第33話 30対1対1?

 なぜ、あの少女―――レイは、彼らに絡まれているのだろうか。


 彼女が彼らに何かをした……という訳ではなさそうだ。なぜなら、彼らの表情からは怒っている様子は無く、下卑た笑みをしていたからだ。


 そこから推察するに、レイは何もしていないどころか被害者だということがわかる。


 俺が状況を把握すると、レイを囲うように男子生徒たちに立ち塞がった。


「うっ……うっ……」


 突然、囲まれたことにレイは恐怖し、嗚咽するような声が聞こえた。


 男子生徒たちは理解できないことに「ヒュー!」など歓喜の声を上げ、その中の一人がレイにこう言った。


「こんな程度で泣いてんじゃねーよ……ヤらせろよ」


 い、今……ヤらせろと聞こえたのだが……。


 俺はらしくないことに狼狽えてしまった。


 だが、俺とてそうなるに決まっている。なぜなら、ヤらせろということはつまり……。



 ―――させろ、という意味だからだ。



「!? 嫌だ……嫌だ……!!」


 レイは自身の身を守るために、力いっぱい抱きしめた。


 そうなるのも当然だ。これから自分は、あの男たちに殺されるのだから……そうなるに決まっている。


 しかし、彼らは一体、何を考えているのだ。お前たち以外にも、ここに人がいる。そんなところで殺せば、捕まってしまうぞ。


 殺す時は決して人目につかない場所でする……それが鉄則だ。


 俺が彼らにアドバイスを内心で送っていると、今度はこの男たちと共に周囲の生徒たちが品の無い笑い声を上げた。


 その瞬間、俺はまたも理解できない状況に陥った。


 どうして、これからレイは殺されるというのに笑っている。そして何故、誰も助けにも行かない。


 笑っている場合ではないだろう。早く、助けに向かわないのか。


 俺がそう思って、これを見ている周囲の生徒に視線を向けていると、リズムを取っている拍手の音が聞こえた。


 その音に合わせて、こんなメロディーが男の口から発せられた。


「股をひ~らけ、ひ~らけ」


 それに続いて、男子生徒たちと周囲の生徒たちは「ひ~らけ」と拍手と共に歌った。


 それにレイは、「うぅ……嫌です……絶対に……嫌です……」と嗚咽交じりに拒絶した。


 俺は理解できないどころか、それを通り越し混乱するところまでになった。


 ……正気の沙汰ではない。股を……開けだと……。


 何て惨いことをするのだ……。



 ―――股裂きの刑に処するなんて。



 残忍極まりない。鬼畜の所業だ、それは。


 最早、周囲の助けは期待できない……というか、共犯者だ……。


 このまま俺が助けに入らずにいれば、俺は一生に後悔することになる。


 レイが股裂きの刑に処されて、想像を絶するような痛みで顔が歪み、悲鳴を上げ、苦しんで死ぬところを見れば……俺は。


 確実に、罪悪感に苛まれることになる。


 一刻も早く、助けに入らなければ……手遅れになる。


 急がねば。


 俺はレイを助けるために跳躍し、男子生徒たちの囲いを上から侵入した。


「うっ……!」


「「「おわぁああ!!」」」


 俺が着地したことによって生じた風圧により、レイは腕を前に出して防ぎ、男子生徒たちはドミノ倒しかのように倒れていった。


「立てるか」


 俺がレイに差し出すと、呆然とした様子で俺を見た。


「あなたは……」


 そう言って、レイは俺の手を掴み立ち上がる。


「イテテ……。 ッ!! お前まさか……ルーベを倒したっていう……シスイか!!」


 正面にいる男子生徒がお尻を摩りながら立ち上がると、どうやら俺のことを知っているようで指差した。


「あぁ、そうだが」


「やっぱり……そうなんだ」


 隣にいるレイも、俺のことを知っているみたいだ。


 まぁ、あの男に勝ち同じクラスなのだから当然か。


「てめぇ……俺たちの楽しみを邪魔すんなよ!! 引っ込んでろ!!」


「楽しみだと……お前、本気で言っているのか」


