第3話 銭湯『千夏と千春』の由来

 銭湯『千夏と千春』のスタッフルームで、満里奈ちゃんが千夏さんに店名の由来を尋ねた。あたしは知ってるから復習になる。



 「きっかけは…、中1の時の正月だったかな」


時期的に2年は目前だね。


「その時に親戚一同集まったんだけど、そこそこ付き合いのあったおじさんが『いつかラーメン屋を開業したい』って言い出したの」


というのは、千春さんのお姉さんの旦那さんになるよ」


千夏さんのそばにいる玲さんが補足する。


「アタシもラーメン好きだけどさ~、男ってやたらラーメン店開きたがるよね。“男のロマン”ってやつなのかな~?」


「僕は全然興味ないよ…」


スタッフルームにいる男は玲さんだけだからね。あたし達女の視線が集まるのは無理ない。


「それを聴いたアタシはおじさんに言ったのよ。『ラーメン屋じゃなくて銭湯開けば良いんじゃない?』ってね」


…満里奈ちゃんと恋ちゃんはポカンとしている。「何で銭湯なの?」とツッコみたいに違いない。


「ラーメンよりお風呂のほうが利用価値あるじゃん? ほとんどの人は毎日入るんだから」


それは建前に過ぎない。千夏さんの本音は別。


「アタシが“お手伝い”としてその銭湯に行けば、男湯入り放題なのよ。マジ最高じゃん♡」


言うまでもなくこっちが本音。千夏さんは、性欲のためにおじさんに銭湯開業を提案した事になる。さっきのHを見れば、この言葉は本当だとわかるはず。


「おじさんは『そのアイディアいただき!』と言って、本当に銭湯を開業したの。アタシだけじゃなくて母さんも手伝う事を話したから、それが後押しになったかも」


「…ちょっと待って下さい。だったらここの店長は、そのおじさんになるはずじゃ?」


満里奈ちゃんの指摘はごもっとも。話はこれで終わらないんだよ。


「それが…、おじさんはここの建設中に不倫したのよ。それをきっかけに千恵美ちえみ伯母さんと離婚してね。んで、その後は行方不明と…」


「千恵美伯母さん?」


「さっき僕が言った“千春さんのお姉さん”だよ」


「おじさんがいなくなっても、銭湯建設は止められない…。だからアタシ・母さん・伯母さんの3人で頑張る事にしたのよ」


何度聴いても、おじさんの不倫は腹立つ! けどおじさんの行動力がなければ、今のあたしはない。なんか心がモヤモヤするよ…。


「離婚した伯母さんは婚活するために“花恋荘かれんそう”ってところで住み始めたの。ここから遠くないけど、銭湯と婚活の両立は大変だから母さんがメインになってたわね」


千夏さんは当時中学生だった訳だし、そこまで手伝えなかったはず。当時の千春さんは大変だっただろうなぁ…。


「…これ以上詳しく話すと休憩時間内に終わらないし、 アンタが知りたがっていた店名の由来を簡単に話しておくわ」


「……」


話が中途半端になったから、満里奈ちゃんは不満そうだ。あたしは一部始終を知ってるし、学校の昼休みに話して良いかも?


「“千夏”が店名の最初に来る理由…。それは『①銭湯の発案者だから』『②私(千春)を超えて欲しいから』『③母として、娘を支えたいから』と母さんは言ってたわね。アタシが知らない間に決まったのよ」


「そうなんですか…」


たかが順番、されど順番だよね。満里奈ちゃんと恋ちゃんはどう思ったかな?



 「千夏ちゃーん♪ そろそろ交代しましょ♪」

千春さんがスタッフルームに入ってから言う。


「すぐ行く!」

足早にスタッフルームを出て行く千夏さん。


「千夏ちゃん・玲君と楽しくおしゃべりできた?」

笑顔で満里奈ちゃん・恋ちゃんを見る千春さん。


「はい」


…恋ちゃんも頷いた。


「良かったわ♪ 紗香ちゃんはそろそろ着替え始めてね♪」


そうだった! のんびり話を聴いてちゃいけなかった!


「すぐ着替えま~す」


「紗香ちゃんのお仕事を見学したい2人も着替えてもらうわね♪ サイズは私の勘で大丈夫だと思うから、準備するまで待っててね♪」


見ただけでわかるものなの? …なんて、満里奈ちゃんと恋ちゃんを気にしてる場合じゃない! 遅れを取り戻すために、すぐに着替えてバイトしないと!


あたしは急ぎ足で更衣室に向かうのだった。

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