#019「雨の日の内職と創作焼き菓子」



 ゴリゴリゴリ。

 ザリザリザリ。

 薄暗いトンネル内で、機械的なリズムの硬質音が繰り返される。


「…………」


 黙々とした作業。

 環境音にはパチパチと爆ぜる焚き火の音。

 ザーザーと降り頻る雨が壁と屋根を震わせる。

 今日はあいにく、朝から悪天候だ。

 外は大雨でとても空気が冷える。

 経験則から思うに、きっと、あっという間にみぞれ混じりになって雪へと変わるだろう。

 なので、こんな日はひたすらに基地にこもり、内職に励むしかやることがない。


「……冬が、近づいてきたな」


 正真正銘本物の冬。

 それが、日に日に歩み寄ってきているのが肌で分かった。

 季節はただいま秋の盛り。

 今年の夏は、ヤマネコと争い合っている内になんだかんだで終わってしまった。

 現在は山の中でバッタリ出会しても、お互いに「むッ」といった顔で自然と距離を取り合う関係に落ち着いている。

 こちらが仕掛ける罠にも悪さをしなくなり、どうやら一定の脅威として、無事に認識を改めさせることに成功したようだ。

 最近は石斧と一緒に、松明も持ち歩いている。

 なまじ夜目が効くばかりに、松明なんて最初、無用の長物と思い込んでいたが、獣は火を恐れる。

 猛獣除けとして、今後は大いに活躍していこうと思った。


「獲った動物の油と、松脂も便利だしな」


 ……まぁ、油はともかく、松脂は本当に〝松の脂〟で合っているか怪しいものだが。

 ともあれ、地球における天然樹脂のように、使える燃料であることに変わりはない。

 火を携帯できるのは、人類の優位性だ。


「──にしても」


 視線を落とし、手元の作業を見る。

 今日は天気が悪いので朝からずっと『石臼』を作っているのだが、これがなかなかつまらない。

 ただ大きめの石を拾って、それをゴリゴリザリザリと削り続ける単調作業。

 石臼を作っているのは、無論のこと保存食糧作成のためだが、石斧作りと同様で大変根気を要する。


 目的は、木の実の粉挽だ。


 秋を迎えたことで、麓の森ではいくつかの木の実が足元を転がるようになった。

 マツボックリ、クルミ、ドングリ、ヘーゼルナッツ。

 全部それそのものではなくて、「何となく似てるなー……」って見た目の木の実なのだが、俺はこれらを石臼を使って粉状になるまで挽き潰し、水と少量のトンボ蜜で、長期に渡って保存可能な自然の焼き菓子を作ろうと考えている。


「目指すはクッキー!」


 一応、食べられる木の実かどうかの確認は、イタジリス、ウサガルーの罠で実験した。

 判定は「まぁまぁイケるでしょう」という感覚だ。

 あとはまぁ、ぶっちゃけ火を通せば何とかなるだろうという心持ちで作業をしている。

 サバイバルなんて何事も、最終的には「どうにかなれー!」のメンタルだしな。


 しかし、それにしても退屈だ……


「もういいかな」


 最初にイメージしていたよりもだいぶ穴が浅いが、ある程度の窪みはできたので、俺は仕事を完了したことにした。

 土器に汲んでおいた水を使って、さらっと洗い流す。

 なお、土器には樹脂を塗りこんで水漏れ防止の策としていた。

 いい感じで水漏れしなくなったので、過去の失敗作も今ではそこそこ便利に使っている。樹脂様様だな。


「うーし。じゃ、さっそく粉を挽いていくか」


 水洗いして綺麗になった石臼の上に、少量の木の実を乗っける。

 次にあらかじめ粉挽用に用意しておいた丸石を手に取り、俺は木の実をギュッと押し潰した。

 パキリ、パキッ!

 木の実の割れる音がトンネル内に響き、破片がバラバラと散らばる。


「すーりすり、すーりすり」


 その後、絵的にめちゃくちゃ地味な時間がしばらく続いた。

 粉を挽いて水を混ぜ、木の実を追加したらまた磨り潰しの工程に戻って、程よく食い出がでてきたら、トンボ蜜を混ぜてクッキー状にこねる。

 美味いかどうかは焼き上がってからのお楽しみ。

 ま、美味くはなくとも食べられなくはない程度の味に仕上がっていれば、俺としては大変大満足だ。

 いくつかのペーストにはドライベリーなんかも入れちゃう。

 時間としては、だいたい三〜四時間くらいかかったかな?

