第10話 親子の確執
「こほんっ。では、仕切り直しとしようか」
文字通り、国王の一声によって俺たちは本当に仕切り直しをした。
現在、国王は玉座に座っており、右からエリス、俺、シルヴァという並びで国王の前に立っている。
……いや、正確には仕切り直しはできていない……俺とシルヴァ以外は。
国王は先ほど泣き腫らしていたことで、今も目が赤く充血している。
しかし、国王は程度で済んでいるが、もっと重症な者がいた……。
エリスは、頬を緩ませたマヌケ面で「俺を信じろ、愛している……ですって……ふへへっ」と、俺とは違う誰かを想像し惚気ていた。
確かに俺は「信じろ」とは言ったが、「愛している」など一言も言ってないぞ。
一体、誰と勘違いしている、この『ポンコツ女』は。
俺は呆れ果てた感情を横目でエリスにぶつけていた。
「不審者くんとシルヴァの決闘は―――明日の正午、『
「あぁ」
「了解です」
「ちょっと、エリス。聞いているかい?」
「ふぇ? 何をですか? お父様」
妄想の世界にいたため、全く話を聞いていないエリスは、首をブンブンと振り俺や国王を交互に見た。
「もう……ちゃんと聞いてよね……まぁ、そういうところが可愛んだけどね……僕の娘は……」
うんうんと頷く国王に、一瞬俺は「はっ?」とツッコミそうになったがグッと体を抑えた。
この親バカ国王の溺愛は今に始まったことではない。今は無視した方がいい、話が長くなる。
「あのね、エリス―――」
国王は再び、決闘の内容についてエリスに伝えた。
「―――ということ。分かったかい?」
「はい! バッチリです!」
国王がエリスを見て微笑むと、深く瞼を閉じてから鋭い眼差しを俺に向けた。
「……不審者くんは、泊まる宿は決まっているのかい?」
「いや、決まっていない。そのまま、ここに来たからな」
「そうか……なら、今日はこの城の『客室』に泊まるといいよ」
「えー! よろしいのですか、お父様!」
瞳を輝かせるエリスに、国王が「勿論だよ」笑顔で告げる。
「シスイ様! 宿を取る手間が省けてよかったですね!」
「あぁ」
俺も心底よかったと思っている。
―――こんな面倒事の連続に巻き込まれた後に、自分の足で宿を取るなど御免だ。
すでに、俺は疲労困憊だ。
そんなことをする気力も余裕も皆無。助けられたな、あの国王に。
……そう思っていたのだが。
「うん、本当によかった……不審者くんがアスタリオン王国の最初で最後の宿泊場所が」
―――ここの、一室でね。
そんな国王の皮肉の籠った声が、俺とエリスの耳に入り、共に国王を見る。
「ふっ」
そこには―――悪意に満ちた顔で鼻で笑う国王の姿が目に入った。
「お父様! 最初で最後の宿泊場所というのはどういうことですか!? それではまるで、シスイ様をアスタリオン王国に滞在させるつもりはないと宣言するようなものです!! 一体、何を考えておられるのですか!! いつ、シスイ様がお父様の機嫌を損なうようなことをしたという―――」
「さっき、め~ちゃくちゃしたのォオオオオオオオオッ!!!」
国王がエリスの大声を覆い尽くすように、さらに大声で叫ぶ。
それから国王は、俺を指差し、血走った目で睨みつける。
「この不審者くん……エリスのこと汚したんだよ……? そんな奴に、アスタリオン王国にいさせるわけにはいかない!! 勝負に負けたら―――二度とアスタリオン王国に足を踏み入れるなッ!! わかったかッ!! この不審者めッ!!」
俺に向かって怒号を飛ばす国王に―――
「別に構わない」
と、国王の“怒り”の感情とは対極に位置するように、俺は怯むことも無く至って冷静に言葉を返す。
「「へっ?」」
「ぶふっ……」
俺が国王の追加した真剣勝負の新たな条件を認めると、余りに予想外だったのか王族親子は口と目を開けて、ぽかんとした顔で俺を見た。
一方シルヴァは、あの親子の顔のせいか俺の返答か分からないが、顔を逸らして手で口を覆い笑いを必死に堪えていた。
「ほ、本当にいいのかい?」
「本当も何も、お前から言ってきたのだろう。俺はそれを認めただけ、何をバカなことを聞いている」
目をパチパチと瞬きする国王に、俺はキツい言葉で返した。
不意にそんな確認をされて苛立ってしまい、思わず厳しい口調で返してしまったが……。
あの国王、今までの殺気に満ちていた雰囲気と目つきは何処に行ったのだ?
