第13話 毒舌メイド

 早速俺は準備をするために、バルコニーへ向かった。


 エリスに案内された時では、綺麗な夕焼け空が見えたが、今は夜へと変わるところにまで差し掛かっていた。


 実は先ほど、エリスに『ここから見える景色はどれも素敵ですが、一番のオススメは夜に輝く星空です!』と、宣伝されたため、俺はここで≪アカツキ≫の手入れをしようと考えていた。


「いつもは寝る前に手入れをしていたが、明日は勝負の日だからな……しっかりと睡眠を取らなければ」


 そう言った理由で、普段より早い時間に手入れをしている。


 それに手入れが終わる頃には、今の夕焼け空から綺麗な星空が広がっているだろう。


 俺は胡坐をかき、≪アカツキ≫を太ももの上に乗せる。


 それから、漆黒のローブの内側に手を入れ、手入れをするための道具を取り出す。


 この漆黒のローブは、姉さんが手作りしたものであり、内側には≪収納魔法≫が仕込まれているのだそうだ。


 我が姉ながら、非常に便利な≪魔法≫を付与してくれた。

 

 おかげで、俺は≪アカツキ≫を腰に差すだけで、手ぶらの状態で旅をすることができる。


 そうして俺は、≪アカツキ≫から鞘を取り出し、手入れを始めた。



「……完璧だ」


 俺は≪アカツキ≫の刀身を隅々に観察し、完璧に手入れできたと判断した。


 視線を≪アカツキ≫から外し、上を見上げると―――そこには、満天の星空が視界いっぱいに広がった。


「綺麗だな…あの星たちは……」


 思わず、そう呟くほど、俺は手を伸ばしても届くことのない、あの光に心を奪われた。


 エリスの言った通り、素晴らしい景色だな、これは。


 このアスタリオン王国に来て良かったと、初めて思うことができたのだが……。


「……この星空を見ることができるは、後3、4ヶ月しかないのか……惜しい気持ちになるな」


 俺は星空から視線を逸らし俯くと、俺はもう少しだけアスタリオン王国にいたい、という気持ちが芽生えてしまった。


 しかし、俺にはそうすることができない。目的があるからだ。


 その優先順位を変えるつもりはないし覆ることもない。


 ―――この星空みたく、どんなに美しいものを見たとしても。


 いや……きっと、この場所以外にも綺麗な星空が見える所があるはずだ。


 もしかすると、ここよりも勝る景色かもしれない。


 そうに違いない。世界はこんなにも広いのだからな。


 そんな期待を寄せながら、俺は≪アカツキ≫を持ち、星空へと掲げる。


 瞬間、星空を見て感動していた気持ちが、更なる感動へと塗り替わっていった。


 ―――≪アカツキ≫の刀身に照らされた、月光に魅入られて。


「本当にお前は……綺麗だな……」


 普段も≪アカツキ≫に向かって言っているのだが、今日はより気持ちを込めて言葉にしているのが自分でも分かった。


 なぜ、こうしているのかというと、純粋に≪アカツキ≫が喜んでいるような気がする……ただそれだけだ。


 深い理由はない。


「―――何、刀に向かって語りかけてるの?」


 突如として、頭上から声が聞こえて来た。


 俺は≪アカツキ≫を下げ、そちらを見ると―――メイド服を着た青髪の少女が、俺を無表情な顔かつ引いた目で見下ろしていた。


 ……全く気配を感じなかった。


 この女、いつからそこに―――。


「いつからそこにいたんだ、って聞きたそうね」


「………」


 思考を読めるのか? 