 あとは竈に入れて、様子を見ながら火から取り出そう。


「…………」


 あっ、そういえば。


「新しい服、どうやって手に入れよう? 今着てるのは、いいかげんボロボロなんだよなぁ」


 シャツもズボンも、この一年で明らかに見窄らしくなってしまった。

 靴なんか一番ひどくて、今やすっかりサンダルに近い。

 ジリスやウサギの毛皮を詰めることで、どうにかこうにか密閉性を保っているが、そうじゃなかったらとっくに足が壊死している。

 新しい服と新しい靴。

 どちらもいいかげん、何とかしないといけない頃合いだ。


「動物の毛皮は加工がメンド臭いんだよなぁ……」


 剥いだ後も裏面の脂肪を刮ぎ落とす必要があるし、時間を置くと勝手に縮んでいくので、乾燥させるときは車裂きの刑みたいな感じで伸ばしてやらなきゃいけない。

 乾燥が終わった後は、いよいよ服飾加工に着手できるワケだが、それにしたって難題だ。

 自然界には針なんて存在しない。

 もしかすると、材料にできる金属自体は鉱物という形で存在しているかもしれないが、針なんて繊細な代物をどうやって作ればいいのか。


「枝を研いでどうにかするか?」


 毛皮は意外と固く、すぐに折れるのが容易に想像できる。

 魚や小動物の骨は、使えなくもないだろうが、意外と柔らかいんだよなぁ……


「……ってことは、おいおいマジぃ?」


 石か。

 やはり、石しかないのか。

 細長い小石を気の遠くなるほど研ぎまくり、針を作る?


「ヴォエッ」


 一瞬浮かんだ狂気の発想に、俺は思わず吐くかと思った。

 しかし、やはりそれ以上の方策が思いつかない。

 糸自体は、植物の根や樹皮を裂いた繊維を撚り合わせることで、どうにか準備できる。

 糸と聞いて想像できる糸ほど細くもならないだろうし、何なら紐じゃねえの? と思わなくもない結果になるだろうが、頑張れば最低限の裁縫は可能だ。


 そして、裁縫が可能になれば、これまで放置するだけで特別な用途もなかった小さな毛皮類に、大きな出番を与えられる。


 ──そう。手袋だ! あるいは靴下!



「防寒着ぃぃ……」



 グギギギギギギ。

 現在、俺が所持している動物の毛皮は、イタジリスとホッキョクウサガルーのものが大半。

 春に狩ったブタの毛皮は、処理が大変だったのと妙にひんやりとした生地だったので捨ててしまった。

 理想はヤマネコの毛皮だが、アレを捕まえるのは至難の技だろう。

 せっかく冷戦に持ち込めたというのに、再び戦争を開始するのもリスクが高い。

 猫畜生もバカではないだろうし、自分が本気で狙われ始めたと察知すれば牙を剥いて迫るだろう。

 ここは小型の獣で我慢し、体の末端を温めることに集中するのが得策か。


「だとしても、イカれてる……イカれてるぜ、おい……」


 俺はクッキーが焼きあがるまでの間──否、クッキーが焼き上がった後でさえも、小石をスリスリする作業に没頭した。

 降り頻る雨は勢いを増し、遠くからはまるで獣の咆哮のような雷鳴が轟く。

 天気はますます悪化の一途を辿り、家の中で地味な作業をするには、まさに打ってつけの日だった。


 ──ちなみに、焼き上がったクッキーの味は非常に香ばしかったとだけコメントしよう。


 それ以外に語る言葉がないので、後は察して欲しい。

 やっぱ砂糖とか卵とか生クリームとか無いと、甘味は甘味足りえないよ。

 歯ごたえカッスカッスで、驚くしかなかったね。まったく……








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tips:ノタルスカ山麓・森林域


 植生はニドアの林と大きく変わらない。

 しかし、この森にはニドアの林と違って、大いなる恵みが存在する。

 すなわち、湖と川。

 水中に含まれる豊富な養分が地中に深く染み込むことで、ノタルスカの森はニドアの林よりも広範に成長した。

 地球における白樺に似た樹木も存在し、黒と白、相反する色相のコントラストが楽しめる。

 旅人にもし勇気があれば、深奥に立ち入ってみるのもいいだろう。

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