第9話 信じろ

「僕と彼で、一対一の真剣勝負の戦いで決めるというのはどうでしょうか? 僕が勝てば国王陛下の望みを」


 赤髪の男―――シルヴァが国王を見る。


「彼が勝てばエリス様の望みを叶える……」


 シルヴァがエリスを見る。


「そんな方法で決めるのは如何ですか? 国王陛下、エリス様」


「おぉ、いいね! それで決まりだ!」


「ちょっと待ってください! それではシスイ様が……」


 国王がシルヴァの提案に拍手をして賛成を示した。


 一方、エリスはこの案に納得がいかないのか、強く拳を握ると唇を噛んで俯いた。


「………」


 この状況から見て、国王が喜び、エリスが悔しそうにしているのは―――


 国王がこの勝負の勝利を確信するのは、あの男が『王国最強の騎士』だからであろう。


 それは理解している、実際に俺もそう思うからな。


 だが、俺の実力を目の前で体感したエリスまでもが……俺が負けると思っているのか……。


 ―――非常に腹が立つな。


「おい」


「ん?」


 シルヴァがこちらを見て、再びニヤニヤとした笑みを浮かべる。


 おそらく、これから俺が言うことに想像がついているのだろう。


 心底癪だが、今から俺は、この男の求める言葉を紡ぐ。


「―――その勝負、引き受けよう」


 その瞬間、シルヴァは更に口角を上げ、歪んだ笑みを浮かべる。


「……本当かい?」


「あぁ」


「シスイ様、この方とは戦わないで下さい!」


 俺を引き止めようと叫んだのはエリスだった。


「……どうしてだ」


「シスイ様のお力をわたくしは知っております……。ですが、どんなにシスイ様が強くとも―――シルヴァの≪≫は、絶対に太刀打ちできませんっ!! シスイ様が傷つくところなどわたくしは……見たくありませんっ……!! 今すぐに取り消してくださいっ……!! お願いします……シスイ様っ!!」


 エリスが悲痛な声で嗚咽交じりに懇願した。


 瞳から大粒の涙を流しながら……。


 そんなエリスを見て、俺は心が苦しくなることも無く、かといってこの戦いを止めるという気持ちにはならなかった。


 寧ろ、この男―――シルヴァと戦ってみたいという『興味』が生まれた。


 俺では太刀打ちできない……それは果たして、どんな≪魔法≫なのだろう。


 興味があるな……この目で確認してみたい。

 

