第16話 【シルヴァ・ストライク】

 僕こと“シルヴァ・ストライク”は『無敵』だ。


 そう自覚したのは、五歳の時に『炎』と『喪失』の属性魔法が発現した時だ。


 この世界では、無属性魔法は誰でも後天的に努力さえすれば習得できるが、属性魔法は生まれ持った先天的なもので、基本的に一つしか発現できない。


 二つの属性魔法を発現させただけでも特別なのに、よりよって『無敵』にならざるを得ない、相手の五感を喪失させる≪喪失魔法≫に目覚めてしまった。


 ―――僕は、こんな力なんて望んでいなかったのに。


 普通の人であれば、この≪喪失魔法≫を手に入れたいと望むのだろうけど、僕は望まなかった。


 なぜなら、知らなかったんだ。


 この『力』を手に入れた瞬間―――この世界から『色』が無くなるだなんて……思いもしなかった。


 いや、この表現は語弊があるね。


 正確には、この世界は『無価値』で『無意味』で、色褪せたつまらない世界だということに気がついた、ということだ。


 だって、僕は『無敵』。


 つまり、敵がいない……この世界で僕と対等な存在は誰一人としていないという、永遠の孤独であるという『証明』。


 なら、その事実を知った僕がこの世界と未来に、何もかも諦めて絶望しまう仕方ないでしょ? 


 これからの人生、ずっと一人ぼっちで楽しみなんてものは無いんだから。


 そう思った僕は、『ストライク侯爵家』の嫡男で次期当主であるにも関わらず、『剣術』、『魔法』、『馬術』など『貴族』として必須技術の稽古をサボりにサボった。


 当然ながら、両親や回りの人は僕の≪喪失魔法≫に多大なる期待を寄せていたため、努力せず期待を裏切った僕のことを両親は『お説教』という名のもと罵倒し、回りの人からは『宝の持ち腐れ』と言われた。


 暴力は振るわれなかった。僕に負けることが分かっているからだ。


 だからみんなは、唯一の攻撃手段である『言葉』で僕の心を傷つけようとした。


 まっ、僕にとってそんな攻撃など皆無に等しく、聞き流し無視して、ただひたすら無気力に生きている、穀潰しとしての生き様を貫いた。


 ついには、存在するだけで邪魔な僕に、あれだけ言ってきた両親は諦めたのか、僕に小言や罵倒もせずに『空気』という、存在しない者として扱うようになった。


 僕は嬉しかった。生きているだけでも面倒くさいのに、その上咎められるなんて更に面倒くさい。それが無くなって本当に良かった。



 四年後―――九歳になった僕は少しだけ『色』を取り戻した。



 母が生まれたばかりのを抱っこしているところを、ドアの隙間からこっそり覗いた時のことだ。


 その瞬間、全身に電撃が走ったような衝撃を受けた。


 妹はモノクロではなく、ぼんやりとだけど微かに『色』が見えたんだ。


 それはつまり、僕に近しい力を秘め『僕を孤独にしない』、『僕と同等の存在になる』という存在が、妹だけではなく、まだこの世界にいる可能性があるということだ。


 そう思ったら、僕は妹だけでなく、世界にも少しずつ『色』が見えるようになった。


 そうだ、この世界は広い。身近な所に可能性があるということは、きっと外の世界では僕と対等かつ―――さらに上の高みにいる人がいるかもしれない。


 今まで僕は狭い世界にいたんだ。外の世界にはいるかもしれない。きっと、きっといるんだ。僕と同じような絶対的強者がいるんだ。


 ―――僕は、一人じゃないんだ。


 その翌日、僕は父に「稽古を受けさせてください」と言った。


 すると父は、泣いて僕のことを抱きしめた。


 なぜ、泣いていたのか分からなかったけど、徐々に父が泣いた理由について分かったような気がした。


 それは父だけでなく、母についても同様だ。


 多分だけど、両親は心の底から僕を見捨てたわけではなく、僕を『待っていた』んだと思う。


 僕が、自ら行動する時を。両親だけは、ずっと僕の『味方』だったんだ。嗚咽する父の声を聞いて、そう思った。


 この瞬間によっても、僕の世界は『色』を取り戻していった。


 自分でも徐々に『無敵』という呪いが無くなっていくのを感じた。



 その日以降、僕と両親の関係は修復していった。



 そして母から、妹を抱っこしてみないと聞かれ、僕も抱っこしてみたいと思い、抱っこした。


 ―――抱っこした瞬間、妹はめちゃめちゃ泣け叫んだ。夜中に聞いた、夜泣きよりもはるかに大きく泣いてしまった。


 どうやら原因は、僕のにあるらしい。


 なので僕は、数年振りに表情筋を動かし口角を上げた。


 すると妹は泣き止み、神々しい笑みを僕に向けた。


 瞬間、僕の内なる捻くれた邪悪なものが、全て浄化されていくような感覚に襲われた。


 この時から、何があっても笑顔でいようと決意し、また僕は妹に惜しみない愛情をささげる―――一人の『シスコン』となった。



 ―――六年後。



 僕は15歳となり、父に次期当主となる『継承権』を返上した。


 なぜなら、王国の聖魔騎士となることを目指すために、王都イストニアにある実力者が集まった魔法教育の最高機関である『ユベル魔法学園』に進学するためだ。


 父を説得するのは大変だった。


 だけど、『強者に出会いたい』、『高みの世界を見たい』という僕の強い気持ちに負け、苦渋の末に僕の『夢』を尊重し応援することを選んでくれた。

 

