第30話 【ルーベ・ミレムアム】

 俺様―――“ルーベ・ミレムアム”は、この世に生まれ落ちた瞬間から『最強』だ。


 そう言ったのは、俺様の親父とお袋だ。俺様が生まれた瞬間、屋敷にある出産を行った部屋が、俺様の魔力で満ちたそうだ。


 それを目にした両親だけでなく、出産に関わった奴らも俺様の魔力を見て驚愕するが、歓喜に打ち震えたそうだ。


 そりゃそうだ。俺様の圧倒的な魔力を目の当たりにして、そうしない方が頭がおかしいからなァ。


 そして、誰も彼もが―――俺様を『最強』になる男だと確信した。


 3歳に時に、属性魔法が発現した。


 『光』だ。『光』の属性魔法が発現した。


 俺様は物凄く腹が立った。


 なぜ、この世界で『最強』かつ、俺様と比肩するものなどいない『唯一無二』の存在である俺様に発現した属性魔法が……たった一つだけだと……そう思ったからだ。


 しかし、親父から聞いた話を知って、俺様は機嫌を直した。


 この『光』の属性魔法を発現する者は、新しい時代を迎えると同時に現れ、この世界で一人にしか発現しない希少な魔法だと言われた。


 まさに、俺様にぴったりな魔法だと思ったが……それだけではなかった。


 その話には続きがあり、良い話と悪い話があった。


 まず良い話では、この光魔法はこの世界を魔王から救った英雄が使っていたそうだ。国単位ではない、世界丸ごとを救った。


 さらに英雄ルートまっしぐらの俺様に相応しい魔法なのだと確証を得た。


 そして……悪い話なのだが……さっきも言ったように『光』の属性魔法は使い手が一人しかいなく希少な魔法だと言ったが……。


 もう一つ、そう呼ばれている魔法があった……。


 それは―――『闇』の属性魔法だ。


 そいつも俺と同じように、新しい時代を迎えると同時に現れ、この世界で一人にしか発現しない希少な魔法なそうだ……。


 しかも、俺様と同じくアスタリオン王国出身かつ同い年だ。



 ―――ふざけるな!!



 心の内では抑えきることできない激情に駆られ、ついには全身をも突破し、それは憤怒となりて咆哮へと収束した……。


 んなわけあるか。


 怒り沈む訳も無く増すばかりで、俺様は屋敷に領地内にと、様々なものに八つ当たりをしまくった。


 しかし、3歳の俺様では、流石に大人たちには勝つことなどできず、すぐに押さえつけれ怒りを消化することはできなかった。


 大人に勝つことはまだ早いと思っていたが、どこか頭の片隅では、天から与えられた才があるのだから勝てる……そう思っていた。


 俺様は不満不満、怒り怒りを抱えた、悶々とした日々を送っていたが……5歳の時に、それは突如として収まった。


 それは、俺様が『闇』の属性持ちと初対面した時のことだ。


 俺様は『闇』の属性持ちが女だったということに驚いたが、目に魔力を集中させてじっくりと観察すると、その女の保有している魔力の量も、質も、この俺様より遥かに劣っていた。


 つまり、俺様とは違って、その巨大な力をコントロールすることができないことだ。


 そん時の優越感……ハンパなかったな……やはり俺様こそが―――唯一無二の絶対的強者だと改めて再認識させられた……。


 この女には感謝した……内心でな……。それで十分。


 そして、その事実を知った日以降は、やっとうざったい日々から解放された……と、俺は思っていたのだが、またも俺様を縛り付ける日々がやってきた。


 それは、稽古だ。貴族の嗜みとか何やらで、座学や魔法なんてものを勉強させられそうになった。


 勿論、俺様はサボった。


 だって、面倒くせェからな……頑張ることは大っ嫌いだ。努力も嫌いだ……そんな雑魚がすること、俺様のような選ばれし人間は必要ねェんだよって思っているからな。


 そんな事を稽古を教える指南役に言うと、俺様の言っていることに納得がいかないのか、この俺様に向かって『その腐った根性、叩き直してやる!』だなんて、コイツより遥かに身分の高い―――ミレムアム公爵家嫡男である俺様にそんな口を利きやがった。


