第32話 30対1

 ―――ルーベとの勝負から、一週間が経った。


 ルーベに勝ったことで、俺の序列は151位の最下位から1位となった……不本意ながら。


 一方、ルーベの方も1位という玉座から最底辺の最下位へと突き落とされ、現在ルーベはDクラス所属となっている。


 しかし、ルーベ自身は俺に負けた日以降、学園には来ていない。


 まぁ、あれだけ大勢の前であのような負け方をすれば、そうなるのも頷ける……が。


 あの男のプライドからして、めげずにまた俺に決闘を仕掛けて来るようにも俺には思える……何処か怪しい……。


 そんな不安を感じながら、昼食を取っているが……その途中、学園生活の環境が大幅に変わったことを、ふと思い返す。


 変わったきっかけは間違いなく、クラスメイト達は勿論のこと、あいつの侍らせていた女たちが、俺に対して謝罪してきたことだ。


『シスイ君……あなたに酷い事を言って……ごめんなさい!』


 最初に不機嫌女が代表をして頭を下げてから、他のルーベの女たちが「ごめんなさい!」と頭を下げた。


 その時の俺は、思い出すのに時間がかかり、『ゴミ同然の平民』と言われたことを思い出した。


 謝罪の理由は分かったが、特段そのことを気にしてなかった俺は、「気にする必要は無い。その代わり、俺と関わるな」と言った。


 当たり前だ。自分のことをバカにされたのだから、二度と関わりたくないと思うに決まっている。


 しかし何故か、俺が謝罪を受け入れたのに、ルーベの女たちは顔を真っ青にしていた。


『た、確かに……私たちと関わりたくないって思うけど……やり直したい! あなたの友達になりたいの!』


 不機嫌女のその言葉に、俺は耳を疑った。


 何をほざいているのだ……この女は、と。


 だが、俺が動き出す前に、エリスはルーベの女たちに向かって激昂する。


『あなた達……黙って聞いていれば……何て自分勝手なことを……!!』


 牙を剥きだしにするエリスに、ルーベの女たちが怯えきっていたため、俺はエリスを手で制止し止めさせた。


 するとエリスは、「シスイ様……はい、わかりました……」と言って、引き下がった。


『し、シスイ君……ありがとう』


 ルーベの女たちは、何を勘違いしているのか、自分たちを守るためにエリスを止めたのだと思われてしまった。


 俺はその勘違いを正すため、「礼などいらない。お前たちのような、簡単に人を見捨てるような奴と関わる時間を減らすためだ」と告げる。


 俺の芯を食った発言により、ルーベの女たちは泣きながらいそいそと俺の前から逃げ去った。


 それ以来、近寄りがたい人物だと周知された学園生活を送っている。


 まぁ、俺としては群がられるより、断然マシだ。


 そう過去の回想を終え、現在に戻ると、


「し、シスイ君! 先生があ~んしてあげよっか!?」


「ローラ先生! やめてください! わたくしがシスイ様にあ~んをするのです!」


「「むぅ~~~!!」」


「………」


 目の前で俺の唐揚げを自身の箸で掴み、どちらが俺に食べさせようと喧嘩をしているエリスとローラ先生がいた。


 そう言えば、変わったのはエリスとローラ先生もだな。


 あれからエリスは、見事望み通りにルーベと婚約破棄なったことで、いつも以上にうるさくなった……それは理解できる、エリスにとっては喜ばしいことだからな。


 しかし、分からないのはローラ先生だ。頻繁に俺に話してきては、笑いかけるようになり、とても距離が近くなった……圧迫感を覚えるほどに……。


 ここまで世話を焼こうとしているのは、あの時、助けたことが起因しているのだろうか?