 幸いにも、家督を継ぐ、腹違いの弟たちがいたから、父は決断できたのだろう。


 そんなわけで、いざ進学して学園生活を送ったわけだけど……『色』の見える者はいなかった。


 でも、これは予想の範囲内だ。僕にとっての本命は、聖魔騎士となり戦場で戦う者たちだ。


 その中に、僕の『渇望』を癒してくれる―――強い『色』を持つ者がいる。


 その希望を抱いて学園生活を送っていたため、前のように絶望し無気力になることは無かった。



 ―――はず、だったのだが。



 僕は3年間、主席のまま学園生活を終え、それと同時に王国聖魔騎士団に入団し念願の聖魔騎士となった。


 嬉しかった。妹の『色』と『笑顔』を見た時と同じぐらいに。


 やっと、戦場に立てる。やっと、本物の強者に出会える。やっと、僕は『孤独』ではなくなる。


 しかし、そんな僕の願いを真っ向から否定する世界が……僕の目の前に広がった。


 僕は前線に立ち≪喪失魔法≫で敵軍の五感を喪失させると、どいつもこいつも発狂し味方に向かって≪魔法≫を放った。


 それを見て、敵軍の部隊長は『慌てるな、冷静になれ! 無暗に≪魔法≫を放つな!』と叫んだ。


 僕は頭が悪いなと思った。格好の的となるだけだからだ。


 どちらをとっても彼らは、僕の≪魔法≫によって詰んでいるため、後は適当に仲間に≪魔法≫を撃たせて、完膚なきまでの勝利を得た。



 それからだ―――本当の地獄が始まったのは。



 僕はいくつもの戦場で活躍をし続け、入団してから僅か半年で失われた火星ロスト・マーズ騎士団という名の騎士団の団長になっただけではなく、僕という存在を恐れた他国は、アスタリオン王国に戦争を仕掛けて来なくなったのだ。



 ―――



 結局、僕は『孤独』だった。


 誰一人として、僕より高みに立つ人間がいない。『対等』な人間さえいない。


 やっぱり、この世界は―――つまらなくて、色褪せた世界なんだ。


 その事実を再確認した僕は……再び、世界から『色』が完全に消えた―――


 と、思っていた。


『玉座の間』に、ある男の子が入ってくるまでは。


 彼からは……彼の回りだけは、今まで見たこと無いほど、鮮明に『色』がハッキリとしていた。


 一体、彼は何者なんだ? どのくらい強い? 僕と同等? それとも、それ以上?


 ―――早く、戦ってみたい。


 彼に対する興味で頭が一杯になった。


 彼が通り過ぎても尚、執拗な視線を送ってしまうほどに。


 そんな戦意で満ちている僕に、一生に一度であろうチャンスが訪れる。


 僕はそのチャンスを逃さなかった。王族親子の折衷案として、彼と正式に戦うことに成功したのだ。


 あぁ、不審者くん……簡単にやられないでくれよ……僕をもっともっともっと楽しませて……どこまでも長く戦い合おう。


 ―――一瞬で、僕に負けるだなんて……ダメだよ。


 そう思って、戦いに臨んだ結果―――


「僕の、負けだ……シスイ君」


 僕は完全敗北した。人生で初めての敗北。しかも、一瞬。一瞬で負けた。


 止めを刺そうとした瞬間に。


 本当に何者なんだ? シスイ君は。何をしたのか、全く分からなかったけど……。



 ―――≪魔法≫を発動したのは分かった。



 いや、それよりも……負けるって……こういうことなんだ……。


 ―――凄く、悔しい。


 だけど、何処か清々しい気持ちにもなって……。


「ふふ……。何処か……変な感覚かも……」


 そう青空に向かって微笑むと、足音が聞こえ、やがてシスイ君が僕を見下ろした。


 それからシスイ君は、無言で僕に手を差し出した。


 意外だな……こういうことするんだ……。


 そんなことを思いながら掴むと、シスイ君は僕を引っ張り立ち上がらせてくれた。


 「ありがとう、シスイ君」


 僕は長年磨き上げた、爽やかスマイルをシスイ君に見せると、仮面で顔は見えないけど……ジト目で見られているような気がした。


 あれ? 前々から思っていたけど、シスイ君って僕の笑顔……避けている?


 次の瞬間―――その答えが分かった。


「……お前のニヤけ面」


 ―――気持ち悪いぞ。


「えっ?」


 一瞬、予想外な言葉に驚いたけど、段々とシスイ君が僕の笑顔に対して、どんな印象を持っていたのか理解した。


 あぁ……シスイ君から見た僕の自慢の笑顔は……ただただ、気持ち悪いだけなんだ……少し悲しいかも……。


 そう落ち込んでいると、僕たちに駆け寄る複数の足音が聞こえた。


 



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