 殺人を嬉々としていることに怒りを感じながら問い質すと、鼻で笑ってから男子生徒はこう返す。


「本気も本気だ……」


「ひっ……!」


 男子生徒がレイに視線を向けると、レイは小刻みに肩を震わせた。


「何せその女は……娼婦の娘だからな」


「………!!」


 レイは目を見開いてから、拳を強く握り俯く。


 その様子からして、あの男の言っていることは事実なのだろう。


 しかし……そうか。レイも俺と同じように差別を受けているのだな。


 しかも……俺よりも壮大で残酷な差別を……大変な道のりを歩んできたのか……彼女は。


 俺は同情を抱きつつ、憐みを彼女に向けた。


「だから俺たちは……ソイツに何してもイイんだよ……? 何なら? お前も俺たちと一緒にお楽しみするか……?」


 男子生徒が下卑た笑みで告げると、レイは恐る恐る不安に満ちた瞳で俺を見る。


 おそらく、俺があの快楽殺人者どもと一緒に、殺すのではないかと思っているのだろう。


 何をバカなことを。俺がそんなことをするわけが無いだろう。


 俺は加担しないと伝えると同時に、証明するために男子生徒へこう告げる。


「―――断る」


「えっ?」


 そんな素っ頓狂を出したのはレイだ。どうやら、本当に俺が殺人の片棒を担ぐと思われていたそうだ。


「へぇ~、そりゃまたどうしてだ?」


 男子生徒は軽口ではあるが、確実に俺へと殺気を放っている。それは周囲の男子生徒たちも同様で、俺を逃がすまいと言った殺気を放っていた。


「娼婦の娘だからといって、そんな非道なことをするのは間違っているからだ。断るのは当然だ」


「非道か……なるほどなるほど。確かにその通りだ。清廉潔白、正義感溢れるシスイ君からすれば……そりゃ許せず、俺たちの誘いを断るに決まっているよな……」


 あからさまに俺を挑発するように男子生徒が言うと、他の男子生徒が「なぁ……そろそろ」と、俺を挑発した男子生徒に言った。


「あぁ……わかってるよ……お前たち!!」


「「「おぅ!!」」」


 男子生徒が声を張り上げてそう言うと、気合の入った感じで男子生徒が返事をする。


 そして、


「ソイツをぶっ倒せ!!」


 その合図と共に、男子生徒たちが「おぉおおお!!」と雄叫びを上げながら、俺たちに襲い掛かる。


「きゃあ~~~~!!」


 レイが頭を抱えて目を瞑り、自分の身を守っている間に、


「「「がはっ……!!」」」


 俺は男子生徒たちを一人一人ボコし、正面に男子生徒たちの山積みを作った。


 すると、レイは男子生徒たちの声に気がついたのか、「え、えぇ~~~!!」と目の前の光景に驚愕した。


「お、おい……マジかよ……たった一人で……俺たちを返り討ちにするなんて……」


「ルーベ君を倒したって話は……本当だったのか……」


 山積みの中にいる男子生徒の二人……いや、全員だろう。俺がルーベに勝ったというのは、ただの噂ではないと思ったから殴りかかって来たのか。


 ……何て、頭の悪い連中だ。


「い、行こ?」


「え、えぇ、そうね」


 周囲にいた観客たちは、そそくさとこの場を後にした。


 薄情な奴らだ。レイを見捨てるだけでなく、こいつらのことも見捨てるとは……。


「あ、あの! シスイ君!」


 俺が立ち去る様子を見ていると、背後からレイの声が聞こえたので振り返る。


「………」


「み、見ず知らずの私を……た、助けてくれて……ありがとうございました!」


 そうお礼を言って、レイは勢い良く頭を下げた。


「見ず知らずも何も……クラスメイトなのだから助ける。だから、礼など―――」


 必要無い、そう言いかけた時、俺はあることを思い出した。


「レイ、一つだけ頼みがあるのだが」


「た、頼みですか? それは一体……」


 レイは警戒している様子だったが、俺はそれに納得もしつつも構わず頼み事をする。


「あぁ、実は―――」



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