第35話 二度あることは三度ある

 図書館に入って、俺が真っ先に向かったのは花に関する本だ。


 姉さんと暮らしていた時も小屋の近くに花壇を作り、多種多様な花を植え育てていた。


 がしかし、アスタリオンにある花は育てたことが無かった。アスタリオンの花は、どんな花があって、どれを育てていこうか気になっていた。


 そのため、もし育てるとなった際には、未知の花について知識を得る必要がある。そしてそれは、花に対する知識を更に深めることに繋がる。


 俺にとって意義のあることで、数少ない娯楽の一つだ。


 それに……本に描かれている花の絵を見ないと、最近の疲れが取れない……俺には休息、目の保養が必要だ……。


 睡眠はきっちりと取っているはずなのに、そう思いながら花に関する本のコーナーに辿り着き、そこから『アスタリオンに咲く花々』という本を本棚から取る。


 そして、早速本を読もうと読書スペースへと向かう。


 入ってきた時も思ったのだが、図書館というものはそこまで人気が無いのだな。


 俺とレイが入った時では、誰もおらず貸出を受付する司書さんしかいなかった。


 つまり、現在図書館には、俺とレイ……そして司書さんの三人のみがここに存在している。


 実に悠々自適を再現したかのような、最高の空間だ。


 人が多い中で集中して読むことは、俺にはとても難儀なこと……ゆっくり読めそうだ。


 そう思って俺は、読書スペースの席へ腰掛ける。


 さて、どんな花があるだろうか。


 俺は本を開き、読み始めると―――。



「あっ、お花さんの図鑑……」



 そんな声に続いて、流れるように俺の隣へ座って来たのはレイだ。


 なぜ、俺の隣に座って来たのだ? レイは。他にもスペースはあるというのに、いやそっちに行ってくれ。


「他にも席が空いているだろう。俺は本に集中したい。そっちに座れ」


 俺は本を眺めたまま告げると、レイはふふっと小さく笑った。


「お断りします。私はシスイ君と並んで本を読みたいんです」


「訳が分からない……」


 そう言って俺は、溜息を吐く。


「それにしてもシスイ君、お花さんが好きなんですね……ちょっと意外です……」


「そうか」


 確かに、俺みたいな男が花に興味を持っていることは珍しいか。


 加えて、レイのイメージする俺とは戦うことしか取り柄のない、いわゆる戦闘狂のように見えるだろう……。不服だが……納得も行く。


 先ほどの場面を見たら、誰だってそう思う。


 無論、俺も意外だと思うだろう。


「………」


「………」


 沈黙の時間が訪れる。


 俺はこの時間が好きだ。静かだからな。それに、やっと本を集中して読める。己の中にある知識が蓄えられていく感覚……これも好きだ。


 だというのにレイは、机の上にある小説を一度も開いていない。


 ずっと俺の読んでいる本を見ているのではなく、読んでいる俺の横顔をじっと凝視している。


 俺はそれを無視しているのだが……我慢の限界だ。


 気が散る……集中できない。


 俺はそっと本を閉じて、レイに顔を向ける。


「……さっきから何故、俺のことを見ている。自分の持ってきた本を読まないのか?」


「はい……今はシスイ君の横顔を眺めたいんです……本を読むことよりも……その方が好きって……そう思ったから」


「訳が分からない……」


「それ……さっきも言ってましたよ?」


 そう言って微笑むレイに、バカにされるな、と思いながらも納得もしていた。


 そう言えば、先ほども俺は同じ発言をしたな。


 だが、実際に俺は訳が分からないと思ったから、訳が分からないと表に出して言っているだけだ。


 よって、レイにバカにされる必要性など皆無だ。そう言わせているレイに問題があると思う。


 そんな念を込めた流し目を送っていると、急にレイは体をこちらへ向けてきた。


「………」


 しかも、ソワソワと落ち着かず、膝の上に乗せている手はスカートをギュッと握りしめている。


 それは勇気を振り絞っているように俺は見えた。


 ……何か、俺に話したい……伝えたいことでもあるのだろうか?


