第36話 大変不名誉なあだ名
「そう言えば、シスイ様。昨日は帰るのが遅かったとお聞きしましたが、何をしていたのですか?」
朝のホームルームが始まる大分前に教室に辿り着いた俺たちは、雑談を……というより、一方的にエリスが話しかけて、俺とマリカが受け流していたのだが、ふとそんなことをエリスが質問して来た。
確かに集中して読んでいたら、いつの間にか夜になっていたからな。俺の主人(仮)でもあるエリスが、帰りが遅くなったことを気になるのは仕方ない事か。
「図書館で本を読んでいただけだ」
そう言って俺は、ローブの中に手を入れ昨日借りた本を机の上に乗せると、エリスはその本を取ってじっくりと見た。
「『アスタリオンに咲く花々』……シスイ様! 花にご興味があるのですか!」
ふんっ、と鼻息を立て好奇心全開の笑顔を俺に向けるエリスに、まぁこうなるだろうな、と俺は心の内で納得した。
「あぁ」
「何て可憐なのでしょう! シスイ様……!!」
「似合わな過ぎて、気持ち悪いわ」
両手を組んで天に祈るエリスに、素直な感想もとい罵倒をするマリカ。
その余りにも対照的な反応に俺は、ここまで認識の仕方に違いがあるのだと関心を持った。
しかし、マリカの言葉を思い返してみると、やはり言い過ぎではないかと思い反論する。
「似合わないだけならまだしも、気持ち悪いは余計な一言だ。今すぐ訂正しろ」
「いやよ、だって事実だもの。あなたみたいな人が、花を愛でている姿を想像するだけで……身の毛がよだつわ」
そう言って、マリカは自身の体を抱きしめ、俺から離れた。
「……なら、身の毛がよだつくらいなら、わざわざ想像しなければいいだけの話だろ」
「それもそうね」
俺がそう言うと、マリカは俺の左隣りへと戻る。
何がしたいのだ? マリカは、と無表情で正面をただ見ているマリカに、ジト目でその横顔を見る。
すると、教室の扉が開かれ一人の少女が入ってきた。その瞬間、クラスメイト達はザワザワとどよめく。
―――特に男たちが。
「お、おい……誰だよあの超絶美人……なぁ!」
「あ、あぁ……一体、誰だ? エリス様と互角……いや、それ以上の顔面力かもしれない!」
顔面力とは何だ、顔面力とは。顔面凶器のことか?
そんなことを思っていると、その少女は俺に笑顔を向け、クラスメイト達の感嘆の溜息と憧れのような眼差しで見守られながら……未だに祈っているエリスを退かし俺の隣に座る。
「おはようございます、シスイ君」
その少女は、どうやら俺のことを知っているようだ。
そしてまた、俺もその少女を知っていた。
何せ、昨日会ったばかりだからな。
「あぁ。おはよう、レイ」
「「「………」」」
俺が挨拶を返すと、何故か教室中が静まり返った。
しかし、その沈黙は早々に破られる。
「「「えぇええええええええ!!!」」」
「う、嘘でしょ? あの根暗地味眼鏡で尻軽女の……あのレイが……!!」
「前髪に隠された真の神秘! まさに、ヒロインの如き華々しさやらなんたらや~~~!」
「髪切っただけでスッゴ! 眼鏡外しただけでスッゴ! 足なっが! エッロ! ……ってか、変わり過ぎじゃない?」
そんな感想を各々していた。
気づいていなかったのか、こいつらは。まぁ確かに、見た目は少し変化したが、雰囲気が以前とガラリと変わって自信のある感じがするから、分からなくもないか。
だが、それよりも俺には、気になることがあった。
「スカート短すぎないか?」
昨日は足首までと長かったスカートの丈が、膝上20cmくらいになっている。
酷く変質者的な感じにうかがえるが……。
「ふふ……好きな人に振り向いてもらうためなら……私は何だってするんですよ?」
そう言って、小悪魔的な笑みを浮かべながら、シャツを摘まんで胸の谷間を俺に見せる。
俺はそれを見て、レイの目的を思い出した。
そうか、露出したり性的アピールをすることで、本命の男を落とすための色仕掛けか。
なるほど。確かに、この年頃の男からすれば、とても有効的な手段。性欲旺盛だからな。
自分の魅力を最大限に活かし、戦略を練って夢へと突き進むお前の姿勢は、俺も感化させられ見習うべきだと思った。
俺もまだまだ、己の殻を破っていかないとな。
レイの本気度が伝わって自身の課題を見つけるが……。
「しかし、いくら何でも短すぎる。それでは、お前の好きな人は変態女だと勘違いすると思うぞ」
「えっ……?」
「それに俺は、前のスカート丈の方が良かった。清楚な雰囲気がいい。何より、外傷を負うリスクが僅かにだが減る。しかし、それで十分。なぜなら、足の腱を覆っているからだ。スカート丈は短いと完全に防いでいないが、長い場合だと多少なり負傷する確率が―――」
「ああ!! もうやめてくださーい!!」
俺がスカート丈は長い方が圧倒的に利益が多いことを主張すると、レイがそう叫んで中止させられた。
そしてレイは、何やら不貞腐れたように「それなら、早く言ってくださいよ……もう」と、スカート丈を直し始めた。
「これでどうですか!」
笑顔でレイは立ち上がったのだが、スカート丈を長くし過ぎて床にまでだらんとついていた。
何もここまでしろとは言っていないのだが……。
「はぁ……仕方ない」
俺はレイのスカートを手直そうとすると、レイが「し、シスイ君……こんな所で私……恥ずかしいです……やめてください……」と切なげな声で止めるように言っているが、全く俺を止める様子は無く、寧ろ受け入れていた。
「……何を勘違いしているのだ、お前は」
そんなレイに嫌気が差しながらも、エリスやマリカと同じく膝の少し上くらいまで直した。
「あ、あれ? シスイ君。丈は長い方が好きと……」
「確かにそうだが、お前のように派手な顔の女は、丈が長いと輩のように見えるからな。それと単純に、こっちの方が今のお前に似合っている。そう思ったからだ」
俺が手直したスカートをひらひらと揺らすレイに、そう言った。
「や、輩って……でも、似合っている……ですか。褒められてしまいました……シスイ君、スカート直してくれてありがとう……」
どうやら、満足しているみたいだ。手直して正解だったな。
そうレイの微笑む顔を見て思っていると、この和やかな空気を壊す者がいた。
「性犯罪者予備軍の一人……スカート弄りのシスイ……」
背後からそんな呟きが聞こえ振り返ると、マリカが俺を物凄く引いた目で見ていた。
こいつ……何て不名誉なあだ名を……俺に……。
俺は静かな怒りをマリカを向けるが、よくよく考えると実際に俺はスカートを弄ったため言い返すことができない。
そんなジレンマを感じていると、教室にローラ先生が入ってきた。
「おはようございます! 朝のホームルーム始めますよ!」
そしてクラスメイト達は席へと戻り、それを確認した通常通り連絡事項を伝えていく。
すると、ローラ先生は「あーそうそう」と言って、言葉を続ける。
「来月に実施する、サバイバル演習のチーム。みんな、ちゃーんと各自で決めるのよ! いいわね!」
「「「はーい!」」
皆が元気よく返事する中、俺は疑問を抱いていた。
サバイバル演習とは……一体?
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