第2話
翌朝、体は普通に動くようになったが、記憶は戻っていない。
いや、そもそもダブリンの記憶は無いんだが。
周りは、記憶喪失と思っている。俺は、それに便乗して、何も分からない振りをして過ごしているが、そろそろ食い扶持を稼がないといけないと言われた。
稼ぐと言っても、8歳のスラムの孤児に出来る仕事などない。この子が出来ていたことは、ゴミの中から食べられる物や、古道具屋に売れそうな物を漁ること、そして、その記憶を失った、いや、多分死んだ原因となった、かっぱらいぐらいだ。
その朝、ダヤンに率いられて、アルミと俺はゴミ捨て場を漁りに行った。ゴミ捨て場では暗いうちからダックロウというカラスを大きくしたような鳥の魔物が、食べ物を漁っており、子供が近付くと集団で威嚇してくる。
ダックロウに襲われて死ぬ子供も珍しくないという危険な魔物だ。
俺たちは棒を持ってダックロウがいない場所を選んでゴミの中から食べられる物を探す。
野菜の切れ端やパン屑を見かけるとすかざす口に入れる。偶に腐りかけた干し肉の欠片などを見つけることもある。ゴミ捨て場で2時間ぐらい漁った後、俺たちはそこを去ろうとしたが、その時、ちょっとした事件が起きた。ダックロウの1匹が頭上を通り過ぎざまに俺の頭を突付いていった。
それを合図にしたかのように、数羽のダックロウが俺に群がって来た。
俺は顔と頭を両手で庇うようにして丸くなってしゃがみ込んだ。
直ぐに、ダヤンとアルミが飛んできて、棒を振り回してダックロウを追い払い、俺の手を引っ張ってゴミ捨て場から逃げ出した。
無事に逃げ出すことが出来たが、俺は頭や肩、背中を突かれてあちこちから血を流していた。
「あ~あ、ダブ、今日はもう帰れ」
ダヤンにそう言われて、俺は気落ちしながら、一人で小屋まで帰った。
しかし、スラムは、たとえ真っ昼間でも、8歳の子どもが一人で歩けるほど安全な場所ではない。
ある横道の脇を通り過ぎたとき、建物の陰から伸びた手が俺の口を塞ぎながら、俺を脇道へ引っ張り込んだ。俺は一瞬固まったが、直ぐに口を塞いでいる手に噛み付いた。
「痛っ」
そいつは噛まれた手を離して、反対の手で俺の頭の後を掴んで地面に押し倒した。
俺はその力に負けて顔から地面に叩き付けられた。
「お前、何をしてやがる」
顔を打ち付けたことで意識が朦朧としている俺は、そんな声を聞いた。
俺を攫おうとして失敗した奴は、地元のギャングに咎められて、慌てて逃げ出したようだった。
俺が顔を上げると、そのギャングは、俺の顎に手をかけて、顔を上向かせると
「これは拾い物だな」と言いながら、俺を脇に抱えて歩き出した。
「ギャー、離せ、人攫い」と俺が大声で叫ぶと、
「うるせえ」と口を塞がれたので、また、その手を噛んだ。
ドサッ。俺はそのまま地面に落とされて。
「この餓鬼」ギャングは俺の腹を思い切り蹴り上げた。
俺は吹っ飛んで、地面をゴロゴロ転がった所で蹲っていた。
「ダブ」
その時、近くまで来ていた、ダヤンとアルミが俺の叫び声を聞いて駆けつけてきた。
「何だ餓鬼どもが」
俺を庇うように立ち塞がったダヤンが、ギャングに殴られて、吹き飛ばされた。
「おい、それぐらいにしておけ」
今度は、別の男が現れて、そいつを止めた。
「兄貴・・」
「そいつらもスラム育ちだ。俺もお前もそうだったようにな」
「この餓鬼、いい値段で売れそうなんだよ」
「お前、スラムの掟を知らないわけじゃあるまい」
スラムで育った人間は、スラムの子供を売らない。それはスラムで育った人間がつくった地下組織での不文律だった。
俺は大人の男に、腹を思いっきり蹴られて死ねほど苦しんでいた。
「大丈夫か?」
意識が殆どない俺は、ダヤンに背負われて小屋に連れ戻された。
俺がこの世界で最初に目覚めた小屋の奥の狭いスペースに再び寝かされた。
今度は意識が無いわけではない。いや意識はあるが、とてつもなく苦しい。言葉も出せず、冷や汗しか出ない。
かなりの時間うずくまっていて、やっと苦痛が収まってきた。
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