不本意に学園生活を送る編
第21話 疲れと不安
―――決闘から一週間。
いよいよ今日から本格的な『専属騎士』の仕事をするために、俺は今『ユベル魔法学園』の制服に着替えている真っ最中だ。
その途中、俺はあることを思い出していた。
「……最近、やけに俺の手がベタついているのだが……どういうことだ?」
俺は寝ている間によだれなど垂れ流したことがない。
しかしその実、俺の手はベタついているのだからそういうことがあるのだろうが……。
「にしては、頻度が多すぎるがな」
そう呟きながら、制服を着替えを終える。
俺は制服の上に仮面と漆黒のローブを身に付け、いつも通りの恰好をしそうになるが……。
「ローブは隙間を作った方がいいな。制服を着ていることを認識してもらわなければな」
がっちりと着てしまえば、廊下ですれ違う生徒に「不審者が学園に潜入している!」などとパニックになってしまう。
ということで、ローブを少しだけ開け制服が見えるように着直した。
そして、姿見に映っている今の自分の姿と前の姿を比較した。
「………」
―――全く、変わっていないな。
依然として不審者みたいだな、俺は。
マズいな……このままだと目立ってしまう……。
しかし、顔は隠さなければならないから……どの道、諦めるしかないか。
それに―――。
「はぁ……面倒だ……しかし……これは仕事なのだから……仕方ない……」
いざ『専属騎士』が始まると思うと、滅入る気持ちになるが、これは仕事の義務だと、そう自分に言い聞かせた。
一先ずの覚悟ができた俺は、集合場所である城門に向かう。
『ユベル魔法学園』は全寮制ではあるが、エリスが王族である故、身の安全を考慮した結果、馬車での送迎をすることになったそうだ。
まぁ、学園の寮よりも王城の方が安全だというは同感だな。
『王国最強の騎士』がいるのだから、そこらの奴にまず負けることなど万に一つも無いだろう。
そんなことを思いながら、集合場所である王城の門前に着いたのだが、御者を除いてそこにいたのはエリスだけではなく、もう一人の女もいた。
「シスイ様、おはようございます」
「どうしてこの女がいる」
エリスの挨拶など無視して俺エリスに尋ねた。
「あぁ! そう言えばシスイ様には言ってなかったですね。―――マリカも一緒の学園に通っていることを」
そう言ってエリスは、「えへへ……伝え忘れていました……」と恥ずかしそうに笑う。
今、エリスが言った通り、エリスの横には瞼を閉じ学生鞄を持って佇むマリカがいた。
俺はマリカを見て、あることを思ったので、それをエリスに聞く。
「この罵倒女がいるのなら、俺が学園で護衛する必要などないはずだ。なのになぜ、お前は俺に護衛を頼んだ」
「うっ……!」
自覚は無いが、どうやら痛い所を衝いてしまったらしい。
エリスの体が硬直し、冷や汗ようなものを大量に流し始めた。
「え、えっと……それはその……」
今度は目を泳がせ挙動不審になるエリスを見兼ねて、マリカが俺を流し目で見て告げる。
「私一人の護衛では不測の事態に対応できないからよ。そんなことも分からないのかしら」
なるほど、納得だ。
しかし、言っていることに一理あるが、最後のは余計な一言だ。
この女はイチイチ罵倒しなければ気が済まないのか? だとすれば、面倒極まりない質だな。
「それに君、私のことを罵倒女とかエリス様をお前と呼ばないでくれる。それとも、私たちのような美人を名前で呼ぶことなんて……恥ずかしいのかしら?」
無表情ではあるが、心の中では嘲笑を浮かべているマリカ。
そして「美人……」と呟き落ち込むエリス。
確かにそれも一理あるな。お前、と呼んだ際にどちらかの区別がつかないからな。
名前で呼んだ方が、そういった面倒にならなくいいか。そちらの方が、効率的か。
後、関係ないことだが、自分で美人と言うのはイタいから止めておいた方がいいぞ。聞いているこっちが恥ずかしくなる。
「わかった。これからは名前で呼ぶとする。マリカ、エリス」
「「!!」」
俺が名前で呼ぶと二人して目を見開いてこちらを見た。
「? どうしたお前たち」
「は、初めてわたくしの名前を呼んでくださいました……」
「チッ……」
呆然とするエリスと顔を逸らし舌打ちをするマリカ。
呆気に取られたり舌打ちをされたりと……名前を呼んだだけで、こんなにも反応が違うとは……人とは不思議だ。
まさに、十人十色だな。
だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
馬車での移動時間を考慮すると、無駄な会話のせいで、このままでは登校時間までに間に合わないかもしれない。
「いい加減、そろそろ学園に向かった方がよくないか? 遅刻するぞ」
「そ、そうですね! 馬車に乗りましょう。シスイ様、お先へどうぞ」
エリスは横に移動し譲るポーズをしながら俺に微笑みかける。
普通、こういうのは一番身分の上の者が先に乗るのでは?
そう思ったが、厚意を無下にするのは罪悪感を抱いてしまう。ここは素直に厚意に甘えるとしよう。時間が惜しいからな。
俺は馬車の中に入り、席に座って≪アカツキ≫を座席に立てかけた。
すると、
「えいっ!」
エリスが俺にぴったりとくっつくように隣に座ってきた。
……暑苦しいのだが。
「えへへっ……シスイ様……」
エリスは何やら満足気な笑みを浮かべている。
だが、その笑みはある者によって消し去られた。
「エリス様、こちらにお座りください」
マリカは馬車に乗り扉を閉めて早々、主人に向けるべきでない冷ややかな目でエリスの腕を掴んだ。
そして、俺の向かいの席に強制的に座らせ、その隣にマリカが座る。
「ちょっとマリカ! 何をするのですか! せっかくシスイ様のお隣で至高の幸せを感じていましたのに! むぅ~~~!」
「申し訳ございません、エリス様。しかし、あのシスイ君はエリス様と触れ合ったことで、気持ち悪く鼻の下を伸ばしていました。ですので、大変いやらしいあの男からエリス様を守るためには、こうする他なかったのです。ご理解のほどよろしくお願い致します」
マリカは軽く頭を下げ、エリスに謝罪する。
……どうして、マリカは仮面を被っている俺が、鼻を伸ばしていると思った?
見えるわけがない。明らかに発言が矛盾している。
「えぇ! 本当ですか、マリカ! シスイ様が鼻の下を伸ばしているというのは!」
「はい」
エリスの笑顔で尋ねると、それとは対照的な無表情で肯定するマリカ。
そのマリカの返答に、エリスは「えへへっ……嬉しいです~~~! 今日は名前も呼ばれて……良い日ですね~~~!」と頬を緩ませていた。
気づかないのか? お前。疑問に思うだろう。
どうして、俺が鼻を伸ばしていると分かるのか、と。
そして、堂々と主人に嘘を吐くあいつも問題だ。
王族に仕える者がすることではない。場合と状況によっては、謀反者だと言われても言い訳できないぞ。
そう両者に内心で文句を垂れていると、やっと馬車が出発した。
俺は馬車の車窓から流れ行く王都の街並みを眺める。
「………」
朝だけで、こんなに疲れるとは……。
学園ではどうか……これ以上、疲れるような場面にならないといいのだが……。
そんな一抹の不安を感じた。
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