そっちの方が、国王らしく威厳があると俺は思うのだが……。
―――何ゆえ、元の頭の悪そうな態度に戻ったのだろうか。
そう疑問に思っていると国王は、「お、お前……」と引きつった顔で眉をピクピクと痙攣させていた。
「し、シスイ様……お父様を『お前』というのは流石にその……無礼に当たりますので……せめて国王と……」
「先に無礼な態度を取ったのはアイツだ。俺はアイツに『魔法の使えない平民』だと差別的発言を受けた……どちらが無礼なのかは明白なのだが?」
俺の耳元に顔を寄せ小声で話すエリスに、普段通りのボリュームで返した。
それを聞いた国王は「あ、アイツ……」と白目を剝き、だらんと玉座に背を預けていた。
急に様子がおかしくなったぞ……大丈夫か?
実は病を患っていたり……はしないな、あれだけ叫んでいるということは、元気である何よりの証拠。
では一体、何が原因で国王の容態が悪くなったのだろうか。
……ダメだな―――皆目見当もつかない。
悪いな国王……俺では、あんたを助けることはできないようだ。
そのまま安らかに眠れ、と国王の命を諦めていると―――
「国王陛下、国王陛下」
玉座の横に立ったシルヴァが、優しい声で国王の肩に手を置き軽く揺する。
あんなので助かるのだろうか……城内にいる神官を読んだ方がいいのでは。
すると、俺の予想を裏切るように国王は目覚め「あ、ありがとね、シルヴァ」と感謝を述べた。
シルヴァはそれに「いえ、気になさらないで下さい」と微笑み、俺の横に立ち元の位置に戻った。
この男、救命処置もできるのか。少し意外だ……てっきり戦闘に特化した者だと……人は見かけによらないのだな。
俺が感心の眼差しをシルヴァに向けると、シルヴァはそれに「ふふ……」と爽やかな笑みで返したので、俺はすぐさま顔を逸らし国王を見る。
前言撤回、この男の笑みを見たら俺の読み通り、強さに飢える―――ただの戦闘狂……違いない。
「では、これにて決闘についての内容も伝えたし、お開きと行きたいところだが……エリス、君に一つ言いたいことがある」
「はい? 何でしょう、お父様」
国王はエリスに向ける頬が緩んだ表情ではなく真剣な表情で尋ねると、突然、質問された理由にここと辺りが無いのか、エリスはキョトンとした顔で答える。
「エリスが不審者くんに“特別な感情”を抱いているのは分かるけど―――君は『アスタリオン王家』の人間だ。勿論、一番エリスがそのことについてよく理解してるけど、今一度、改めて欲しい……いいね?」
「クッ……! 客室に案内して参ります……行きましょう、シスイ様……」
エリスは国王に一礼をしてから俺の腕を掴むと、強引に『玉座の間』の出口へと引っ張られた。
なぜ、俺は腕を引っ張られているのか。
なぜ、国王は俺たちを止めようと声を掛けないのか……疑問に思った。
しかし、エリスの悲痛に満ちた顔と、振り返った瞬間に見た、国王の酷く悲しそうに瞼を伏せた顔が繋がり、俺はある結論に辿り着く。
「………」
―――親子の確執だな、確実に。
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