 しかも、丁度良いことにソイツは魔法の指南役であった。つまり、そこそこ魔法ができる奴ということだ。


 2年前、3歳の頃では大人たちに勝つことはできなかったが、今ならわかる。


 今の俺様なら、コイツのような大人に勝てるという確信があった。


 なぜなら、実感があったからなァ……成長する毎に魔法全般に関わる能力が向上していることによォ。



 ―――挑んだ結果、俺様の圧勝だ。



 そして今でも、コイツの悔しそうな顔が堪らねぇくれェに覚えている……。


 そん時、俺様は知った。頂きの景色から、弱者を見下ろす優越感……いや、それよりももっと素晴らしい


 ―――快感、というものを。


 その話はすぐに領地のみならず、王国全土に知れ渡った。


 5歳の子供が、熟練の魔法使いに勝利したとなァ……。


 そしたら急に、3歳の時に俺様を押さえつけていた大人たちが、手の平返しをするかのように、俺様に媚びへつらうようになった。


 当然のことだ。


 しかし、俺様の心は満たされなかった。


 やはり、弱者をいたぶり、己のプライドと尊厳をズタボロさせて絶望した顔を見る方が……俺様は好きだ……この上なく気持ちがいい……。


 また、俺様に媚びへつらってくるのは、女どもであった。


 俺様の顔と力に惹かれたのだろう。


 まっ、これも当然のことだ。


 俺様よりも、優れた男などこの世にいない。


 全ての女は俺様の所有物であり、俺様を立てるために存在し、俺様に付き従い、どんな命令でも逆らってはいけない……当たり前のことだ。


 それから俺様は、女どもを侍らせいろんな奴に勝負を吹っかけては勝ち続けた。


 俺様は相手の絶望した顔を見て快感を得て、女どもは嬌声を上げて更に快感を得る。


 そんな、三大欲求を余すことなく貪る日常を過ごした。


 それは、俺様が入学する『ユベル魔法学園』でも同じだと思っていた。



 ―――アイツと……シスイと戦うまでは。



「ハァ……ハァ……!!」


 俺様は今、負け犬の如く尻尾を巻いて逃げている最中だ。


 やはり、さっきの戦いで蓄積されたダメージと疲労は、バカにならないほどデカかった……。


 全身が痛ェし息も絶え絶え……足もメチャクチャ重てェ……しかし、俺様は何としても、この場から遠ざかりたかった……。


「ハァ……あれ以上あそこにいたら……頭が狂いそうだ……!!」


 生まれて初めての敗北。生まれて初めての屈辱。生まれて初めての後悔。


 それ全ては、確実に俺様の精神を破壊しようと蝕んでいく。


「っ……うわぁ!!」


 逃げることに必死で足がもつれ躓いてしまい、俺様は前のめりに顎から倒れた。


「ッ……!! イッてェなァ……!!」


 俺様は地面に向かって怒鳴り散らし、膝をつくところまで体勢を立て直す。


 そして、「クソが……!!」と叫びながら拳で地面を叩きつけ、鬱憤を晴らそうとする。


 いや、俺様の心と体を縛り付ける『恐怖』を払拭しようとしている……無意識のうちに……なァ。


「俺様は認めねェ……! ぜってェ認めねェ!! あんな奴に負けたことも!! ………ッ!!」


 ―――ビビるだけじゃなく、勝てるビジョンが見えなかったことも……!!


「クソ!! クソ!!」


 またも俺様は両拳で地面を叩きつける。


 そう自覚したことで、更に俺様の心が……プライドが傷ついてしまったから、これ以外に逃げる術なんてものは俺様は知らない。


 手は痛い、勿論だ。地面に向かって、バカみてェな勢いで振り下ろしているからなァ……痛ェに決まっている……。


 だけど、仕方ねェだろ……そうしなきゃ……俺様はこの苦しみを味わい続けることになっちまう……!!


 それなら、手の痛みの方がまだマシだ!!


 でも……もっと痛ェものがある……。


「うぅ……クソ……クソ……!! 心臓がクソ痛ェよ……!!」


 ―――それは心臓だった。こんな痛みは……初めてだった。


 どうして痛いのか分からず、胸に手を当てギュッと制服を握りしめて、これもまた生まれて初めての涙を零した。


「どうしてだよ……!! 痛ェ……痛ェ……!! さっさと消えやがれよ!! この痛み!!」



「―――教えてあげよっか?」



 俺様の頭上から女の声が聞こえてきた。それもガキの声だ。


 俺はハッと顔上げてソイツの顔を確認する。


 そこには、俺様の予想通りガキの女がいたのだが……どこか違和感があった。


「な、何をだよ……」


「だから、その胸の痛みの正体。教えてあげよっか? って……どう? 知りたくない?」


 ガラにもなく俺様が狼狽えて尋ねると、このメスガキは俺様の顔を覗き込み挑発するようにそう言った。


「……ッ!!」


 全身の痛みに耐えながら俺様が立ち上がると、メスガキは少し後ろへ退いた。


「教えやがれェ……メスガキ……この痛みの正体を……!!」


「ふふ……それはね……」


 俺様が固唾を呑んだ、次の瞬間―――


「復讐心……だよ」


 メスガキはどこか不気味な笑みで、そう告げた。


「復讐……心……」


「そう、復讐心。お兄さんは、誰かに復讐したーいって気持ちを忘れないようにするために、その痛みで覚えさせよーとしてるんだよ?」


「そうか……この痛みは……」


 俺様は自分の左胸を見て、メスガキの言う通りだと思った。


「うん! だからね、私……とっておきのお薬さんあげるね」


 メスガキがスカートのポケットから、2~3粒の禍々しいオーラを放つ赤黒い錠剤が入った小瓶を渡してきた。


 何だか俺様はその錠剤に惹かれ、小瓶を手に取って揺らしたりと観察した。


「これは……一体、何だ?」


「それはね、お兄さんが更に強くなれる『臨界点突破剤』って言うお薬さんだよ」


 リンカイテントッパザイ? 聞いたことが無いな……。


 しかし―――。


「おい、メスガキ。この薬を飲めば強くなれるってのは……本当か?」


「本当だよ。それを飲めば」


 ―――お兄さんの殺したい相手を殺せるくらいには。


 その言葉を聞いた瞬間、真っ暗だった俺様の勝利のビジョンが、一気に光が差し見えてきやがったァ……。


「アハハ……アッハッハッハッハッハッハッ!!」


「ふふ……嬉しそうで何よりだよ」


 復活する俺様が高笑いを上げると、メスガキも嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとなァ……メスガキ。俺様にこんなイイもんくれてよォ……」


「ううん。それよりお兄さん……復讐、ちゃーんと果たしてよね」


「あぁ……約束するぜェ……必ず俺様はアイツをぶっ殺して、ぜってェに復讐を果たす」


 俺様はそう言って、寮へと向かう。


 首を洗って待ってろよォ……この屈辱……大舞台の上で晴らしてやるゥ……。


 と、その前に……。


 俺様は小瓶を少し浮かせて、キャッチする。


「この薬の効力を確かめなきゃなァ……。となると、一ヶ月後にある課外授業は、まさに打ってつけだなァ……こりゃ……アッハッハッハ!!」


 俺様は夕陽に向かって、高笑いを上げて優雅に歩いた。












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