第17話 本物

「シスイ様~~~~~っ!!!」


 俺がシルヴァのニヤけ面に本音を伝えていると、観客席にいた全員がこちらに走ってくる。


 そして、その先頭を走るエリスが両手を広げ俺に襲い掛かって来た。


 俺はその攻撃を右足を軸に置き、左半身をずらして回避した。


「凄いですよ、シスイ様! あのシルヴァに………あれ? シスイ様?」


 エリスは自分自身を抱きしめ、空を切ったことに気づいていないのか、暫く首を横に振って探していた。


 すると、「あっ!」と俺が避けたことに気づいたエリスは、頬を膨らまし少し怒った顔で俺に近づいてきた。


「もう! シスイ様と勝利を喜びを分かち合おうとしたのに……どうして避けるのですか!」


 あれは攻撃ではなかったのか。まぁ、どちらにせよ俺は―――。


「避けるに決まっているだろう。あの勢いのまま突進を受けたら、俺はお前に押し倒されてしまうからな」


「おお、おおおし!! わたくしがシスイ様を押し倒すぅうううううううッ!!」


 突然、真っ赤な顔で発狂したかと思えば、「ハァ~……」という息の抜けるようなか細い声と共に、組んだ両手を腹に乗せ棺に収まるようなポーズで仰向けに倒れた。


 本当に何なんだ……この女は……。


 呆れた目でエリスを見ていると、他の奴らもここに到着したようだ。


 国王は「はぁ……はぁ……」と息切れを起こし、「ふー……」と深く息を吐き、呼吸を整えてから口を開いた。


「不審者くん……君は一体どうやってシルヴァの≪喪失魔法≫を攻略したんだい? 絶対不可能なはずなのに……気になる。その答えを僕に教えてくれないかな」


「わたくしもお父様と同じです! ひじょ~っに、気になります! 教えてください!」


 エリスが手を上げながら立ち上がった。


 エリスと国王は俺に興味深い視線を向けて来るが、白銀の騎士たちには疑いの眼差しが向けられた。


 おそらく、シルヴァは薄々、使ことに気づいているだろうが、こいつらも気づいているのか。


 意外だな……弱者の割に気づくのだな……というか、それ以外に勝てる方法は考えられないか。


 だが、俺はお前らの疑問にバカ正直に答えるつもりはない。


 ―――『平民』と偽っていることが露見されてしまう。それだけは、何としても避けたい。


「分かった。ただし、一度しか言わない。心して聞け」


 国王とエリスはグッと俺の前に並んで現れ、子どものような笑顔で「うんうん!」と頷いていた。


 言いにくいのだが……まぁ、いいだろう。


「―――俺は、『』で、奴の≪喪失魔法≫を攻略した」


「「は、反射神経ぃいいいい!?」」


 ……うるさい。


「え~何それ~!! 反射神経って、そんなこともできるの!!」


「可能だ」


「でも……≪喪失魔法≫は相手の五感を失う魔法です……。それでも、反射神経で察知ができるのですか?」


「その通りだ」


「「反射神経、スゴぉおおおおおおッ!!」」


 俺が適当に答えると、瞳をキラキラと輝かせて俺を見る国王とエリス。


 この親子が『ポンコツ』で良かった。


「シスイ君……僕の≪喪失魔法≫のことを知っているのかい?」


「あぁ。≪喪失魔法≫の使い手が戦場に立ったことで、アスタリオン王国は10年をも間、他国から侵攻されなくなったという噂は聞いていたからな。ただ、その正体がお前だということは、知らなかったがな」


「そう、なんだ……」


 シルヴァは悲しそうな笑みを浮かべて俯いた。


 何故、そんな顔をしているのか気になるが、問題は国王とエリスの背後にいるあの者たちだ。


 俺の適当に考えた答えに納得がいっていないようだな。あの者たちの殺気が物語っている。


「あなた、いい加減にしてください! そんな子供騙しで国王陛下とエリス様を騙せても、私たちに通用すると―――」


「まぁまぁ、落ち着いて」


 俺の嘘に怒りを露わにした水色髪の女を、シルヴァが手で口元を覆い、無理やり制止した。


 水色髪の女は口をモゴモゴし抜け出そうとするが、シルヴァの力の前では成す術もなかった。


 やはり、国王とエリスは何とかできても、あの者たちには通じないか。


 しかし、この女が後で国王に俺が≪魔法≫を使っていると報告しても無駄だ。


 国王は御覧の通り、本気で俺が『反射神経』で攻略し勝ったと思っているからな。


 それはあの女も理解しているだろう。


 その証拠に、水色髪の女は悔しそうに眼鏡越しから俺を睨みつけている。


「ふぁなしてください……! ふぁにもしませんので……!」


「本当に?」

 

 シルヴァの問いに首を縦に振った水色髪の女。


 シルヴァは少し考えたのち、微笑みながらゆっくりと手を離した。


 それから水色髪の女は、俺に向けていた鋭い眼差しをシルヴァに対しても向け、シルヴァはそれに苦笑いして「ごめんごめん……」と謝っていた。


 しかし、この女は先ほど……国王とエリスを小馬鹿にしていなかったか?


