第29話 対価と代償
光の柱が徐々に消えると、そこには血走った目で睨みつけるルーベがいた。
「ウゥ……ぜってェ許さねェからな……嬲り殺しやるゥ……!!」
しかも、先ほどよりも殺意と魔力が満ち満ちている様子であった。
それにシスイは「そうか。やれるものならやってみろ」と返した。
「ま、マリカ……」
「えぇ、どうやらここからが―――」
「「本番ですね(のようですね)」」
二人は声を揃えてそう言い、シスイを見守っていた。
次の瞬間、ルーベが魔法を唱え始める。
「≪
しかし、その魔法はシスイが完封した≪光速移動≫であった。
ただ、先ほどと違う点があるとしたら―――。
(……早いな。最初、見た時よりも数段速度が増している。だが、俺の忠告も聞かずに愚直に突っ込んでいるだけ……それでは、同じような目に―――)
「フンッ!!」
「!」
(進行方向を変えた!)
シスイから少し離れたところで突然、ルーベは進行方向を変えるが、シスイはルーベが左に曲がるのを目の端で捉えることができていた。
「くらいやがれェ!! ≪
ルーベが手を前に出すと、掌から白い魔法陣が現れ、そこから高密度の魔力が詰め込まれた白い光のビームが射出された。
そのビームはシスイの右足首へと向かい、ルーベは光の剣を作り跳躍する。
しかしシスイは、ルーベの自力コンボを冷静に見極めていた。
(なるほど。突如、進行方向を変えることで俺の動揺を誘い、その隙に≪
「死にやがれェ!! アハハハハハ!!」
醜悪な顔で高笑いをしながら剣を振りかぶろうとするルーベは、自身の勝利を確信していた。
なぜなら、≪
しかし、そのルーベの希望はすぐに消え去ってしまう。
(だがな……)
シスイは迫りくる≪光線≫を、
「その程度の攻撃で」
踏んづけ消失させたからだ。
「なッ!!」
「―――俺に勝てると思うなよ」
シスイは空中で目を見開くルーベを捉え、≪アカツキ≫を持って待ち構えていた。
「ヤ、ヤメ―――」
「ヤメるわけないだろ?」
シスイはそう言って横薙ぎの一閃を放つ。
ルーベの右脇腹に峰打ちがジャストタイミングで当たり、ルーベは「グアァアアアアア!!」という悲鳴と共に、反対側の壁へ吹っ飛んでいった。
そして、ルーベがその壁にぶつかった衝撃で壁はめり込み、ルーベは「カハ……!」と血反吐を吐いて地面にうつ伏せで倒れる。
(さ、流石ね……シスイ君。あのスピードも対応できるなんて……。それに、一瞬で決着がついちゃった……あの様子だとルーベ君は、続行できないわね……)
ローラは感嘆の念を抱くと同時に、ルーベが戦闘不能だと判断しこう宣言する。
「ただいまをもって、ルーベ君は続行不能とみなし、勝者シスイ―――」
「―――まだだァ!!」
そう叫んでルーベは、何とか決死に立ち上がるが、その体はふらついており、生まれたての小鹿のように足をガクガクさせていた。
(これ以上は……!)
ルーベの満身創痍な姿を見て、ローラは心を痛める。
そのため、更に決闘を続行するのは危険と判断した。
「勝敗は明白です! あなたも懸命に戦いました! そして負けました! その初めての敗北を糧にすれば、あなたは更に強くなれます! ここは負けを認めて、大人しく―――」
「うるせェエエエエエエ!!」
ローラは懸命に訴えかけるが、ルーベには届かず、逆に己の自尊心が惨めに踏みにじられたと思い、手を前に出しローラに向かって≪
「きゃあああああああ!!」
「ローラ先生!!」
迫りくる≪光線≫に悲鳴を上げるローラ。そして、そんなローラに『逃げて』と伝えるように名前を叫ぶエリス。
第四闘技場にいる全員が、ローラの恐怖に染まった顔を、諦めた表情で見ていることしかできなかった。
「うっ……!!」
(私……ここで死ぬのね……)
ローラは腕を前に構え、強く瞼を閉じて死を待っていると、観客席らもルーベも、ローラの死を確信した。
(はぁ……勉強と魔法一筋、恋人は愚か恋愛なんて眼中に無く24年間生きてきたけど……死ぬ間際にまさか……こんなことを思うなんて―――)
ローラは死の淵のど真ん中に立っているのにも関わず、「ふふ……」と微笑んだ。
(目の前に白馬の王子様が颯爽と私を助けてくれて、そしてそのまま結ばれ合う、だなんてこと。きっと私も恋愛したかったんだな……人って死に追い込まれないと本当の気持ちに気づかないんだな……初めて知った)
≪
(でも、気づいたところでもう遅い。私はもうすぐ死ぬ。はぁ~こんな未練たらたらな後悔するなら、もっと自由に楽しく恋愛したかったな~~~! 生きたかったな~~~! まっ、来世にかけるとしますか)
―――白馬の王子様に巡り合えることを。
そうローラは、自身の夢を来世に託し、今世を旅立とうとした
次の瞬間―――。
バーンッ!!
