第22話 特権と裏口

「シスイ様! ここが『ユベル魔法学園』です!」


 俺たちは馬車から大きくそびえ立つ校門の前で降りた。


 エリスはキラキラとした瞳を俺に向け「どうですか! 凄いですよね! 憧れの学園ライフですよね!」と続けて言って来た。


 しかし、そんなエリスの視線よりも、気になる視線がいくつも俺に振り注がれた。


「お、おい……エリス様の前に立っているのは誰だ? 不審者みたいな恰好しているぞ」


「あ、あぁ……先生たちに報告した方がいいじゃね? 怪しすぎる……危険だ」


 等々、当然の如く警戒を向けられた。


 だが、ローブの隙間から見える制服を見たことで、一応ここの生徒だと認識はされたようだ。


 それから、その者たちは怪訝な顔で、校舎へと向かい歩いて行った。


 ……何とか、難を逃れたと言ってもよさそうだな。


 しかし、この女……こんな人目のあるところで騒ぐとは何事だ。


 ただでさえ、エリスは無条件でどんな時でも目立つ王族であるというのに、はしゃいだら更に目立ってしまうだろうが。


 自分が王国の“希望”の象徴だということに、自覚を持ってほしいものだ。


 なので、エリスに皮肉を込めて言い放つ。


「あぁ、お前となら希望で満ち溢れる学園生活を送れそうだ。礼を言う」


 たった今、俺の学園生活は奈落の底へと落とされそうになったがな。


 お前のせい……ではないか、こんな恰好をしている自分にも非はあるか。


「~~~!! はい! シスイ様~~~!」


「そこまでです。エリス様」


 俺に向かって突進しようとする前に、マリカはエリスの首根っこを掴んで動きを封じた。


「何をするのですか、マリカ!」


「今、優先すべきことはシスイ君を職員室に送ることではないでしょうか? エリス様」


「あっ……」


 マリカの鮮やかな正論により大人しくなるエリス。


「さぁ、行くわよ」


 マリカそう言って先に進み、その先導にエリスはトボトボとした足取りでついていった。


 職員室……つまりはこいつらの担任となる教員の集まっている所。


 一体、俺たちの担任教員はどんな者なのだろうか……面倒なヤツでないと願うばかりだ。


 そう思いながら、俺も二人の後ろへついて歩く。



 校舎に入って俺たちは職員室へと向かったのだが、通り過ぎる生徒たちはエリスでなく俺に視線が集まった。


 その視線に不快感を覚えながらも、向けられることに納得はできるという、何とも言うことのできない感情に板挟みをされた。


「ここが、この学園の職員室です」


 するとようやく、職員室に辿り着いた。


 その中にいる大人たち―――教員たちは忙しなく動き回っていた。


 授業の準備だろうか。


 続いてエリスが「失礼します」と言って先に進む。


 その後ろを俺とマリカで追うと、「え~っと……え~っと……」とプチパニック状態で机の上にある資料をまとめている、若い女の横にエリスは立ち止まった。


「おはようございます。ローラ先生」


「え、エリス様! おはようございます!」


 ローラと呼ばれた若い女はエリスの存在に気づき、慌てて立ち上がりお辞儀をした。


 そして、ローラはエリスの背後にいる俺に目を向ける。


「この方が……エリス様の『専属騎士』で転校生の……」


「はい! この御方がわたくしだけの『専属騎士』シスイ様です!」


 誇らしげな顔で胸を張るエリスに、「あはは……」とローラは苦笑を浮かべた。

しかしローラは苦笑を止め、俺に向き直る。


「初めまして、シスイ君。私はあなたの担任教員の“ローラ・ルヴィノン”と申します。楽しい学園生活をお届けできるよう頑張りますね!」


「あぁ、よろしく頼む」


 どことなく、張り切っている感じがエリスに似ているな。


 いや、それだとローラ先生が可哀想だ。エリスの上位互換ということにしておこう。


「では、わたくしとマリカは教室にいきますので、シスイ様のことをよろしくお願い致します」


「はい、承知しました」


 ローラ先生がそう返すと、エリスとマリカは職員室から出ていった。


 教室か……俺とエリスは同じ教室になるということは分かる。『専属騎士』だからな。


