第15話 決闘【後編】

「左だ」


「クッ……!」


 シスイの声に反応したシルヴァは、紙一重でシスイの斬撃をロングソードで防いだ。


 そこからシスイは攻撃をする前に、右、下、左斜めなど、次に攻撃する場所を教えてから斬撃を繰り出し、シルヴァは先ほどと同様に必死に食らいつきシスイの攻撃を防いだ。


 また、こんな奇妙な一場面もあった。


「……どこにいる」


 シルヴァが剣を構え辺りを見渡すと、


「―――目の前だ」


「うわぁあ!」


 いつの間にか正面に立っているシスイに対して、シルヴァは大きく悲鳴を上げた。


 なぜ、シスイがこんな大胆な行動ができたのとかというと、シスイはシルヴァを翻弄し続けたことで、それを利用し裏をかけると判断したからだ。


 しかし、シスイは驚くシルヴァのことなどお構いなしに斬りかかり、シルヴァは顔を歪めながらも辛うじて剣を使い防いだ。


 それから再度、一方的に攻めるシスイと、反撃もできずただ防御に徹するシルヴァという構図の攻防が繰り広げられた。


 だが、その攻防は突然に終わりを告げる。


「―――真上だ」


「!」


 シスイの真上からの振り下ろされた斬撃を、シルヴァは真上を見て目を見開き、大きくバックステップで避ける。


 シスイは斬撃が地面に当たる寸前に腕を固め、それによって風圧が生じ砂埃が立った。


(どうして……不審者くんは……わざわざ僕に攻撃するところを教えるのだろうか……一体、何を考え―――)


「何故、俺が攻撃をする場所教えるか疑問に思っているようだな」


 立ち上がりながら告げるシスイに、シルヴァは驚愕するが、すぐに元の表情に戻る。


「……うん、確かにその通りだよ。だって、君が何も言わずに攻撃をすれば、勝利できるのに『どうして?』って、疑問に思うのは当たり前のことじゃないかな?」


「………」


「だから、それを承知の上で聞くよ。―――君は、どうして教えてくれるんだい?」


 シスイはその問いに「単純だ」と告げ、


「―――お前が、からだ」


 ≪アカツキ≫の切っ先をシルヴァに向け言い放った。


 瞬間、第一訓練場にいる全員に緊張感が走った。


(その通りです、シスイ様。シルヴァは全力など何一つ出してなどおりません)


 エリスは険しい表情で、拳を強く握る。


「全力? どういうことだい?」


 とぼけるように言うシルヴァに呆れたシスイは溜息を吐いてから口を開く。


「……俺はお前の実力を知るために、攻撃を仕掛けず観察していた」


「………」


「あの女があれほど言っていたからな、シルヴァの≪魔法≫は危険で戦ってはいけないって……。流石の俺でも『ポンコツ女』と言えど、その忠告は頭に入れる……」


 だが、と一度区切り、シスイは言葉を続ける。


「蓋を開けてみればどうだ? お前は大したことのない≪魔法≫で攻撃するばかり……。だから俺は、お前に全力を出させるために、敢えて俺が攻撃するところを教えた」


「………」


「そうすれば、お前が本当の力を見せると思ったからだ。しかし、お前は未だに真の実力を発揮していない。いい加減、俺は我慢の限界なんだ……さっさとお前の真の力を俺に見せてみろ」


「………」


 シルヴァは顔を俯かせ、第一訓練場には沈黙が流れた。


 しかし、その静寂はすぐに、ある声によって切り裂かれる。


「アハハ……アハハハハハハハハッ!!!」


 シルヴァは助走を付けるように笑い、徐々に顔を上げついには高笑いを青空へ放った。


「ハァ……うん、ご名答。その通りだよ、不審者くん。僕は全然本気を出していない」


「………」


「だから、お望み通り―――」


「シスイ様ッ!! 避けてッ!!」


「これから僕の全力をッ!! 君に見せてあげるよッ!!」


 身を乗り出し叫ぶエリスに、凄まじい形相で左手を前に出すシルヴァ。


「いくよッ!!―――≪ロスト・ファイブセンス≫ッ!!」


 シルヴァがそう唱えると、シスイの頭上から漆黒の魔法陣が現れ、そのままシスイの身体を通って地面へと降りた。


(急に目の前が真っ暗に……いや、それだけではない。≪アカツキ≫を握っている感覚も無く、耳から何も聞こえない。何となく薄々勘づいていたが……。まさかアイツが、五感を失わせると言われる、≪喪失魔法≫を使う噂の聖魔騎士だったとは……正直驚いた……)


