#029「冬至の祝詞と快癒祝い」
三ヶ月が経った。
最近になって、俺はようやく右足の容態も良くなり、ママさん手製の飲み薬も、ちょっと前から飲んでいない。
今では運動も可能になり、少しの間なら、走ったりジャンプしたりも問題がなかった。
ダークエルフの回復力がスゴイのか、それとも、ママさんの薬がスゴかったのかは分からないものの、ぐちゃぐちゃだった右足がこうまで元通りになるなんて、正直思ってもみなかった。
三ヶ月という短期間。
(ファンタジーすげえ……骨なんか、肉突き破ってめちゃくちゃグロかったのに)
地球の最先端医療と比較しても、恐らく遜色ない程度に完璧な治療である。
なので包帯を剥がした日、俺は改めて二人に礼を言った。
すると、二人は笑って手を叩き合い、キャーっ! とかの擬音が似合いそうな様子でワチャワチャと俺を抱きしめて来た。
出会った時から変わらない無償の善意。
本来他人であるはずのこちらの回復を、我が事のように喜んで祝ってくれる二人の暖かさ。
俺は照れながらも、すでに自分がかなり彼女たちに絆されていることを自覚してしまった。
(だってそうだろ? こんなの、好きにならない方がどうかしてる)
今日は冬至のお祭りを兼ねた、俺の快癒祝いまでやってくれるらしい。
────────────
────────
────
──
「七つの冬至?」
「うん」
先日のことだった。
その日、いつものように俺がベッドで童話と睨めっこをしていると、家の中がにわかに異なる様相に変わっていた。
壁や衝立、玄関扉にテーブル。
家のあちこちに小枝でできた輪っかが飾られ、リボンと一緒に括られている。
──んん? なぁにこれぇ?
そう問いかければ、ケイティナは冬至を迎えるための準備だと言った。
どうやらクリスマスのお祭りのような、昔ながらの慣習らしい。
「そっか、ラズくんって何も知らないんだっけ?」
「そんなコトないわ。知らないことだけ」
「だから、無知なんだよね?
三ヶ月も経つと、俺の無知はとことん露呈している。
エルノス語も話せず、ダークエルフの種族母語も話せない。
話せるのは日本語とかいう、出所不明の謎言語だけ。
そんなガキが、まぁ、不審でないはずがない。
──いったいこれまで、どこでどんな生活をして来たの?
と、問われるのはそりゃあ当然の成り行きで。
仕方がないから、実は転生者なんだと素直に明かしてみた。
しかし、それからというもの、二人の中で俺は可哀想な
現にケイティナも、慈愛に満ちた眼差しで親切に物事を教えてくれる。
いや、結果的に助かっているから、別にいいんだけども……
「七つの冬至……ってことは、一年に七回は冬が来るってことです?」
「うーん。正確には、ちょぉっと違うかな?」
「ちょぉっと違う?」
「マネしないで。うん。ほら、ここの冬って、ほとんど一年中続くでしょ? ヴォレアスに至っては万年冬だし、春から秋なんて一ヶ月あるかないか。あったとしてもほとんど気づけない。
だからね? 北方大陸じゃ昔から、あまりにも長い冬を七つに区切って、それぞれのタイミングでお祝いをするの」
今日もまた、無事に生きて明日への希望を繋いでいける。
神々よ、糧ある暮らしに感謝を捧げます。
「北方大陸での生活は、お世辞にも豊かとは言えないからね。
大昔に存在したって云われてる大陸神様と、その御眷属様たちに向けて、ささやかだけど感謝を捧げるためのお祭りを開くんだ」
「へ〜。じゃあ七つの冬至っていうのは、その神様たちの数に合わせてってことなのか?」
「お、よく分かったね。そうだよ。第一冬至から第七冬至まできちんと呼び名があって、次に来るのは
まだまだ冬は始まったばかりだねぇ、とケイティナは肩をすくめて見せる。
なお、この世界──〈渾天儀世界〉という名前らしい──の一年間は約十八ヶ月とされていて、前世の感覚と照らし合わせると、六ヶ月ほどスパンが長い。
しかも、一日はおよそ二十六時間なので、地球よりもややスケールが大きい星のようだ。
俺は天文学者でも数学者でもないので、物理的な比較はいまいち分からない。
が、自分の頭上に壮大な円環帯が八つも回っているのを、すっぽりと忘れてしまったワケでもないから、
(幻想的だし神話的だし、まぁそういうこともあるんでしょうね……)
の感覚で受け止めている。
暦の計上や曜日間隔なども、後々教えてもらおう。
にしても、
「第二冬至が次ってことは、三ヶ月経ってもまだ序盤戦?」
「ヴォレアスの冬はだいたい十七ヶ月。ようこそ、ここは世界で最も北に位置する秘境の中の秘境だよ」
「嘘だと言ってよバーニィ」
「バーニィ?」
ちなみに、ヴォレアスより少し南下したところには、ノタルスカと呼ばれる山麓地帯があり、そこより南だと冬はいくらかマシになって短くもなるらしい。
少なくとも、春から秋にかけてきちんとした季節の移ろいが感じられ(北方大陸比較)、冬本番・極夜の絶景が続くのも、せいぜい十ヶ月前後程度で済むそうだ。アホなのかな?
