第23話 よろしくない第一印象

 階段教室になっている一年Sクラスの教室の中に入ると、上から一斉に視線が集まった。


 主に、俺に対して。目算で言うと、30人当たりが。


 早速、目立ってしまっている……当然といえば当然なのだが……やはり最悪だな。


 そんな陰鬱な気分になりながらも、俺はローラ先生と共に教壇の前に立つ。


「皆さん、おはようございます。早速ですが、今日から皆さんの新たな仲間となる生徒を紹介します。エリス様の『専属騎士』、シスイ君です!」


「シスイだ。よろしく頼む」


 ローラ先生からのバトンタッチを流れるように俺は受け取った。


 信頼を示す……という目的もあるが、さっさと終わらせたい……地獄だ、この場所は……という気持ちの方が先行しての結果だ。


 俺が自己紹介をすると、シーンと沈黙が教室に残ったが、それを消し去るような大きな拍手の音が聞こえた。


 たった一人だけの。


 俺はその拍手の主を見た。


「………」


 そこには、瞳をキラキラと輝かせて立ち上がりながら拍手をするエリスがいた。


 俺が見ていることに気づいたのか、エリスは更に拍手の音が大きくさせた。


 この教室で拍手をしているのお前だけだぞ? 場の空気を読むことを覚えた方がいい。


 そう思っていると突然、俺に向かって圧縮されたような濃密な殺気が放たれた。


 そちらにも顔を向けると、お伽噺に出てくる王子様のような金髪の青年がいた。


 しかし、今は物凄く険しい表情としているため、王子様とは形容しがたいが……。


「………?」


 なぜ、俺はあの青年に殺気を向けられているのだ? 普通に自己紹介をしただけのはず……。


 悪印象になるようなことはしていない。


 平穏に3,4ヶ月の学園生活を送ろうと思ったのだが……どうやら俺は神様とやらに嫌われているらしいから無理なのようだ。


 否、確実に嫌われている。そうとしか言いようがない……。


「し、シスイ君! 素晴らしい自己紹介をしてくれて、ありがとうございます!」


 それは気遣いでも何でもないぞ。明らかな皮肉だ。


「シスイ君の席はあそこ……エリス様やマリカさんのところよ」


 ローラ先生の指示した場所は、窓際最後列のところだった。


 当たりの席だが……奴らがいると何とも言えない。


 加えて、クラスメイトに対する俺の印象は最悪だからな……当たりの席を引いても喜ぶことはできない。


「何か分からなかったり、困ったことがあれば、私やエリス様たちに聞いてね」


「あぁ」


 そう言って俺は、エリスたちのいる席へと向かう。


「シスイ様、こちらにどうぞ」


 エリスは席に手を置き、俺をここに座るように誘導しているが……。


 俺はその置かれた手よりも離れたところに座った。


 すると、


「ふふ……照れ屋さんですね……シスイ様は……」


 エリスが意地悪そうな笑みを浮かべてくっついてきた。


 何なんだ……今朝といい今といい……何を考えている。


 俺は仮面の中から、鬱陶しいこの女を睨みつける。


「失礼します」


「うわぁあ!」


 突然、俺とエリスの席を割って入ってきたマリカに、エリスは驚きの声を上げる。


 続いて、マリカはそのまま横にスライドし、俺とエリスの距離を離した。


「マリカ……何をするのですか……!」


「しー…今はホームルームの時間なので、お静かにお願いします」


 マリカが人差し指を唇に当てながら言うと、エリスは「ぐぬぬ……」と唇を噛み悔しそうにした。


 ナイスだな、マリカ。助かったぞ、と心の内に感謝を告げる。


 直接礼を言うのは、どこか癪だからな。それに、礼を言っても返って来るのは罵倒だけだ。容易に想像できる。


「―――以上で、ホームルームを終わりにします。皆さん、次の授業は移動教室なので、遅れないよう気をつけてくださいね」


 そう言って微笑んでから、ローラ先生は教室を後にした。


 その瞬間、またも俺に視線が集まった。


「アイツ……エリス様と校門のところにいた奴だよな……あの不審者」


「あぁ……やっぱりここの生徒だったんだな……しかも転校生……あの不審者」


「いや、それだけじゃないだろ……! エリス様とあんなに親し気で『専属騎士』だぜ……!? 一体、何者だ……!? あの不審者」


 確かに俺は『専属騎士』だが、エリスと親しいわけではない。向こうが勝手に突っかかって来ているだけ。それは非常に心外だ。


 それと、いちいち語尾に不審者と付け足すな。鬱陶しい。


 そう陰口に対して、俺は心の中で正答を提示すると共に彼らの語尾に文句を言った。


「早速、不審者呼ばわり……嫌われているわね」


「何を言っているのですか、マリカ! 皆さんは、シスイ様の神々しさに恐れおののいているだけです! 決して、嫌われているわけではありません!」


 流し目で俺を見るマリカに、エリスは「むぅ~!」と頬を膨らませ怒っていた。


 俺が否定するならまだしも、お前が否定するのは訳が分からない。もっと言えば、神々しいなんて更に分からない……お前は俺の何なのだ……。


 そう呆れた目で二人を見ていると、脳裏にローラ先生の言葉が浮かんできた。


 そう言えば、次の授業は移動教室と言っていたな……。俺はこの学園のことなど何一つ知らない……尋ねてみるか。


「お前たち、次の授業は何処で行うのだ?」


「次の授業は、ここ本校舎とは違って、特別棟の三階にある教室で行います。あっ、向かうついでに次の授業について説明しますね」


「あぁ、頼む」


「やりました、わたくし! シスイ様のお役立ちになっておりますよ~!」


 俺は普通に返しただけなのに、何故か後ろを向いてガッツポーズを決めるエリス。


「じゃあ、行くわよ。シスイ君」


「あぁ」


 俺とマリカが立ち上がり教室を出ようとすると、余韻に浸っていたエリスが「ま、待ってくださーい!」と慌てて俺たちを追いかけてきた。

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