味での人間は、〈壊れた星の紀〉から誕生したことになってるんだよな」


 あくまで神々に直接生み出されたのは、エルフとドワーフ、その他の亜人・怪人のみ。

 人間は〈崩落の轟〉を経た後、めちゃくちゃになった混沌の世界の沈静期に誕生したとされている。


「一応、人間もブレニホスの創造物って言われてはいるけどね」

「猿から進化したからだろ?」

「そうだけど、それって結局一緒のことじゃない?」


 生物学的進化も、この世界では神の御業ということで認識されるようだ。

 人間はエルフやドワーフなどの〝生き証人〟によって、最後に誕生した人類と現状見なされている。


 しかしながら、それでもなお人間がエルノスの〝三〟種族に代表されるのは、やはり人間が知性に優れて、高度な文明を築き上げることが可能だからだろう。


 中には猿から生まれた『亜人モドキ』と差別するものもいるらしいが、それは少数で、エルフもドワーフも、だいたいは人間を対等に見ている。


 理由は、今まさに俺の目の前で寝転がるデーヴァリングだ。


(自分たちを生み出した神が、人間と子を生しているんだもんな)


 そりゃ人間も、自分たちと変わらない〝エルノス人〟であると、エルフもドワーフも順当に認めるしかない。


 いろいろと成り立ちが複雑だが、ともあれ整理するとこんな感じか。


 デーヴァリング自体、別に人間とのハーフだけを指すワケじゃなく、半神であればエルフだろうとドワーフだろうと、同じデーヴァリングって扱いらしい。

 これは余談だが、三兄弟三姉妹の神話体系にかかわらず、別の神話の神様の末裔でも、マルっと雑多な括りでデーヴァリングと呼ぶそうだ。


 元ホモサピエンスとしては、人間の社会的地位保護の面で、感謝の一つもしておくべきだろうか?


「いや、でも」

「?」

「やっぱりエルフとドワーフに比べたら、人間は対等な存在じゃあねぇよな……」

「えっ」

「だって、何の凄いところもないぜ?」


 エルフは〝木漏れ日〟から生まれ、陽光によって生命力を活性化させられる。

 自然治癒力を高められるなら、免疫機構だって優れているはずだ。

 もしかすると、テロメア細胞とかを回復させて、だから寿命も長いのかもしれない。

 ドワーフについては詳しく知らないが、〝石筍〟から生まれたってことは、エルフと同様に何らかの特殊体質であることが容易に想像できる。

 対して、人間には何もない。


「よかったぁ……ティナさんがデーヴァリングで」

「む。それってどういう意味かな?」

「エルフのデーヴァリングとかだったら、チート特殊体質すぎて引いてたよ、俺」


 ガハハ。


「なっ」


 ケイティナはそこで、バッ! と上体を起こすと、途端にムキー! とした顔に変わった。


「──ラズくんが、それを言うッ!?」


 胸をポカポカ叩かれる。


「寒さに強くて身体が頑丈で、とっても力持ち! ほら、ダークエルフだって大概なんですけど!?」

「寒さに強いのも身体が頑丈なのも、あと、筋力に秀でるのも、別に人間の延長線上だしなぁ」

「ッ! ま、まさかラズくん……私のことこれまでとか思ってた……!?」

「え? あー、いや」


 変な子とは思っていないが、ぶっちゃけ非常識的だなぁ、とは何回か。

 だって、自動翻訳機能がついてる人間とか、マジで人間以上でしょ。

 天使とか言われたって納得する。


「わ、私の方が〝普通〟だよっ!」

「──お? なんだなんだ、普通バトルか?」


 よく分からないが、ケイティナは急にご機嫌斜めになってしまったようだ。

 もしや、普通というフレーズに、何らかのこだわりがあったのだろうか。

 まあ、他人とは違う、と指摘されると、なんだか無性に周りの目が気になってくるのが人間ではある。

 どうやら俺は、ちょっとばかし言葉選びを間違えてしまったみたいだな。

 こういうの、デリカシーに欠けるとかって言うんだっけ?

 

「だいたいね、ラズくんにはだって──っ」

「あら。何のお話?」

「ッ」


 と、そこで。

 ママさんがおもむろに屋根裏にやって来た。


「お、ママさん。珍しいね、上がってくるなんて」


 ケイティナは吐きかけだった言葉を飲み込んで、ヒートアップしかけていたのが嘘のように、ピシリと固まる。

 それを不思議そうに見つめながら、ママさんはやがて一言。


「そろそろお昼の時間よ? 降りて来なさい」


 階下からは、ハーブと肉の匂いを漂わせる鍋のコトコト音。


「おお、美味そうだ。行こうぜ、ティナさん」


 俺は起き上がり、片手を差し出す。


「……はぁ。分かったよ」


 話はここでいったん中断。

 俺とケイティナは、揃ってママさんの後ろを追うように屋根裏を出た。

 今日はこのあと、三人でリースの飾り付けをしていく予定である。


(後半はけっこう雑談になっちまったが、まあ、エルフに関する話もしたので良しとするか)


 アレクサンドロ・シルヴァンの正体そのものは、それこそ、本人でもないと完璧には分からない。


(いまは悩み事より、食欲を満たすことを優先するぜ)


 ママさんの料理は、たまに失敗の時もあるけど、大抵は美味しい。






────────────

tips:正史黎明神代


 はじまりの紀。

 〈崩落の轟〉が訪れなければ、世界は今ある姿とは違い、秩序律を保った完璧なカタチをしていたはずだ。

 ゆえに後世では、渾天儀世界にはじめて知性ある〈種族〉が目を覚ましたこの時代を、『正史』と呼ぶ。

 あらゆる種族があらゆる神話とともにあり、何もかもが輝くようだった黎明の世界。

 巨大彗星は、すべてを、間違った方向に変えてしまった。


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