第四闘技場の上空から、そんな爆発音が全員の耳から聞こえた。
「ん? あれ……? 私……死んでない……?」
ローラは死を待つが、それが来なくて困惑しながら瞼を上げると、そこには漆黒のローブをゆらゆらと靡かせている人の背中が見えた。
ローラは背中だけではあるが、その人物が誰か知っていた。
(ま、まさか……)
「……シスイ君」
「―――大丈夫か」
ローラが掠れた声で名前を呼ぶと、名前を呼ばれたシスイは少しだけ振り返り、流し目でローラの安否を確認するためにそう言った。
「えっ? え、えぇ……大丈夫よ」
「そうか」
ローラは何て聞かれたのか分からず素っ頓狂な声を上げるが、徐々にシスイの発言したことを理解しそう答えると、シスイはそれだけ言ってから眼前の敵を見据える。
「俺様の邪魔をしやがってェ……ふざけんじゃねェぞ!! ゴラァア!!」
どうやら、本気でローラを殺すつもりだったルーベは、殺し損なったことで更に機嫌が悪くなり、その原因であるシスイに怒鳴り散らす。
―――その言葉に、シスイはカチンと頭に来た。
シスイは≪アカツキ≫を鞘に収めルーベの元へと歩き出す。
「し、シスイ君……助けてくれてありがとう!」
ローラがシスイの背中向けて感謝を告げると、シスイは一度立ち止まってから再び歩き始める。
(シスイ君……あなた……なの?)
ローラは切なげな顔で俯いて胸に手を当てると、その姿はまるで自分の気持ちか何かを確認しているようだった。
「お前は先ほど、『邪魔』とか『ふざけるな』とか言っていた……そうだな」
「あぁ……そうだよ!! 言われたくなかったら……!! てめェも先公も……俺様の覇道を邪魔をするなァ!! とっとと失せろ!! 目障りなんだよォ!!」
殺意に満ちた顔で、ルーベは己の体に残存する全ての魔力を右に集約し、≪光線≫を発動準備を始める。
「これで終わりだァ!! 死にやがれクソ野郎!! 俺の勝利は決まったもんだぜ!! アッハッハッハ―――」
「―――黙れ」
ルーベが右手を前に出し、そこに現れた白い魔法陣から≪光線≫が射出されることを察知したシスイは駆け出す。
そして、ルーベの顔面を貫く勢いで殴ろうと拳を突き出す。
しかし、このままではルーベの顔面が陥没するだけではなく、死に至らしめると判断したシスイは、ルーベに当たるすれすれのところで壁を殴った。
殴り込まれたその壁は、ルーベが吹っ飛ばされた時よりも深く面積の大きいクレーターが誕生した。
「ぁ……ぁ……」
そのクレーターを見てルーベは、怯えに怯えきっており声さえまともに発せずにいた。
だが、シスイは構わずに話しかける。
「話の続きなのだが……」
そう言ってシスイが拳を離すと、おそるおそるルーベがシスイの顔を見る。
「お前、『邪魔』とか『ふざけるな』と言っていたようだが」
「!?」
シスイの声にルーベは小刻みに肩と唇を震わせる。
そしてシスイは、こう言い放つ。
「―――それは、こっちの台詞だぞ」
「アァアアアアアアアアアアアア!!!」
シスイが冷たく低い声で忠告すると、ルーベは絶叫しながら出入口へ一直線に逃げ走る。
その途中、自身の気持ちと体が追いつかないのか、躓いて前に倒れたりなど情けない姿であった。
「る、ルーベ様が……あの……ルーベ様が……負けた……」
「あんな……負け犬みたいに……逃げ出すのが……ルーベ様……? 信じられない……」
観客席にいる女子生徒、全員が落胆の眼差しで、ルーベの逃走劇を眺めていた。
その光景を見て、シスイは溜息を漏らし頭を抱える。
(だから、あれほど言ったであろう……。ルーベもお前たちも必ず後悔すると……。だから、決闘などしたくなかったのだ。まぁ……俺が臆病な負け犬でもクソ雑魚ではないと証明できたのだから良しとするか……)
そうこの決闘に結論付けてから、右手を顔から離し、ルーベを見ているローラに告げる。
「ローラ先生、勝敗の結果を」
ローラはハッとして、シスイに向かって頷く。
「わ、わかったわ! 勝者―――シスイ君」
チラホラと拍手が起こり、そこから連鎖反応をするようにローラを含めた観客全員が盛大な拍手をする。
中には一人だけ、観客席から立ち上がり拍手をする者がいた。
「また、わたくしは……新たな歴史が誕生する瞬間を目の当たりにしました……!! わたくしは今、猛烈に感動しています……!!」
エリスは大粒の涙を流しており、そんなエリスにマリカは溜息を吐いた。
暫くシスイが拍手を聞いていると、あることを思い出した。
(そう言えば……この決闘は序列を賭けていたのだな……ということは……現時点をもって俺の序列は―――1位、ということなのか?)
「はぁ……」
シスイは先ほどよりも、深く悩まし気な溜息を吐いた。
(ただでさえ、この怪しい恰好で目立っているのに、更に目立つことになるのか……)
「面倒だ……」
やっとシスイは、決闘による『名誉回復』という対価を得た代わりに、『平穏な学園生活の喪失』という代償を払ったことに気づき、天を仰いでそう呟いた。
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