第14話 決闘【前編】

 翌日の正午―――第一訓練場。


 その中央では、ある二人の男が向かい合っていた。


「今日は、お互い大変だけど……よろしくね」


「……あぁ」


 ―――シスイとシルヴァであった。


 シスイはエリスの代理人として、シルヴァは国王の代理人として決闘をする。


 シスイが勝てば、エリスの『専属騎士』となり、シルヴァが勝てば、シスイはアスタリオン王国の一切の立ち入りを禁ずる、という約束の元、敗者は絶対的に受け入れなければならない戦いだ。


 無論、この決闘を見届ける者たちがいた。


「シスイ様!! 絶対に…ぜ~ったいに!! 勝ってくださいね!!」


「シルヴァ!! 絶対に不審者くんに負けちゃダメなんだからね!! 許さないからね!!」


 第一訓練場の上段に設置されている観客席から身を乗り出し、大声でプレッシャーをかけてくるエリスと国王がいた。


 また、その二人以外にも『玉座の間』にいたアスタリオン王国聖魔騎士団の団長ら全員が観客席に散らばりながら座っていた。


 団長らは観客席から見下ろしながらこう思っていた。


(勝負をしなくとも、シルヴァの勝利が決まっている)


 団長らはシルヴァの勝利を疑いもしないだけでなく勝利を確信していた。


 ―――心の底から。


「どうする? 国王陛下たち、スゴく血走った目で声援を送って来てるけど……始める?」


「どっちでもいい、好きにしろ」


(あれを声援だと思っているのか、コイツは。どう見ても脅迫だろ)


 ニヤけながら尋ねるシルヴァに適当に返すが、心の中で静かにツッコむシスイ。


 だが、シルヴァの変わった受け取り方よりも、シスイはシルヴァの瞳に宿る“何か”に意識が向いていた。


(この男…昨日よりも戦いへの執念が高ぶっているように見える……。余程、戦いに……いや、強者に飢えているのか……。まぁ、その気持ちも分からなくも無いが……いざ自分に向けられると……面倒だな)


 シスイは共感すると同時に、心の疲労が蓄積された。


「それじゃあ……そうだね、始めるとしようか」


「分かった」


 シスイとシルヴァは互いに背を向け距離を取り、ある程度、距離を取った両者は振り返り対峙する。


「………」


「………」


 両者の間に沈黙が流れ、その静かさが緊張を生み出し第一訓練場に広がる。


 それが伝わったのか、先ほどまで騒いでいたエリスと国王が固唾を呑んだ。


 そして、シスイが腰に携えている≪アカツキ≫に触れた瞬間―――決闘が始まった。


「≪フレイムランス≫ッ!」


 シルヴァがロングソードを持っていない左手を前に出すと、その手から赤い魔法陣から、炎を纏った槍が現れた。


 しかし、シルヴァはまだ攻撃を始めなかった。


「≪回転スピン≫ッ!」


 シルヴァが≪無属性魔法:回転スピン≫を唱えると、槍がドリルのような音を出しながら横に高速回転をした。


「≪発射ショット≫ッ!」


 そう言うと、槍が放たれ凄まじい勢いで砂埃を立てながらシスイの顔面に襲い掛かる。


(さて、僕の≪フレイムランス≫を不審者くんはどうするのかな……)


「行け!! そのまま仮面ごと貫いちゃえ!!」


「避けてください!! シスイ様!!」


 シルヴァが期待しながらシスイを見ていると、国王が野次を飛ばし、エリスはシスイに避けるよう叫んだ。


 しかし、シスイはエリスの催促など無視して、避けることも無く、≪アカツキ≫を手に取るわけでもなく、ただ迫りくる≪フレイムランス≫を見ていた。


 そして≪フレイムランス≫がシスイの顔面に辿り着きそうになると―――


「うぉ……!」


「シスイ様っ!!!」


 国王が口をすぼめ勝利を確信した声を漏らすと、エリスの腹の底からの叫び声が、第一訓練場全体に広がった。


 そして、その直後に―――


「えっ? う、嘘でしょ……」


 シスイは瞬時に半身を横にずらし、≪フレイムランス≫を素手で掴み取った。


 その光景が信じられないのか、国王は驚愕の言葉と共に目を見開いてシスイを見ていた。


 だが、それとは対照的に、団長らの顔色は何一つ変わらなかった。


 つまり、この展開は彼らにとって想定の範囲内ということだろう。


「ふぁ~~~~!! 流石です、シスイ様っ!!」


 パーッと瞳を輝かせてエリスはシスイに向かってパチパチと拍手をした。


(へぇ……やるね。だけど君は―――)


