第12話 一喜一憂
「………」
「………」
俺は今もエリスに引っ張られながら、長い廊下を歩いていた。
無言まま、早足で。
すると突然、エリスは立ち止まった。
「……進まないのか?」
「………」
俺がそう尋ねても、エリスは返さず沈黙の時間が流れた。
そしてようやく、エリスは口を開くが―――
「シスイ様は……何も……聞かないのですか?」
それは、余りにも弱々しい声だった。
「………」
おそらく、エリスが聞いているのは、先ほどの国王との会話のことだろう。
しかしこれは、親子の問題だ。
赤の他人である俺に関係は無いし、首を突っ込むべきではない。
―――エリスと国王が解決することだ。
なので、
「―――聞く必要が無い」
俺自身の本心を伝えた。
本来であれば、嘘でも『話を聞かせてくれ』と、親身に接したり話に耳を傾けたりした方が良いいのだろうが、お生憎様。
今の俺は、誰かさんたちのせいで、途轍もなく疲れているため、お前の事情を聞くのは非常に面倒くさい、拒否する。
「聞く必要が無い……ですか?」
俺の言葉に何か引っかかったのか、こちらへ振り返るエリス。
その顔には、最後に見た悲痛な面持ちではなく、キョトンとした顔が見えた。
「あぁ、お前の事情など―――俺には関係の無いことだからな」
「わたくしの事情など……関係無い……」
「ハッキリ言って、どうでもいい」
「どうでも……いい……」
何をこの女は、オウム返しをしているのだ?
傍から見たら、俺がお前のことを『洗脳』している―――危ない奴みたいではないか。
止めて欲しいのだが。
それからエリスは俯き、ぶつぶつと独り言を呟きながら、思考を巡らせているようだ。
そしてゆっくりと顔を上げ、ついには―――
「そうですよね! シスイ様!」
突拍子もなくエリスは大声を出し、太陽のような眩しい笑顔を俺に見せる。
相変わらずうるさいな……。
しかし、何が分かったのか、全く分からないが……。
「あぁ」
取り敢えず、適当に相槌を打っておこう。
こうすれば、余計な労力を払わずに済むからな。
「それでは、行きましょ! シスイ様!」
またも俺は、エリスに引っ張られた。
しかも、今度は駆け足と来た。以前の歩いたままの方が俺は良いのだが……。
「あははっ!」
振り向きざまに、この女の屈託のない笑顔を見てしまったら……。
俺は小さく、口角を上げ笑みを浮かべた。
止める気も失せるな。
まぁ、元の元気でうるさい女に戻ったようで何よりだ。
―――暗い雰囲気は似合わないからな、この女には。
そう思いながら、無駄な抵抗をせずエリスに引っ張られ続けた。
そして、『客室』に辿り着き中へと入った。
のだが……。
「……広くないか」
そんな感想を言葉にするほど、ここは巨大……というのは過剰表現だが、そう感じるほど俺は圧倒されている。
……俺と姉さんが住んでいた平屋が、ちっぽけに見えるな。
何か……少し腹が立つな、と何故かわからないが俺は悔しい気持ちになった。
おそらくだが、『貴族』との生活水準の差に悔しさを抱いたのだろう。
話は変わるが普通、広い空間だと掃除が行き届かないと思うだろうが、どの家具もどこの床も窓ガラスから入る光に反射しピカピカとしている。
それだけ、完璧に掃除が行き届いている。
やはり、この王国の王族が役立たずな『ポンコツ』で、仕える者によって成り立っているのでは……。
そう思ったら、先ほどの悔しい気持ちが何処かへ消えていったな。
「ふふ……」
背後へ振り返ると、エリスの微笑みながら俺を見ていた。
「シスイ様、他にもお部屋がありますので、見に行きましょうか」
俺はエリスに風呂場とバルコニーなど案内をされた。
風呂場は城内にあるマジックアイテムによって、温かい風呂だとエリスに説明を受けた。