 だが、マリカは一体、どこのクラスだろうか……それと学年も……年齢を聞いたことが無い。


「一つ、聞きたいことがあるのだがいいだろうか」


「うん。何でも聞いてね」


 急にフランクだな。まぁ、王族の前だから丁寧に話すのは仕方ないか。


「マリカは何処のクラスなのだ? エリスと一緒のクラスなのか?」


「えぇ。シスイ君はみんなと同じ一学年でSクラスに所属しているよ」


「そうか同じ学年……Sクラス?」


 マリカと一緒だという事実に嫌な気持ちになるが、Sクラスという単語を聞いてそんな気持ちが吹っ飛び、疑問だけが頭に残った。


「あっ、その様子だとクラスについて知らない感じよね?」


 俺はその問いに首を縦に振って答えた。


「じゃあ、これからこの学園でのクラスの扱いについて教えるね」


 そうして、ローラ先生が俺に説明を始める。


「まず、この学園ではSからDの合計5クラスあって、強さ順になっているの」


「強さ順……つまり、単純に言えば、Sクラスが最も強く、Dクラスが最も弱いということだな」


「うん、その通り。まっ、こういったクラス配分にすることで、クラス内でのパワーバランスの確立や、実力の近い者同士で切磋琢磨をするために、このシステムが構築されたんだけどね……」


 そう言って、ローラ先生は暗い表情になる。


 なぜ、暗い顔をしているのだろうか……。


 そう疑問に思ったが、先ほど自身で発言した『Sクラスが最も強く、Dクラスが最も弱い』という言葉を思い出し瞬時に理解した。


「……差別……もしくは、それに準ずる不当な扱いを下位のクラスが受けているのか」


 俺が答えるとローラ先生を目を見開いて驚くが、悲しそうな表情を浮かべる。


「……ご名答、その通りよ。シスイ君は平民だから、そういったことへの共感力が高いのね……」


「聞いていたのか? 俺が平民だと」


「うん……エリス様から事前に伝えられていたから……生徒以外の教員は大体みんな知っているわ」


「そうか……」


 確かに、設定上平民である俺が魔法を学ぶこの学園に通うのだから、事前に魔法を使えないことを教師に知ってもらうのは当然か。


 また、幸いにもそのことを生徒には隠してくれているようだ。ここは、魔法の使える貴族しか通えないのだから、生徒の混乱を避けるためだろう。


 そして、それを可能にしているのは王族の特権とやらだ。それさえあれば、何とでもなるのだろう。


 つくづく、王族というのは見事なまでに権力を振りかざしているな。


 まぁ……それに助けられたのだが……どこか不服だ。素直に感謝の念を抱けない……。


 ひょっとしたら俺は、少しだけ自尊心が高いのかもしれないな。


 しかし、少しはエリスのことを見直した。


 今、俺がエリスに対する印象は『ポンコツ変態女』、そこから『少しだけポンコツ変態女』という印象にグレードアップさせてやろう。


 これで、少しだけ醜い俺のプライドは解消されただろう。


 ―――しかし。


「………」


 俺はあることが引っかかっていた……それというのは、最も強いSクラスにエリスが所属していることだ。


 Sクラスが一番強いクラスなのだとしたら、エリスがそこに所属しているのはおかしい。マリカは納得できる、あの老人の孫であり暗殺家系なのだから。


 エリスは本当は強い? それは有り得ない。


 なら、最初会った時に見たフェルネスト帝国の騎士たちを自力で何とかできるはずだ。俺が助けに行かずとも……。


 ではどうして、エリスはSクラスに所属している。


「シスイ君。私も準備を終えたので、一年Sクラスへ参りましょうか」


 ローラ先生の声によって、俺は思考の海から今いる現実の世界へと引き戻される。


「……あぁ、分かった」


 ローラ先生は俺に微笑みかけてから歩き始める。


 その後ろをついていき、ある一つの答えが頭の中に降ってきた。


 あぁ……そういうことか……今、答えが分かった。


 つまり、エリスは王族の特権を使用し………。


 ―――裏口入学をしたのか。


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