「そんな子供騙しで国王陛下とエリス様を騙せても」……と。


 もしかすると、俺とこの女たちの王族に対する印象は、同じなのかもしれない。


 ―――そう思うと、親近感が湧くな。


「お父様、お父様! この真剣勝負は……わたくしとシスイ様の勝利です! シスイ様がわたくしの『専属騎士』になることをお認めになって下さい!」


「う~ん……」


 国王は腕を組み、悩まし気な唸り声を上げた。


「何を悩んでいるのですか! いいから早くお認めになってください! お父様も見ましたよね!? シスイ様の凄まじい反射神経によって勝利を得た感動的な瞬間を!!」


 そうだ、もっと言え。さっさと俺を『専属騎士』に任命しろ。


 何をコイツは悩んでいるのだ。この期に及んで、認めないなどとぬかせば、例え国王であろうと容赦しないぞ。


 激しく国王へ抗議するエリスに俺も心の中で同調していると、「認めても良いのでは、あなた」という女の声が第一訓練場に響き渡った。


 俺たちが声の方へ振り向くと、第一訓練場の入り口から女と男がこちらに歩いてきた。


 誰だ? あの高貴なオーラを纏っている男と女は。


 そう思っていると、シルヴァを含めた白銀の騎士たちは、彼らに向かって敬礼をし、エリスが「お母様……お兄様……」と呟いた。


 あの者たちはエリスの母と兄なのか。


 確かに母親の方は雰囲気は全く似ていないが、エリスと顔が似ている。


 一方、兄の方は国王に顔が似ているが、こちらもエリスと同様、雰囲気は全く似ていない。


 しかし、彼らと国王とエリスを見比べてみると―――見てられないくらい、『王族』としての格の差が明らかだな。


「ヴィオラ、どうして僕がここにいるってわかったの? 僕、君に伝えていないかったよね」


「ふふ……。あなたのことなら、私は何でも知っているのですよ?」


 王妃は王が身に付けているを見て微笑み、国王は「そうなんだ」と間の抜けた声で返した。


 あの笑みを見ていると寒気がするな……。


 穏やかな見た目とは裏腹に実は怖いのだろうか……いや、それだったら国王はもっと委縮しているから違うのだろう。


 すると、王妃とエリスの兄は歩き出し俺の目の前に立った。


「あなたが昨日、エリスを助けて頂いたシスイ様ですね? 国王の代わりとして感謝を申し上げます。本当にありがとうございました」


 王妃とエリスの兄は俺に向かって、綺麗な所作でお辞儀をした。


「礼など必要ない。すでに、この女から頂いたからな。―――それよりも」


 俺は国王に顔を向けた。


「ん?」


「俺はあの国王に、『所詮は魔法の使えない平民』と差別的発言をされ、精神的被害を受けた。感謝よりも謝罪の方を俺は頂きたい。勿論、国王直々のな」


「ちょちょちょちょいぃいいいいッ!! ふっ―――シスイく~ん、あれは違うんだって~ちょっとした冗談じゃ~ん~。あは、あははは―――」


「あなた、エリスを助けて頂いた恩人に差別をするとは……どういうことなのですか?」


 王妃は国王へ振り向かず威圧感のある声で告げると、国王は恐怖の余り「ヒィッ!!」と一国の王とは思えない、何とも情けない悲鳴を上げた。


「こちらへ来てください」


「は、はいッ!!」


 国王は背筋を伸ばし返事をして、王妃の隣に立つ。


「シスイ様に謝りなさい」


「はいッ!! シスイ様のような素晴らしい平民様に対し、大変失礼極まりない差別的発言をしてしまいッ!!! 誠に申し訳ございませんでしたッ!!!」


 直角90度、見事なほど綺麗に頭を上げた国王は、俺に誠意の籠った謝罪をした。


「この程度の謝罪で許していただけるとは思いませんが、どうかシスイ様の寛大な御心に免じて、許していただけないでしょうか?」


 許していただくも何も……俺はここまでしろとはいっていないのだが……。


「………あぁ、許そう」


「ありがとうございます、シスイ様。お優しいのですね……」


 そう言って、王妃は俺に微笑みかける。


 笑顔が怖い……この王妃だけは、敵に回さないようにしないよう心に留めないとな。


「では、シスイ様が許して頂いたことですし……あなた? シスイ様を『専属騎士』と任命することに何か不満はありますか?」


「微塵の『み』の字もありませんッ!! 心の奥底からシスイ様にエリスの『専属騎士』となることを望んでおりますッ!!」


「ふふ……よろしい……」


 未だに頭を上げ続ける国王を妖艶な表情で見下ろす王妃。


 そして、王妃は元の穏やかな表情で俺を見て告げる。


「これからシスイ様には―――『』を行っていただきます」






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