 いや、俺の頭の中に浮かんだ疑問は定石なものだから普通に思いつくか。


 特に、この女が凄いという訳でない。


 頭の回転が少しばかり、キレるというだけのことだ。


「君がその刀をお月様に重ねている時よ……そしたら突然、刀に向かって話すものだから、凄く気持ち悪かったわ」


 青髪の女は引いた目から侮蔑の目へと変わり、吐き捨てるようにそう言った。


 この女、俺はまだ何も言っていないのに、勝手に話し始めたぞ。


 何より無視できないのは、言葉遣いが悪い。


 もう少し、人の立場になって物事を考えてから発言することを心掛けた方がいい。


 まぁ、初対面の人間に、そんなことを教えるつもりは毛頭ないがな。


「そうか、それで何の用だ」


「……夕食を運びに来たわ」


 俺が青髪の女の毒舌をスルーして、聞きたいことを尋ねると、女は俺の態度が気に食わなかったのか、不満気な声で『客室』に来た目的を話した。


 もう夕食の届く時間だったのか。


 どうりで、さっきから腹の虫が鳴っているわけだ。


 俺は≪アカツキ≫を鞘に収め、それを腰に差しながら立ち上がった。


「これから夕食を食べる。お前はさっさと出ていけ」


「いえ、出ていかないわ。まだ話があるもの」


 俺が青髪の女の横を通り過ぎると、背後から呼び止めの声を掛けられた。


 振り返ると、月の光に照らされた青髪の女は、無表情だが俺に対して、深い怒りを瞳に宿していた。


 ん? この女とは初対面で、怒りを向けられるような事などしていないのだが……何故だ? 


 スルーしたことを……いやしかし、それだけでは、ここまでの怒りを向けられない。


 理由が分からないな……全く。


 そう思考を巡らせていると―――


「君、したよね」


 冷ややかな声で、青髪の女は告げた。


「お祖父ちゃんに酷いこと、だと?」


 俺がそう尋ねると、青髪の女は頷き肯定した。


 まさか……この女の言うお祖父ちゃんとは……。


 俺はその人物に心当たりがあった。


「……あの老人……のことか?」


「えぇ、そうよ」


 それはそうだ、そうに決まっている。


 俺が今日、会ってきた人の中で、お祖父ちゃんと呼ばれるほどの老人は“キュリオス”以外思いつかない。


 そして同時に、この女が俺に対していかる理由も理解した。


 ……が。


「確かに俺は、あの老人の手を少しだけ強く握り、酷い事をしたのかもしれない。だが、あの老人の方がよっぽど酷いことを……いや、そんなレベルでは済まされない。―――俺を、殺そうとしてきたのだぞ。怒りを向けるのは、筋違いだと思うのだが」


「いいえ、筋違いなんじゃないわ」


 青髪の女は、俺の正論を真正面から否定した。


 この女……自分が何を言っているか、分かっているのか?


 たかが、手を強く握って痛めつけたことより、殺そうとする方が悪くないとは、とんだ暴論だぞ。


 ―――狂っているとしか、言いようがない。


「明らかに筋違いだろう……。お前の理論に乗っ取ると、殺そうとする人間より怪我をさせる人間の方が罪深い……そういうことになってしまうが」


「? 君、何を言っているのかしら? どう見ても、殺そうとする方が悪いし罪が深いに決まっているわ。頭おかしんじゃないの?」


 青髪の女は小首を傾げて、キョトンとした顔でそう言った。


「………」


 この女には、何を言っても無駄だ……。さっさと追い出さなければ……こちらの疲労が溜まるだけだ……。


 そう思って女のことを見ていると、女は再び元の無表情に戻った。


「君は……私たち『トルーラ家』の使命を、生きがいを奪ったのよ」


「俺が奪った、だと?」


 俺が尋ねると、青髪の女は頷いて『トルーラ家』について説明を始めた。


「―――と、いうことよ」


「………」


『トルーラ家』とは、『アスタリオン王家』に絶対の忠誠を誓った、暗殺と諜報活動を専門とする一家で、あの老人―――キュリオスは、その一家の現当主で、この女はキュリオスの孫で、次期当主候補である“マリカ”だということを話した。


 マリカとキュリオスが、俺に怒りを向けていた訳は―――俺がエリスを助けたことだ。


 つまり、『トルーラ家』の言う、使命や生きがいというのは、主のことを何が何でも自らの手でお守りすることらしい。


 そして俺は見事、それを奪ってしまったということだ。


「それじゃあ、私はもう行くわ」


 それだけ言って、マリカは俺の横を通り過ぎるが、その後「あっ、そうそう」と言い、俺の方へ振り向いた。


「君、お祖父ちゃんの抹殺対象に入っているから、ぽっくり殺されないように用心してね」


 するとようやく、マリカは『客間』を後にした。


 それを見届けて、俺は「はぁ~~」と、深く溜息を吐いた。


「厄介な奴しかいないのか、この王国は……全く、面倒だ……」


 滅多に言わない愚痴をこぼし、仮面とローブを脱ぎながら部屋の中に入る。


 それから、脱いだものを適当にソファーに置き、不審者コーデから解放された姿で夕食を取りに向かう。


「―――切り替えよう。明日のために、作ってくれた人のために夕食を食べよう」





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