第34話 頼み事と〇〇音痴

「えっ? 図書館の場所を教えて欲しい……ですか?」


「あぁ、学園内に設置されている掲示板の地図を見ても、道が分からない……迷ってしまった」


 俺の頼み事というのは、図書館を場所を教えて欲しいということだ。


 それを伝えると……案の定、ぽかんとした顔で俺を見た。


 レイがそんな反応をすることが理解できる……一週間も学園にいて図書館の場所の一つも覚えていないのだから……。


 しかし、仕方ないだろう。地図の見方など分からないし、今の今まで勘のみで行動して来たのだ……俺にだって苦手なことはある。


 ただ俺は、レイが疑問符を付いただけなのに、自然と内心で言い訳を並べた。


 無論、俺も承知している。こんな頼み事は、迷子みたいなことだと。


 そう思っていると、


「あはははっ!!」


 レイが突然、腹を抱えて笑い出した。


 俺はそれを見て、腹が立った。


 これは想定外だ……まさか、呆れるならまだしも……笑われるとは思いもしなかった。


 正直、ムカつくぞ。


「おい、なぜ急に笑うんだ」


「お、怒らないでください……」


 あははっ、と呼吸がおかしくなるくらい笑ったレイは、呼吸を整えながら笑い過ぎて漏れ出てしまった涙を、眼鏡を取って人差し指で払う。


 そして、眼鏡を掛け直し微笑みかける。


「ごめんなさい……シスイ君がそんな頼み事すると思っていなかったから……つい」


「だとしても、笑い過ぎだ」


「だから、謝ったじゃないですか……だからほら、機嫌直してください……ね?」


 何処か小悪魔的な笑みを浮かべるレイを見て、俺はあることに気が付いた。


 きっとこれが、本来のレイの姿なのだろう。さっきまでの怯えていた様子は、今のところ見受けられない。


 それは、レイが俺に対して敵意や悪意を抱いていないと判断したからか? 


 まぁ何にせよ、警戒は解けたようで、こちらも一安心だ。


 笑われたのは、心外だが……笑顔を取り戻せたようで何よりだ。


 そう笑われたことを水に流そうとした、


 次の瞬間―――。


「でも、シスイ君はクールで完璧な印象でしたけど、道に迷ってしまうんですね……何だか、スゴく……ギャップがあって……カワイイ……です」


「………」


 まるで、母親かのような眼差しで、恥ずかしそうに俺に対しての再評価を下すレイを見て俺は……意気消沈した。


 カワイイ……だと。つまり、レイからしたら俺は……小さな子ども……なのか。


 初めての衝撃かつ初めての年の近い……いや、同い年の者からそんな印象を持たれたことショックを受けた。


 そんな俺が取った行動は、


「―――ま、待ってくださーい! そっちは反対方向ですよー!」


 踵を返し、立ち去ることだった。


 レイは大きな声で、俺を名を呼び追いかけて来る。


 ……が、俺は暫く進み続けて行くのだった。


 反対だろうが関係無い。俺は自分の力のみで辿り着いてみせる。





 そう意気込んだ俺だったのだが、


「―――ここが……学園が保有する図書館です……」


 当然道に迷い、結局はレイに案内してもらった。


 しかし何故か、レイは息切れを起こしていた。


 俺はそんなに遠くにも行ってないし、かなり早い段階で自分では辿り着けないと判断したため、早々に教えを乞いたのだが……見た目からして体力の無いレイにとってはきつかったのだろう。


 そのことに申し訳なく思った俺は、レイに謝罪をする。


「すまない、レイ。結局は最後まで案内してくれて……悪かったな」


「いえいえ! 気にしないでください! シスイ君には助けて頂いた恩がありますから……」


 そう言って、微笑むレイ。


 優しいな……レイは。


 そう思っていると、レイが「それと……」と言って、言葉を続ける。


「シスイ君……『案内してくれて、悪かったな』ではなくて……『案内してくれて、ありがとう』と言って欲しいです……。その方が私としては、凄く……嬉しいです」


 レイは俯きながら言うと、ゴニョゴニョと口を噤んだ。


 確かに『悪かったな』よりも『ありがとう』の方が、当然感謝の念は伝わりやすいか。


 それに、どことなく響きとか、受け取った時に気分が良くなるのは、『ありがとう』だな。


「案内してくれて、ありがとう。レイ」


「ふふ……はい、良くできましたね」


 小さい子供を褒めるような口調で言うレイに、更に俺の疑念が深くなった。


 やはり、この女……俺のことを子どもだと思っているのか?


「では、俺は本を読み漁ってくる。お前はどうする? 一人で帰れるのか?」


 あの感じだと、他にもまだまだレイを殺そうと画策する奴がいるかもしれない。


 そう思って俺は、レイにそう尋ねた。


「それなら問題無いです! おそらくすでに、シスイ君が私を追い払ったと目撃されているので……多分ですが……関わってくることは無いかと……」


 言われたみれば、確かにそうだな。あそこには、目撃者が多くいたため、自ら絡みに行って死地に向かう愚か者はいないから心配はないか。


 なら、俺はそのまま図書館に入るとしよう。


「そうか。なら、大丈夫だな」


 それだけ言って、俺が図書館の入り口に向かおうとすると、「で、でも!」と俺の腕を両手で掴み、レイは引き止めた。


「ま、万が一がありますので、そ、その……シスイ君の側にいて……守って欲しくて……じゃなくて!! じ、実は私も! 図書館に行こうとしていたのです! 私たちの目的は合致しています! さぁ、共に参りましょう!」


 言っていることは良く分からないが、取り敢えずレイも図書館に用があるのか。


 それは理解したのだが……。


「……レイ、腕を離してくれないか」


「~~~~!! す、すみません!!」


 慌ててレイは、ホールドして逃がさないように抱きしめていた俺の腕を離した。


 あの様子だと……無意識でしていたのだな。


 俺の腕を折るという、意図はなく。本当に無意識で……。


 ただ、レイはこんなに距離感が近い女だっただろうか?


 案内している途中も、俺の横をぴったりくっついて歩いていたし……。


 いや、距離感が近いのではなく、その長い前髪のせいで視界が狭くなっているからか。


 それで、自身と相手の距離を測ることができず、あのように無意識のうちで近くなってしまう……そういうことだろう。


 しかし、何はともあれ―――。


「さっさと、中に入るぞ」


「! はいっ!」


 レイは満面の笑みを俺に向けて、隣に並んで入り口へと歩く。


 俺は内心、先導することでレイが抱いている俺のイメージを少しだけ払拭することができた、とレイに悟られないようにそう思った。




~あとがき~


本作品は【電撃の新文芸5周年記念コンテスト】応募作品です。


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読者選考期間は、3/15(金) 11:59までになります。


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