第20話 変態 Part.1

 シスイの『客室』に泥棒のように潜入してきた一人の人間がいた。


「……シスイ様の気配がしませんね。もうお休みになられているのでしょうか?」


 エリスであった。


 エリスは周囲を見渡し「ソソソ……」と忍び足でシスイのいる寝室へと向かう。


 エリスはドアノブを掴み、深呼吸をする。


 当然だ。自分の愛する人の寝室なのだから緊張するに決まっている。


「エリス……行きます」


 そう覚悟を決め囁いてから、静かにソッとドアを開けるとエリスは驚愕した。


「ぁ……あ……」


 視線の先の光景に、驚きの余り声さえ出ないエリス。


 なぜなら―――


(何ですか!? あの月光に照らされ神々しいほどの美しさを放ちまくっているのは!? ま、まさか……! あそこに眠っておられるのは……シスイ様!?)


 仮面を外し完全開放したシスイが眠っていたからだ。


 エリスはシュンっと瞬間移動してシスイの顔面に迫り、その顔をじっくりねっとりと息を荒くして観察を始める。


「ん…ぁ……仮面の下には……そんな美しい顔を隠されていたのですね……シスイ様……」


 エリスはシスイの髪と頬に手を添える。


「雪のように真っ白な髪に……その髪と同化してしまうほどに白くきめの細かいお肌……。そしてお鼻は小さくシュっと鼻筋が通った高く、唇は白いお肌に相まって赤く血色がよく見え薄く小さいです。―――何て、中性的で美しいお顔なのでしょう……」


 エリスは「はぁ……」と甘い吐息を漏らしてからシスイの顔から手を離す。


 それから、改めてシスイの顔を少し離れて観察する。


 すると、エリスは複雑そうに苦笑を浮かべた。


「し、シスイ様って……女であるわたくしよりも美しい顔……なのですね。これでもわたくし……顔には結構自信があったのですが……このお顔を見たら自信を無くしますね……わたくしを含めた世の女性たちは……」


 エリスは小さい頃もそして今も顔を褒められ続けた経験が豊富であるため、自分の容姿にはある程度の自信を持っている。


 だが、シスイの前では全く通用しない。


 むしろ、それまでの栄光と顔面を否定されたと思うほどの深いダメージを負った。


 王国内で上位の顔面力を持つエリスでさえも、この世で最も美しいシスイの顔面力には遠く及ばなかった。


 女よりも男のシスイが美しいという事実に複雑な心境を持ったが、エリスは穏やかな笑みを浮かべてシスイを見た。


「……シスイ様は何度もわたくしを助けていただきましたね。フェルネストの騎士たちを倒してわたくしたちの窮地を救ったり、今日だってあのシルヴァを倒してわたくしの『専属騎士』となってくださいました」


※はい。


「それってシスイ様は……わたくしのことが好き…ってことですよね?」


※違います。


「だって…何の躊躇いも無く殺したってことは……わたくしのことを愛しているからこそ可能なのです……そうですよね? シスイ様……」


※違います。罪悪感から逃れるためです。


「わたくしビックリしました……。わたくしが『専属騎士』になりたいのか尋ねると、黙っているんですもの……。でもそれは……わたくしの『専属騎士』になるための覚悟を決めるための、沈黙の時間でしたよね……。


※違います。断るのを躊躇っていただけです。


「シスイ様……わたくしはあなた様の考えていることが全て分かっています……。拒絶などでは、決してないですよね……?」


※違います。間違いなく拒絶しています。


「夕食の時もそうでした……。わたくしたちと一緒に取りたくないと……。ですが、わたくしはシスイ様をお顔を見て理解しました。わたくしにだけ見せたいのですよね? その美しいお顔を。うふふ……シスイ様ったら……意外と独占欲が強いのですね……。いいのですよ? その深く重い愛で、わたくしを逃がさないよう! 愛の鎖で束縛してください!」


※違います。姉を言い付けをこれ以上破らないようにするためです。


「なーんて風になれば……どれほど幸せなのでしょうか……想像もつきません……」


 突然、エリスは眉をひそめ悲しい顔になる。


「ねぇ? シスイ様……。わたくしには……お父様が決めて下さった婚約者がおります。王族と貴族の血脈を後世に継ぐための政略結婚です……。平民のシスイ様が、どんなに惜しみない愛をわたくしに向けても、そしてわたくしがその深い愛に応えたくとも……できないのです……」


※そもそも向けていません。


「だからこそ、わたくしはシスイ様を『専属騎士』とすることで、共にいてもお父様と婚約者に怪しまれないように策を講じました……。そうすれば、例え結ばれない運命だとしても、傍にあなた様がいて、陰でひっそりとわたくしたちの愛を育むことができます……そのはずだったのに……!」


 エリスは唇を噛みしめ、瞳からポツリと大粒の涙一つを流す。


「あの時、お父様は気づいていました……! わたくしたちがお互いに愛し合っていることを……! だから、お父様はわたくしたちを引き裂こうとシスイ様の『専属騎士』になられることを頑なに認めなかった……! わたくしは……この世の終わりかと思いました……でも……シスイ様……」


 エリスは女神のような笑みを浮かべシスイを見つめる。


「シスイ様は、こうおっしゃいましたよね? 『お前の事情など、俺には関係の無い』と……。それはつまり、あれですよね? わたくしが王族だろうが、婚約者がいようが関係無いってことですよね? お前の事情など無視して、俺は今もこれからも来世でもそのさきず~っと、わたくしと共にいたいという意味ですよね? そうですよね? 永遠の愛を誓っていたのですよね?」


※………怖くて何も言えません。


「その証明としてシスイ様は……その素晴らしいお力『反射神経』を駆使し、勝利を収めました……。はぁ……その光景を思い出しただけで……シスイ様への愛が溢れてきちゃいます……。もう、シスイ様……気高き王女であるわたくしを淫乱にさせるなんて……うふふ……罪な御方です……」


※何言ってんの?


「そしてわたくしも……シスイ様の覚悟に応えるために決意しました」


 エリスはシスイの手を両手で包み込む。


「王族の地位を捨て、ただのエリスとして……あなた様と駆け落ちします……。それがわたくしの覚悟です……」


※………駆け落ち、だと!


「ですが……金貨100枚という安い給料でシスイ様を働かせてしまうのは……心が痛いですね……。たった、わたくしの月のお小遣いの三分の一のお金で……」


※えっ? さ、三分の一?


「シスイ様……少々時間はかかると思いますが、早く準備を終えられるよう頑張ります。……ですので」


 エリスはシスイの手の人差し指を持つ。


「そ、そのご褒美として……先っぽ……ほ〜んの先っぽだけ! わたくしのナカに入れさせていただきますね……!」


※口の中です。


「で、では……! はむっ」


 とうとうエリスはシスイの人差し指を、己の口の中に入れ咥えた。


 その瞬間、エリスに甘美の電撃が全身に駆け回る。


「んん……! な、なんでしゅか、この全身に満たされる幸福感は……! シスイ様の手の甲にキスをしたときよりも……圧倒的に幸せです!」


※幸せの感じ方、間違っているよ。


「ど、どうしましょうか……。人差し指さんだけでは寂しいですよね? 他のお指さん達もわたくしが食べた方がよろしいですよね?」


 エリスは咥えるのを止め、そう言った。


「そうです……きっとそうです……。シスイ様もそう望んでおられます……。では……いただきます!」


 そうして、エリスはシスイの指を堪能したのであった。


※ダメだね、この子は。

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