 俺はただ助けることができるから助けただけであって、罪悪感から逃げたかったからだ。


 別にそんなことをしなくても良いと思うのだが……エリスもローラ先生も……俺は恩を売ったつもりはないし返してほしいとも思わない。


 今はただ、平穏を求めるだけだ。


 なので、助けを求める。今の俺では、こいつらの圧に太刀打ちできないそうにからな。


「マリカ、俺を助けろ」


「……あなた、本当に助けを求める人の態度なのかしら? いやよ、自分で何とかしなさい」


 俺の正面で黙々と食事を進めているマリカに尋ねると、俺の一縷の望みはバッサリと切られジト目で断れてしまった。


 しかも、自分で何とかしろとまで……。


 仕方ない、騒音に耐えながら食べるとするか。


 ここは大人しく諦めることも、賢明な判断と言えるだろう。


 戦略的撤退、俺は決してこいつらに気圧された訳ではない。決して、だ。


「ん?」


 食事を再開しようとしたのだが、ふと視線を右に向けると、薄紫色の髪をした少女がポツンと寂し気な背中で食事をしている姿が目に入った。


 その少女の横を通り過ぎる人々は、横目に見てニヤニヤと嘲笑っているかのような顔で見ていた。


 確か……あの少女は、ルーベがDクラスに配属されたことで、Aクラスから順位が繰り上がった、俺たちと同じくSクラスで序列31位の―――レイ・クロフォード。


 最初、自己紹介をした時にも通り過ぎた人々と同じような視線を向けられていたと同時に、男からは「エッロ」と女子からは「尻軽女」だとか、酷い言葉が耳に入ったのを覚えている。


 俺はそんな風には見えないのだが……。


 スカートの丈は足首までと長く、無駄な露出をしていない。また、前髪も鼻先までかかって眼鏡をかけているため、とても彼らの思うような印象は見受けられない。


 寧ろ、俺が出会ってきた女の中でもダントツで好印象を持っている。


 露出をしてない所とか、清楚な雰囲気が姉さんと重なるからな。


 そうして、レイに関する話を自己完結させてから、


「「あっ!!」」


 俺はエリスとローラ先生が奪った唐揚げを取り戻し、口の中に入れる。


 どうやら、マリカの手を借りずとも、何とか自分で解決できたらしい。


 そう思っていると、エリスとローラ先生は滝のように涙を流しながら、「わたくし(私)があ~んしてあげたかったのに~!」と口を揃えて悔しそうに俺を見ていた。


 その姿を見て、俺の中の罪悪感が疼き出すがすぐに治まった。


 なぜなら―――。


 俺の唐揚げに手を出したバツだ……当然の報いだ。





 本日の授業が全て終わり、放課後になった。


 すると、エリスからこんなことが伝えられた。


「わたくしとマリカは、これから生徒会があるので、シスイ様は先にお帰りになさってください」


「? 俺は一緒についていかなくてもいいのか?」


 これでもお前の『専属騎士』なのだが、と疑問を口にすると、貼り付けたような笑みをするエリスの顔がピクンッと吊り上がった。


「そ、それはですね……」


「生徒会に所属しているのは、全て女性だからよ。だから、あなたとその人たちを関わらせ―――」


「わぁあ!! やめてください!! マリカ!!」


 芝居を止めたエリスはマリカの正面に立ち、両手を大きく振ってマリカの発言を邪魔した。


 一体、何を隠しているのだ? エリスは。隠し事はあまりして欲しくないのだが……人のことは言えないか……俺も。


 そう思っていると、「そ、それでは、失礼しまーす!」と引きつった笑みを俺に向けながら、エリスがマリカを引っ張って教室を出ていく。


 俺は追いかけようか迷った。


 しかし、あそこまで露骨についてきて欲しくなさそうにしているため、深追いは良くないと思い断念した。


「まだ、時間はあるが……どう潰そうか……」


 俺は気持ちを切り替え、仕事にあたっていた時間を有効活用しようと考える。


 この学園には……何があるだろうか……。


 そうして、考えを続けていると、俺はある答えに辿り着いた。


「そうだ……あそこに行くとしよう……」


 俺は目的の場所が定まり、そこに向かった。



 ―――はずだったのだが。



「おいっ!!」


「きゃっ!」


 その道中、道に迷ってしまった俺は、ぐるぐると校内を探索していると……。


 あの……少女は……。


 食堂で見かけた薄紫色の髪の少女が、30人ほどいる男の中の一人に肩を押され倒れている場面に遭遇した。





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