「お前は」


 シスイは掴み取った槍を持ち換え、矛先をシルヴァに向ける。


「―――この程度なのか」


「………!」


 シルヴァは自身が紡ごうとした言葉をシスイに言われ、ニヤけ面を保ちながら動揺の色を見せる。


 しかし、そんなことなどお構いなしにシスイは、大きく槍を振りかぶり―――先ほど受けた仕返しとして、シルヴァの顔面目掛けて放つ。


 放たれた槍は、シルヴァの勢いを遥かに凌駕し、シュンという音を置き去りした音の後には、ゴゴゴと地面の表面が抉られる音が響いた。


「クッ……!」


 シルヴァは辛うじて、シスイの放った槍を視認し首を動かして躱したのだが……。


 ドカーンッ!!


 それによって、その先にある第一訓練場の観客席を穿ち大破した。


「しゅ、修繕費が……」


 大破された観客席を見て、国王は口をぽかんと開けながら気絶へと至った。


 しかし、そんな国王を誰もが無視し、戦いの続きに注目していた。


「あははっ! 本当に凄いね、不審者くん!」


「………」


 シルヴァは大破された観客席を見てから、シスイに笑みを向けるが、シスイは当然の如く無視する。


 そんなシスイを見てシルヴァは「あ、あれ?」と苦笑いをすると、いつもの余裕を感じさせるニヤけ面へと表情を戻した。


「それじゃあ、少しばかり……踊ってもらおうかな……」


 シルヴァは左手を前に出すと、今度はシスイを覆うように赤い魔法陣がいくつも現れ、その魔法陣のドームの中にシスイは閉じ込められた。


「―――舞い踊れ! ≪アンリミテッド・フレイムランス≫ッ!!」


 そう唱えると、赤い魔法陣から無数の≪フレイムランス≫が放出され、シスイを全方位から襲い掛かる。


 ドーム状に覆われた魔法陣の中からは砂埃が蔓延しており、シスイの姿は見えなかった。


 それ見て、どんな時でも笑顔を絶やさないシルヴァが、口角を下げ悲しい顔になる。


(もう、これは決着かな。この攻撃に逃げ場なんて無いから、いくら不審者くんが凄まじい身体能力を有していたとしても、避けることはできない……命中することは必至。寂しいけれど……僕の勝ちだ)


 続いてシルヴァは、落胆の含んだ溜息を漏らし俯く。


(僕の見込み違いだったのだろうか……彼の力に引き寄せられた僕の勘が……。きっと、彼なら僕の渇きを癒してくれると信じていたのに―――正直がっかりだ……)


 そうシルヴァが諦めかけようとした瞬間、


「―――だから、さっきから言っているだろう」


 そんな声と共に、次々と赤い魔法陣が斬撃により、バリンッと音を立てながら割れる。


 すると、砂埃が徐々に流れていき、やがて人影が見えてきた。


(あぁ……そうだよね? 君はこんな……つまらない人間じゃ……ないよね?)


 シルヴァがその人影を見ながら、いつもの爽やか笑顔との全く正反対の醜悪で歪な笑みを浮かべる。


 そして砂埃が完全に晴れ、そこに現れたのは―――


「お前は、この程度なのかと」


≪アカツキ≫を手に持ち、何一つ傷を負っていないシスイの姿が現れた。


「きゃ~~~~っ!!! シスイ様~~~~っ!!」


「ハッ! 修繕費……っじゃなくて、突然どうしたのエリス?」


 砂埃から現れたシスイの姿が『英雄』かのように映ったエリスは、ただのファンと化し、両手を前に出し全力で横に振りながら、シスイに己の愛を伝えていた。


 一方、エリスの騒音の如き叫び声で、気絶していた国王が目を覚まし、キョトンとした顔で愛娘を見ていた。


「スゴいよ……スゴいよッ!! 不審者くんッ!! それでこそ、僕が見込んだ男だッ!!」


「そうか」


 シルヴァはとても興奮した様子ではあるが、シスイにはそう言った様子は無く、依然として冷静沈着であった。


「……では、今度は俺から行かせてもらおうか」


 そう言った直後、シスイは音も残像すらも無く姿を消し、その場にあったのは右に流れる砂埃だけであった。


「「「き、消えた!!」」」


 決闘を静観していた団長らが一斉に観客席から立ち上がった。


(消えた! 一体に何処に!)


 シルヴァは剣を構えながら目を動かし、シスイを探した。


「―――左だ」


 シルヴァの左耳からシスイの声が聞こえた。






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