第18話 跪け

「これからシスイ様には―――『任命の儀』を行っていただきます」


「任命の儀、だと?」


『専属騎士』となるには、そんな儀式をするのか。


「具体的に、それはどんな儀式なんだ」


「はい。まず、シスイ様はエリスの前で跪い―――」


「お母様! ここからはわたくしが、シスイ様に手取り足取り全てをお教えいたしますので、お母様はすっこんでください!」


 エリスは王妃の言葉を遮るだけではなく、両手で押し退け王妃を俺の目の前から退かせた。


 王妃はそんなエリスを見て「あらら、エリスったら」と何故か嬉しそうに微笑んでいた。


 初めて聞いたな、この女の口から『すっこんでろ』、だなんてお姫様らしくない言葉。


 それだけ自分で説明したかったのか。強情な女だな。


「では、シスイ様! 今からわたくしの言うことをしっかりと聞いて下さいね!」


「あぁ」


 何だが無性に腹が立つ口調だが、今はこの場にいる王妃に免じてスルーしてやろう。


 王妃を怒らせたら、どんな末路を辿るのか目の当たりにしたからな。衝突は絶対に避けたい。


「まず最初は、わたくしの前で跪いてください」


「断る」


「「「えっ?」」」


 俺が即座に断ると、国王とシルヴァ、白銀の騎士の誰かがそんな声を出し、この場にいる全員が目を見開いて俺を見た。


「ど、どういうことですか? シスイ様……。ただ、わたくしに跪くだけですよ……?」


「それが嫌だ、俺は。なぜ、俺が跪かなければならない。普通、逆だろう? お前が俺に跪く。そっちの方が正しい『任命の儀』だ。そうは思わないか? 違うか?」


「「「プ、プライドたっか……」」」


 白銀の騎士たちから、呆れたような声が聞こえてきた。


 何とでも言うがいい。俺は絶対に何がなんでも跪くなどという、自分を貶める行為はしたくない。


 例え、このような儀式であってもだ。


 しかも、よりによって跪く相手が、この『ポンコツ変人女』だぞ。


 尚更、跪きたくないと思うのは極自然なことだ。


 俺に問題があることは承知しているが、この女にも問題がある。


 そのことに、目を向けて欲しいものだな。


「……貴様、俺の妹を跪かせるなど……何を考えている」


 そんな低い声と共にエリスの隣に立ち、厳しい目つきで俺を見下ろしたのは―――エリスの兄であった。


「落ち着いてよ、シエル。の激高プライドは今に始まったことじゃないんだしさ~。ここは、僕の顔を立てるつもりで、見逃してくれないかな?」


 国王はエリスの兄の肩に手を置き、穏やかな表情で諭すと―――


「あの謝罪を見た後で、父上の顔を立てるのは……無理がありますよ? なので、引っ込んでいてもらえますか? 大変申し訳ないのですが……」


「ガーン……」


 エリスの兄に正論を返され、ガックリと肩を落とす国王。


 そして俺も、そんな国王に対して追撃を開始する。


「謝罪の時に『シスイ様』と呼ぶのは分かるが、その後も『シスイ様』と呼ばれるのは……流石に気持ちが悪いぞ? 止めてもらえるか?」


「き、気持ち悪い……!」


 チーンという効果音に続いて、国王は膝をついて白い抜け殻となった。


「お、お兄様……あの……」


「安心しろ、エリス。今から俺が、この男を跪かせるからな。もう少し待ってくれ」


「いえ、シスイ様を跪かせる必要などありません…………」


「あぁ、分かっている。今からこの男を―――ん? エリス……今、何て言ったんだ?」


 エリスの兄は俺を睨みつけながら話していたが、ゆっくりと顔をエリスの方へ向け目を丸くさせた。


 そこには―――


「ですから……わたくしがシスイ様に跪きます……跪きたいのです。えへへっ……シスイ様に……永遠の服従……きゃっ」


 俺に跪くことをまんざらでもなさそうにする、頬を赤らめうっとりしたエリスがいた。


「え、エリス……お前……まさか……」


「うふふ……。シエル、エリスも望んでシスイ様に跪きたいようですし、ここは大人しく見守ることも、兄としての務めではないかしら?」


 妹の信じられない一面を知って意気消沈するエリスの兄に、王妃は微笑みながら尋ねると、エリスの兄はか細い声で「はい……」と答えた。


 実の妹が跪いている光景など見たくないだろうが、この女が俺に跪くのは当然のことだ。


 それに、コイツが跪くのは一時のことだ。そのくらいは我慢しろ、一人の兄としてな。


「おい」


「はい……シスイ様……いつでもわたくしにご命令してください……」


 俺がそう呼ぶと、エリスは俺の前に立ち潤んだ瞳で上目遣いをした。


 そんな積極的に跪きたいとは……俺には理解できない。


 まさか、この女―――『』というやつか?


 考えてみれば、この女は何度も変態と思わしき奇行を繰り返していたな。


 虚ろな顔でぶつぶつと独り言を呟いたり、勝手に俺の言ったことを改変したり、終いには、突然自分に対して怒ったりと……。


 その行動は全て、この女が変態が故にだったのか……。


 そう考えると、途轍もなく嫌な感じがするな……早く終わらせたい……。


「―――さっさと跪け」


「はい!」


 エリスは勢い良く跪くと、俺の手を取り―――『任命の儀』を始めた。


「あなたは、アスタリオン王国第二王女、エリス・アスタリオンの『専属騎士』となることを誓いますか。……シスイ様、『誓う』と仰ってください」


 言われなくても分かっている、と小声で言ってきたエリスに腹が立ちながらも、俺は大人しく言われたことに従い「誓う」と言った。


「で、では最後に……誓いの証として……シスイ様の手の甲にききき、キスを致しますね……」


 顔をマグマのように赤くし、頭から湯気を出すエリスを見て俺は安堵した。


 ……危なかったな。誓いの口づけがあるだなんて予想外だ。


 もし、俺があの時に何も言わなかったら、大勢の前で仮面を外すだけでなく、こいつの手の甲に口づけをする羽目になっていた。


 本当に、危なかった。


 しかし、その安堵の気持ちを知られないよう、俺は平常心をすぐさま取り戻し、口を開く。


「勝手にしろ」


「!! はい! エリス、いきますっ!!」


 エリスは「う~ん」と唇を尖らせ、そっと俺の手の甲に口づけをした。


 そして『任命の儀』を終えると、エリスは立ち上がって俺に微笑みかける。


「えへへっ……これでシスイ様は、わたくしの『専属騎士』なのです! これからも、よろしくお願い致しますね……シスイ様」


「あぁ」


 そうして、俺は正式にエリスの『専属騎士』となった。


 ―――約3、4ヶ月だけの。


「さぁ、皆さん! 新たな尊き『主従』の誕生に盛大な拍手を!」


 王妃がそう言うと、あのニヤけ面のシルヴァが苦笑いで拍手をして口火を切り、未だに立ち直っていない国王以外がちらほらと不服そう顔で拍手をする。


 ……やはり、この中には王妃に逆らえる者などいない。


 つまり、王妃こそが、この王国の真の女王で要注意人物だということ。


 なら、王妃に警戒を……というよりは機嫌を損ねないよう注意すればいいだけで、一応の障害は先ほど乗り越えたから問題は無いか。


 後は、この3、4ヶ月の間、この女の『専属騎士』として働き、金を貰っておさらばするだけだ。


 ―――後悔の無いよう、十分満足のいく滞在期間としよう。


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