 そう思った俺は、今も尚、話しかけてくる予兆も無いレイに、切っ掛けを与える。


「レイ、俺に何か話でもあるのか?」


「は、はい……シスイ君に聞きたいことがあって……」


「聞きたいこと? 何だ」


 俺がそう尋ねると、レイは意を決して表情で俺の耳元に顔を寄せる。


「―――シスイ君の……好きな女性のタイプを教えてくれませんか……?」


「好きな女性のタイプ……だと?」


 はい、と囁いてからレイは顔を離す。


 てっきり俺は、強くなるにはどうしたらいいのか、自分の身を守るためにはどんな修行をすればいいのか、そんな質問が来ると思っていたのだが全く違った。


 余りに予想外過ぎる。しかし、考えたことが無いな……女の好みなど。


 興味が無い……というよりかは、考える余裕が無い。今はやるべきことがあるからな……。


 いや、考えるべきはそこではない。何故、レイがそんなことを俺に尋ねてきたのかだ。


 考えられる候補としては二つだ。


 一つは、先ほど助けてもらったことで、俺に惚れたこと。


 二つは、俺の意見を参考にして、想い人への告白を成功させる確立をあげること……この二つだ。


 そして俺は、真っ先に前者の憶測を切り捨てた。


 一つ目の予想は考えられないな。たかだか、一度だけ助けた程度で惚れるなど思えない。


 人の恋心とは、そんな単純なものではなく複雑だ。様々な要因があって、ようやく人は恋に落ちると俺は思っている。


 まぁ、かく言う俺は恋をしたことが無いから間違っているかもしれないが……。


 しかし逆に、全く外れているということでもない。


 そのため、可能性が高いのは、レイに想い人がいて俺のアドバイスを欲しているということだ。


 だが……俺に言えることなど何もないな……どうしようか……。


「好みのタイプは分からないが、苦手なタイプならある。それでもいいか?」


「教えてくれるだけでも私は嬉しいです……。私のような―――じめじめとした暗い女は嫌だとか……気にせず教えてください……(あなた好みに変わりたいです)」


 最後の方はよく聞き取れなかったが、レイの発言に否定したい部分があったので、俺は否定する。


「俺はお前のようなじめじめしていて暗い女は嫌いではないぞ」


「へっ?」


 思いもしなかった俺の発言に、レイは間抜けな声と共に目を見開く。


「ど、どうしてですか?」


「うるさくないからだ。お前のような暗くて大人しい奴の方が、断然マシだ」


 エリスといるよりも、大分静かなお前といる方が心地良い、と言い掛けるが止めた。陰口になってしまう……それは俺の性分に反することだからだ。


 「そう、なんですね……やった……」


 レイは小さくガッツポーズを決め、またも俺に尋ねる。


「外見などは何かないでしょうか……? 好きな顔のパーツとか、髪の長さとか……」


「外見か……」


 外見などただの飾りとしか思えないのだが……人の本質を隠すための。


 しかし、レイは変わりたいのだ……想い人と結ばれるために。


 なら、こうして助けて関わってしまった俺には、最後まで付き合う義務がある。


 何とか、力になりたいのだが……そうだ、一つあるじゃないか。


 俺はレイと会った時のことを思い返しながら考えると、あることを思い出し助言が閃いた。


 そして、俺の言葉を待っているレイに、アドバイスのような思ったことを言う。


「―――レイは髪が長すぎるから、視界が開けるくらいに切った方がいい」


「あ、あぁ……そうですよね……いくら何でも長過ぎますよね……」


 あははっ、と苦笑いをするレイに、俺は首を縦に振った。


 すると、レイは椅子を前に動かして近づき、チラチラと俺の顔を上目遣いで見る。


「し、シスイ君は……私の顔……見たいんですか?」


「? いや、髪が長すぎるせいで距離感がおかしくなっているから、切った方がいいのではと言っただけだ」


「そ、そうだったんですか……」


 ガックリと肩を落とすレイだが、俺はどうして落ち込んでいるのか分からなかった。


 そして更に、俺を分からなくさせたのは、俯いたまま「私の勇気の行動が……距離感がおかしい人認定されてしまったんですね……不覚です……」というレイの呟きだ。


 何を言っているのだろうか……レイは、と思いながら見ていると、レイは突然椅子から立ち上がった。


「シスイ君、私があなたの『鈍感さん』を治しますから……覚悟してくださいね?」


 そう言って、俺に笑みを向けてからレイは、小説を持って受付カウンターに向かい出て行った。


 そんなレイを見て俺は、


「―――訳が分からない……」


 本日三回目となる言葉を溜息交じりに言った。


 しかし、これでもう俺の読書を邪魔する者はいなくなり、俺は再び知識と安らぎの海へと潜っていくのだった。


「……この花、色が鮮やかだな。実際に見たら、どんな花なのか気になるな」


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