 シスイは≪アカツキ≫を握っている感覚は無いが、実際には握っている。


 そこが、シスイの恐ろしい所だ。


 常人であれば、五感を失ったと同時にパニックになり無意識のうちに自身の武器を落としてしまう。


 しかし、シスイは五感を失う前の自分を維持している。


 ―――では、何故か。


 それは、常にシスイが冷静沈着であるという強靭な精神力に加え、五感は失っているが、今の自分は≪アカツキ≫を握っているということ認識を、脳を経由せず潜在意識のみで理解しているからだ。


 そのため、シスイは依然として≪アカツキ≫を手放さず、立ち続けることができたのだ。


 そして、シスイの人間離れした有り得ない芸当を目の当たりにし、シルヴァは酷く驚愕し狼狽えた。


(バカな! この≪魔法≫を使ったら、みんな武器を落としたり、パニックになって味方を攻撃したりするのに、なぜ君は普通に立っているんだ! おかしいでしょ!……まさか、≪魔法≫が通用しない、なんてことはないよね……今すぐ確認しないと!)


 シルヴァは騒めく気持ちを抑え、何とかいつものニヤけた笑みを貼り付けた。


「こ、この≪魔法≫は≪喪失魔法≫と言って、対象者の五感を失わせることができるんだ。……って、聴覚も失われているから聞こえるわけないか。……ごめんね?」


「………」


 無論、シルヴァの≪喪失魔法≫によってシスイが反応することは無く、シルヴァの荒れた心の波音は、静かで安らぎのある“安堵”へと一変する。


(はぁ~、どうやらそういうわけではないようだ。安心したよ……僕って意外と、イレギュラーな事態に弱いんだな。ありがとう、不審者くん。僕に新しい発見を教えてくれて……あっ、これは流石に皮肉が過ぎるか。でもまぁ、不審者くんも頑張ってはいたけど……僕の勝ちは、決まったね)


「シスイ……様……!」


 シスイが五感を失っていることを確認し、勝利を確信したシルヴァと、敗北を確信し顔を俯かせ大粒の涙を流すエリス。


(もう…ダメです。あの≪魔法≫をまともに喰らったシスイ様では……どうすることもできません。わたくしたちの負け……そしてこれは……シスイ様との永遠の別れ……別れ?)


 エリスは自身の言葉に引っかかる部分があったのか、顔を上げハッとする。


「永遠の別れ? そんなの嫌です……」


「エリス……あの不審者くんの負けは決まったも同然だ」


 国王は虚ろな瞳で呆然とシスイを見ているエリスの肩に手を置く。


「嫌です……動いてください……シスイ様……」


「だから! あの不審者くんはもう―――」


「動いてくださいッ!! 勝ってくださいッ!! ねぇッ!! ねぇったら、シスイ様ッ!!」


「! 落ち着きなさい、エリス!!」


 更に身を乗り出し、手すりから飛び降りてシスイの所へ向かおうとするエリスを必死に抑える国王。


「アハハッ! 無駄ですよ、エリス様! 彼は動くことも、勝つこともできない。……敗北は、もう決まっているのですよ?」


 そう言ってから、シスイの元へゆっくりと歩くシルヴァ。


 いよいよ、シルヴァが止めを刺すと思ったエリスは「ウゥッ!!」と呻き声を出しシスイに向かって必死に手を伸ばす。それを全力で国王は抑える。


 ついに、シルヴァはシスイの目の前に辿り着いた。


「さぁ、これで終わりだ」


 シルヴァは左手を前に出し、シスイの顔面の前に赤い魔法陣が現れる。


「バイバイ、不審者くん。楽し―――えっ?」


 シルヴァが≪フレイムランス≫を発動しようとした瞬間、シルヴァの体が宙を舞った。


「おい……嘘だろ……はっ?……どうしてシルヴァが……吹っ飛んでるんだ……」


「そんな……あり得ない……彼は一体……何をしたのですか……?」


 観客席にいる全員が信じられない光景を目の当たりにし、驚愕の余り声を出せずにいたが、紫髪の男と水色髪の女は自身の心境を吐露した。


 だが、そんな中一人だけ国王に羽交い絞めにされながら、うっとりと微笑むエリスがいた。


(あぁ……やはりあなたは……わたくしを……のです……シスイ様……)


 そしてシルヴァは、地面に体が打ち付けられる間―――宙に舞う直前に見た光景について思い返していた。


(一瞬だけ……ほんの一瞬だけ……あの不審者くんの体が……ような気がした……まさか彼は―――)


 ドス……。


 シルヴァは仰向けに全身を広げて倒れ、視界には澄み切った青空が広がった。


 そしてシルヴァは「ふふ……」と微笑み、こう呟いた。


「僕の、負けだ……」


  ―――君。

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