 ―――是非とも、ものだ。


 だが、そのためには……。


 俺は声をしゃくりあげるエリスに近づいた。


「し、シスイ様……?」


「………」


 潤んだ瞳で俺を見上げるエリスの目元にある涙を、無言で人差し指の関節を使って涙を払う。


「?……~~~~っ!!!」 


 エリスは何が起こったのか分からずにいたが、徐々に何をされているか理解し、顔を真っ赤に染める。


 俺はそんな目をぐるぐると回すエリスに、


「―――俺を信じろ」


 と、エリスの瞳を真っ直ぐに見て告げる。


 俺の言葉を聞いたエリスは「シスイ様……」と目を回すのを止め俺を見た。


「ふ~ん、な~にカッコつけてんの。どうせ、負ける癖に……惨めな姿を晒すだけだよ」


「ふふっ。さすが、僕が見込んだだけのことはあるね」


 それを見て、面白くないと思った国王は拗ねた子どもようにぼやき、逆に面白いと思ったシルヴァは謎の称賛を送ってきた。


「わ、わたくしは……」


「………」


 エリスは俯き、苦悩と葛藤をしているような沈んだ面持ちになる。


 そんなエリスに声を掛けることもなく、俺はエリスの言葉を待っていた。


 本当に俺とシルヴァを戦わせてもいいのか、勝算はあるのか考えているようだが、俺はこれ以上語るつもりはない。


 ―――後は、お前が信じるか、否か。


 ただ、それだけのことだ。


 さぁ、お前の思いを、答えを皆に示せ。


 この場に沈黙が訪れると、エリスは深く「はぁ……」と息を吐いた。


 まるで、己の心にある不安を消し去るかのように。


 ついに―――エリスは顔を上げ、この静寂を切り裂く一声を放つ。


「―――わたくしは、シスイ様を信じます! シルヴァに勝てると信じています!」


「そうか」


 俺が覚悟の決まった顔で告げるエリスに、たった一言で返すと、なぜかエリスは目を丸くしてパチパチと瞬きをした。


「えっ? それだけですか……? わたくし結構……腹をくくって宣言をしたつもりなのですが……シスイ様にとってわたくしの覚悟は……その程度なのですか……?」


「いや、言うことがなかっただけだ。気にする必要は無い」


 というより、お前ならそう決断すると分かっていたからな。


「むぅー!」


 エリスは呻き声を上げながら頬を膨らませると、小さく一歩を踏み出し、さらに俺に近づいた。


「何だ」


「わたくしは頑張りました! ホントのホント~にっ、頑張って言いました! シスイ様、女の子が一生懸命に頑張ったら、男性の方に褒めて欲しいものなのです!……おわかりですか?」


「………」


 全く、分からないのだが。


 何ゆえ、俺はエリスを褒めなければならないのだ? 


 しかし、こいつの『褒めてください褒めください―――』と、圧迫感を感じるような瞳からして、俺が褒めるまで止めるつもりはないだろう。


 エリスは気が弱い癖に、こういう時は意地でも引かない。


 短い時間ではあるが、『芯』のある人間だと俺は知った。


 なら、俺はエリスを褒めなければならないのだが……億劫になるな。


 俺は溜息を漏らしてから―――


「へっ?」


 エリスの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。


 それによって、エリスの綺麗にセットされた髪が崩れるが、俺は構わずに続ける。


 その間、エリスは目を瞑り、くぐもった声を出しながら受け入れていた。


 もう十分、褒めてやっただろう。


 そう判断した俺は、撫でるのを止めた。


「どうだ、これで満足したか?」


「えへへ……」


 俺の問いかけにエリスは応じることは無く……身体をくねくねと動かし、うっとりとした表情で両頬に手を添えていた。


 どうやら、こことは違う世界へ旅立っているようだ。


 だか、この様子からして、満足したということだな。


 全く……面倒なことをさせるな……こいつは。


「ふふふ、不審者くん?」


 横から上擦った声が聞こえた。


 俺はその声の主である、国王を横目で見る。


「………」


「ぼぼぼぼ、僕の大切な娘をとは……一体、どういうこと何だい?」


「誑かし篭絡する? そんなことした覚えなどないのだが」


 引きつった顔で笑みを浮かべる国王へと体を向け、俺は当然の疑問を言葉にする。


「ううん、したもんね! あんな、ドキドキキュンキュンしているエリス、今まで見たことないもん! アァアアアアアアッ!! 僕の娘が……不審者に汚されたァアアアアアアアアアッ!!!!」


 国王は膝をつき頭を抱えると、天井に向かって嘆くと共に泣き叫んだ。


 何を訳のわからないことを。


 本当に頭がおかしいな、この国の王族たちは。


 よく、今まで他国に乗っ取られず、脅威を乗り越えてきたな。


 ……あぁ、王族の回りにいる人間が優秀なのか。


 なるほど、これがこの王国の真理というわけだ。


 俺が真理に辿り着くと、「アハハハっ!!」と腹を抱えて笑い声を上げているシルヴァの姿が目に入った。


「ハァ……ほんと、面白いな……君も国王も……」


 シルヴァは、人差し指で目を擦り、涙を払いながら俺に近づいた。


 俺はシルヴァと向かい合うために、体の向きを変える。


「まぁ取り敢えず、国王陛下もエリス様も、この勝負を了承したみたいだし……よろしくね、くん」


「……あぁ」


 ニヤニヤと気味の悪い笑みを見せるシルヴァに、俺は少し間を空けてから短い言葉で返した。


 国王に『不審者』呼ばわりされても何ともなかったのが……この男に呼ばれると―――ムカつくな。

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