ダブリン。進化者は無双する。8歳だけど身体は大人。

肩ぐるま

第1話

「ダブ、ダブ」

小さな女の子が縋り付き、肩を揺すりながら名前を呼ぶ。

縋り付かれているのは、これも小さな男の子。

事件は先程起こったばかりだ。

パン屋の店先に並べてあったパンを盗んだ男の子が、直ぐ店主に捕まり、その場で頭を殴られた。男の子は昏倒し、頭を地面に打ちつけて、そのまま動かなくなった。

「死んだ振りしても許さねーぞ」

パン屋の店主が男の子の胸ぐらを掴んで持ち上げたが、男の子はぐったりとして体に力が入っていない。

「ちっ、気を失いやがって」

店主はそのまま男の子を荷物のように右手にぶら下げたまま歩き出し、店から少し離れたところにある路地裏の空き地に捨てた。

ドサッと放り出された男の子は、その時まで息が止まっていたが、地面にぶつかった衝撃で息を吐き出した。

「ゲホッ」

地面で思いっきり背中を打ったので、息が詰まった男の子は、大きくむせこんで、また気を失った。

その一部始終を物陰に隠れて見守っていたダヤンは、暫くしてから男の子に近づいて来て、その肩を揺すって起こそうとした。


「ダブ、ダブ」と、誰かを呼ぶ声とともに、肩が揺さぶられている。

頭と背中が思いっきり痛いが、体がピクリとも動かない。


男の子が息をしているのを確かめたダヤンは、男の子を背中に負って空き地から立ち去った。


頭と背中がズキズキする。その痛みで目を覚ましたようだ。周りは真っ暗で何も見えない。

腕を上げて頭を手で触ってみるとたんこぶができていて、「痛」と可愛い声が聞こえた。

『えっ、何だ今のは?』

「あ、あ、あ」と小さく声を出してみると、可愛い声が出る。

『やっぱり俺の声か?』

と喉に手をやると、喉仏がない。首も随分と細い気がした。


「ダブ、気がついた?」

目の前の暗闇に縦の光の筋が入り、下の方から何かが捲くり挙げられて、小さな人影が入ってきた。手に灯りのようなものを持っており、それを俺の頭の横に置いた。

『ダブ?誰のことだ?』

俺が目だけを動かして枕元に座った少女を見る。

「息が止まってたから死んだかと思ったわよ。あのハゲオヤジ、ダブをゴミみたいに捨てたんですって。」


10歳にもならないような少女が、俺の顔を覗き込んで喋っている。

『誰だ?この子は?』

俺が黙って見つめているだけなのに気づいた少女は

「ダブ、しっかりして。頭を打っておかしくなったの?」

と、俺の肩を揺する。

『ダブって俺のことか?』

相変わらず黙ったままの俺に

「ねえダブ、話せないの?」と少女は続ける。

『誰?』と聞こうとして口を開いたが、出てきたのは

「あ、あ」という言葉にならない音だけだった。


「ダブ、お前、喋れなくなったのか?頭を打ったせいか?」

少女の後ろから、少し年上の少年が顔を覗かせた。その少年は暫く俺の頭を両手で弄って

「待ってろ」と言い残してその小さな空間から出ていった。

枕元の小さな灯りが照らし出したのは、犬小屋のように狭苦しい空間。そこに俺は寝かされているようだった。

体は相変わらず動かない。動くのは目と右腕だけだった。

更に暫くすると、さっきの少年が老人を連れて戻ってきた。

老人は俺の体を触って調べていたが

「頭を打ったせいじゃ。暫くしたら治るじゃろう。もう少し寝かしといてやれ」と言って、少年と少女を促してその空間から出ていった。

また、真っ暗になった空間に一人取り残された。目の端に小さな光が見えたので注意を向けると、それは文字の塊だったようで、目の前に移動して大きくなって読めるようになった。


名前 ダブリン

種族 人間

性別 男

年齢 8

職業 なし

筋力 N

耐久 N

俊敏 N

魔力 N

抵抗 N

固有スキル スキルドレイン

スキル なし


『これはステータスボードか?』

俺は硬直して、その文字の塊を見つめた。

文字は光っているように見えるが、周囲は相変わらず真っ暗だ。するとこれは、目ではなくて、脳が直接見ているんだな。

脳梗塞の症状に、視覚の欠損というやつがある。視界の一部が欠ける。つまり、視界に見えない部分が出来る症状だが、目が原因なのか、脳が原因なのか、簡単に見分けることが出来る。脳に原因があれば、左右の目に見える視界の欠損が同じなのだ。つまり、人間の視界というのは、目で見ていると思っていることでも、実は脳だけが見ている場合があるというわけだ。そして、この文字は、それと同じ現象に思えた。

俺は、眼の前の文字を見ながら、考え込んだ。

名前がダブリン。

さっき、ダブと呼ばれていたし、肩も掴まれていたから、これが今の俺の名前か?

しかし8歳?俺は思わず身を起こそうとしたが、力が入らず体は動かないままだ。

頭だけでも起こして自分の体を見ようとしたが、頭が上がらない。

ただ、右腕だけは動かせるので、右手を目の前に持ってくると、幼児のような小さな手と細い腕が確認できた。

やっぱり、この文字は、俺のステータスを現しているようだ。

『どういうことだ?さっき、頭を打ったとか言っていたから、その時に頭がおかしくなったか?いや、俺が日本で生きていた記憶はしっかりあるから、この俺というのは妄想じゃない。すると、ラノベのような異世界転生か?ダブリンという男の子が頭を打ったときに死んで、俺が憑依したのか、魂が入れ替わったのかも?』

そこまで考えたとき、俺は大変なことに気が付いた。

もし、そうなら、俺はこれから8歳の子どもとして生きていかないといけなくなったということに。

しかもステータスを見ると絶望的に低い。

スキルもない。いや、一つだけあった。

固有スキル スキルドレインだ。

これはどういうスキルだ?名前からするとスキルを奪うか、コピーする系統だろう。問題は、どうやってドレインするか、その条件だ。

スキルドレインという文字に意識を集中しても、何も分からない。文字を手で触ればいいのかと思って腕を動かしたが、文字には触れることが出来なかった。

『運が良ければ、触っただけでドレイン出来るかも知れない。だけど、運が悪かったら、ラノベに出てきそうな設定ならセックスか?』

そこまで考えたとき、また入口が捲くりあげられて、先ほどの女の子が入ってきた。

「スープを持ってきたわ。起きられる?」

と聞いてきた。

『誰だろう?この子と随分親しいようだ』

相手の名前が分からないので聞いてみることにした。

「だ、だれ?」

女の子は動きを止めて、

「誰って?私のことが分からないの?」

信じられないという顔で俺を見つめている。

「頭を打つと忘れることがあるそうだ」

女の子の後ろから入ってきた少年が、少女を宥める。

「頭を打って忘れた?そんなことがあるの?」

「そうらしい」

「治るの?」

「治るらしいけど、たまに治らないこともあるって言ってた」

「治らないこともある?」

少女は小さく呟くと、

「体は起こせる?」

と聞いてくる。

俺は上体を起こそうとしたが動かないので、首を横に振ると

「しょうがないな。食べさせてあげる」

と言って、俺の枕元に来ると、手に持った木の皿を地面に置いて、木のスプーンでスープを掬っては、俺の口に流し込んでくれた。スープを呑み終えて

「有難う」と礼を言うと

「何、水臭いこと言ってんのよ」

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