衝撃だった。俺は今まで薪をくべて風呂焚きをしていたからな。
こんな便利なものがあるとは知らなかった。
この世界では、まだまだ知らないことがたくさんあるのだな。
そして、最後に案内されたのは寝室だった。
「こ、ここが寝室です……」
「あぁ」
小声で恥ずかしそうに言うエリスに、適当な返事をしてから俺はベッドの方へ近づいた。
ベッドが大きいな、半分くらいの大きさで俺は良いのだが。
すると―――
「うふ……こ、ここがわたくしとシスイ様の……うふ、うふふ……」
背後から歓喜? のような震えた声が聞こえ、振り返るとそこには、薄気味悪い笑みを浮かべているエリスがいた。
一体、何を気持ちの悪い笑みをしているのだ? この女は。
そう思った、次の瞬間―――
「だ、ダメですエリス! そんなはしたない事を考えては……! わたくしたちの『愛』は尊く温かいもので、爛れたものになどしてはいけません! しっかりなさい、エリス!」
エリスは両手を頬に当てながら、首を横に大きく振っており、自分自身に怒り始めた。
……本当に、何なんだ?
情緒が安定しないにしても、あれほどにまでなるか?
―――いや、この女ならあり得るか。
何故かそう、妙に納得をしてしまった。
この女の変人っぷりを目の当たりにして来た、一人の人間として。
……というか、いい加減にしないと、そろそろ我慢の限界なのだが。
「おい」
「ハッ! も、申し訳ありません、シスイ様!」
俺が一声かけると、エリスは目を見開き勢いよく頭を下げた。
それを見て俺は、溜息を一つ零した。
「はぁ……。部屋の案内は済んだのだから、お前は出ていっていいぞ」
「わ、わかりました……」
エリスは下げていた頭を上げ、寂し気な表情で俺を見る。
「で、では……失礼します。ご夕食の時間になりましたら、またお伺いしますね?」
「いや、夕食はこの部屋に持って来てくれ」
俺がそう言うと、エリスはより一層寂し気な表情になる。
「どうして……ですか?」
「夕食は……多分だが、お前だけでなく、他の王族も一緒なのだろう?」
「はい……お父様やお母さま、そしてわたくしの兄妹たちもご一緒します……」
やはりな。
「なら、余計にダメだ。今日の一件で、俺は国王に嫌われているようだからな。一緒に食事をすることは、国王を不快にさせるから止めた方がいい。俺は遠慮して、ここで食事を取る」
「そ、それはっ……!」
エリスは反論したいようだが、俺の言っていることが間違っていないため、悔しそうな顔をして俯く。
食事に誘ってくれるのはありがたいが、この仮面をお前たちの前で外すわけにはいかない。
流石に今日一日で、二つの言い付けを破るなんてことはできないからな。
まぁ、だからといって、一つだけなら破ってもいいわけではないが……。
「取り敢えず、使用人の誰かに頼んで、ここに食事を届けてくれ」
「………はい」
エリスは納得をしたのか、諦めたのか分からないような声で返事をした。
そして、俺の顔を見ずに「失礼します……」と、力無い声で言ってからお辞儀をし、トボトボとした足取りで寝室から出ていく。
そんなエリスの哀愁漂う背中を見届けて、ある疑問が頭に浮かんだ。
「……どうしてあいつは、寂しい顔をしていたのだ? 家族と一緒だというのに……寂しく感じる要素など、何も無いと思うのだが」
―――なぜだ?
俺は顎を手に当て、天井を見上げながら疑問を呟き思考するが……。
「……分からないものは分からないな。考えるだけ無駄だ。今はそんなこと気にせず、明日の勝負に向けて準備を整えよう」
結局、考えても答えが出なかったため、さっさと諦めた俺は『寝室』を後にして、明日に向けての準備に取り掛かった。
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