(……カス巨人どもに台無しにされなくとも、どっちにしろ詰んでたってことかぁ)
ヌコ太山での準備は七ヶ月を目処としていたので、つくづく異世界の理不尽に憤りが止まらない。
助けてもらえて本当に良かった。
「ところで、ラズくん」
「はい?」
「暇なら
まだ作るのかよ。
「いいけど、あとどれだけ必要なんです?」
「えっとね、ラズくんが嬉しいな、って思うくらい増やしたいの」
「何じゃそりゃ」
「い・い・か・ら! リボン巻くのだけでも手伝ってよ。お姉ちゃん命令ですよ!」
「へーい」
──
────
────────
────────────
「とまぁ、そんなことがあったのがついこの間のことである」
「ママ! ラズくんがまた変なひとりごと言ってる!」
「やめて」
さて。
今日、俺の目の前には質素ながらも華やかに飾り付けがされた
それと、普段はあまり見かけない鳥の丸焼きなどの、見るからにご馳走としか言えないホカホカのご馳走が、ドデーンと食卓に並んでいた。
「すげぇ……これ、なんて料理なんですか?」
「ママ? これなんてお料理?」
「████████████」
「ドルモアの丸ごと香草焼きだって」
「ドルモア……」
そうか。この鳥は、ドルモアという名前なのか。
鶏というより、鴨とダチョウの中間?
しかしまぁ、普段は部位肉としてしか姿を拝めないのに、冬至のお祭りとはいえ、このように丸ごと命を消費してしまうのは、彼女たちにとっても贅沢中の贅沢だろう。
完全に息の根を絶ってしまえば、時間を戻したって命の熱は戻らない。
でなければ、生きた状態で飼い殺す必要はないはず。
(家族として、本当に俺を受け入れてくれているんだな……)
じ〜ん、と感じ入るものが胸の奥を熱くした。
「それでは、今年もまためでたく
「█████!」
二人はニコニコと水の入ったコップを掲げる。
おいおい、やだな。なんだか照れ臭いぜ。
(乾杯の音頭まで取ってくれるのか?)
察した俺は慌ててコップを手に取る。
さて!
「かんぱ──」
「ユトラ・メラク!」
「ユトラ・メラク!」
同じ発音だからか、奇跡的にきちんと両方聞き取ることができた。
「は?」
なにそれ知らない。
「ユトラ・メラクとはなんぞや」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ!」
「ダメだよラズくん。冬至と言えばユトラの
「オイオイオイ! オイオイオイ! なんだよそれ! メリクリ的な決まり文句!? そういうの先に教えて?! 今の、めちゃくちゃ恥ずかしかったんですけど!」
「じゃあ、いま教えました」
「ありがとね!」
「あはは!」
こちらが耳まで真っ赤になったところで、ケイティナは声をあげて笑った。
ママさんはひとりだけコテンと首を傾げ、不思議そうに俺たちのやり取りを見ている。
チ、チクショウッ! なんだこの赤っ恥感……!
「ごめんごめん! じゃ、気を取り直してもう一回──ママもいいよね? うん、おっけー!」
さん、はい。
「「「ユトラ・メラク!」」」
その日の夕飯は、久しぶりにめちゃくちゃ美味しかった。
────────────
tips:七つの冬至
セプタユトラ。
セプタが「七つの」を意味し、ユトラが「冬至」を意味する。
北方大陸グランシャリオで古くから続く伝統的なお祭りでありお祝い。
長すぎる冬をざっくりとした間隔(地域による差異あり)で七つに分割し、冬の一段階目、冬の二段階目と節目を作って行事とする。
家族や友人の生存を喜び、来たる翌年に向けて変わらぬ明日を希望する祈りの祭日。
グランシャリオの古き民は、冬至になるとユトラリースと呼ばれる装飾輪を家に飾り、一年の循環を神へと感謝した。
第一から第七まで、それぞれ以下の祝詞があるため、覚えておかないとお年寄から怒られるかもしれないぞ?
第一冬至:ユトラ・ドゥーべ
第二冬至:ユトラ・メラク
第三冬至:ユトラ・フェクダ
第四冬至:ユトラ・メグレズ
第五冬至:ユトラ・アリオト
第六冬至:ユトラ・ミザール
第七冬至:ユトラ・ベネトナシュ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます