第8話 差別と選択

 この世界では、≪魔法≫を使える者は『貴族』と呼ばれ、≪魔法≫を使えない者は『平民』と呼ばれている。


 ≪魔法≫の使える貴族は、であると謳い、≪魔法≫の使うことのできない平民のことを―――神々に忌み嫌われ穢れた魂を持つ者と蔑んだ。


 貴族は平民たちに対して、その穢れた魂を浄化するには、我々貴族の言うことを何でも聞かければならない、という理由で平民のことを奴隷として扱い始めた。


 肉体への負担が大きい労働の強制や、人身売買を行い暴力や性欲を満たすためだけの玩具となり、中には≪魔法研究≫のためのモルモットなど、平民は人としての尊厳と自由を踏みにじられる行為を受けた。


 無論、そんな酷く屈辱的な扱いをされている平民は、憎き貴族に報復をするために反旗を翻そうと行動をする。


 ……が、≪魔法≫を使える者と使えない者では、力の差は歴然、アドバンテージの差が遥かに大きすぎた。


 平民は武器を取り、貴族から己の今まで受けて来た―――全ての憎しみと悲しむと悔しさ咆哮し駆ける。


 しかし、そんな平民たちの思いは無情にも―――貴族による圧倒的な力≪魔法≫によって打ち砕かれる。


 その様は、ひとひらの花びらが美しく命を散らすのではなく……ただの命が塵と化すだけであったそうだ。


 その戦いから生き残った平民たちは、貴族たちから“何をされても逆らうことのない、生涯貴族の奴隷となることを誓う”という、非人道的で理不尽極まりない内容の誓約書を渡された。


 平民はその誓約書に署名をした……それしか生き残る手段がなかったからだ。


 だが、ここまで述べてきたことは昔のことだ。


 現在では、その役目をから収穫した“エルフ族”と“獣人族”が担っている。


 そのため、平民は完全に奴隷から解放されたわけではないが、教育や治療を受けたりなど、今まで受けることができなかったことができ、大分マシな扱いをされている。


 しかし、極々少数ではあるが、この忌むべき行為を続けている国もあるそうだ。


 そして、俺が今いるアスタリオン王国は、この奴隷制度を完全に撤廃し、平民に人権を持つことを許した公平性のある数少ない国の一つだ。


 俺がこの国に向かおうと決めたのも、この国が平民を奴隷として扱わず、一人の人間として尊重されるからである。


 まぁ、のだが……。


「この不審者くんがいくら強いと言っても―――所詮は、魔法の使えない平民だろう?」


 普通に差別をされたのだが、これは一体どういうことだ? 

 

 この国が奴隷制度を撤廃し、平民を奴隷として見ないというのは嘘なのか? 


 ―――詐欺にあたるぞ、それは。


「≪魔法≫の有無など関係ありません。シスイ様は≪魔法≫なんか無くとも、その力でわたくしたちを助けて下さいました。そんなシスイ様を侮辱し差別するような発言は……いくらお父様であっても許せません……! 今すぐに撤回してください!!」


「い~や、しないね。不審者くんは≪魔法≫が使えない。それだけで貴族と平民では雲泥の差なんだよ。そんな人物に、僕の大切なエリスの『専属騎士』に任命することなんてできない。今回は運良く守れたとしても、今後≪魔法≫を使えない彼では、絶対にエリスを守り通せないとわかっているからだ。……それに」


 エリスが目を吊り上げ怒号を飛ばしても、国王は全く怯む様子も無く、淡々とエリスを諭すように理由を述べた。


 それから国王は、目だけを動かし、俺を見ながら言葉を続けた。


「この不審者くんは、エリスの『専属騎士』となりたいと申し出たのかい?」


 エリスは一瞬、体を震わせ静かに俯いた。


 先ほどの鬼気迫る様子は一変したな。


 それもそうだ。


 なにしろ俺は―――


「いえ……言っていませんっ……!」


 申し出た覚えなど、まるで無いからだ。


 エリスは悔しそうに唇を噛み俯くが―――


「ですが! シスイ様は、わたくしの『専属騎士』になりたいですよね!」


 顔上げ、希望に満ち溢れた笑顔を俺に向けた。


「………」


 なりたくないが、そう答えたかったのだが……できなかった。


「し、シスイ様……? こ、答えてください、シスイ様!」


「………」


「そん、な……」


 何だか断りづらかったので沈黙をしていると、エリスは拒絶だと思ったのか、虚ろな顔をして……その瞳から一滴の涙がカーペットの上に落ちた。


 その瞬間―――俺の心が騒めき、やがて罪悪感が生まれた。


「………」


 俺は『専属騎士』となる気など微塵もない。


 だが、エリスが泣いたのは俺のせい……ではないが、泣いた原因の一端ではある。


 その原因から逃れ、引きずることなく、目的のために旅を続けることが……果たして俺にできるか?


 できるわけがない……すでにエリスが涙を流した瞬間が、俺の目に焼き付いてしまったのだから。


 そして、その光景が悪夢として現れ、永遠に頭の中に渦を巻いている様子が容易に思い浮かぶ。


 そんなのは嫌だ。


 俺は寝る時は悪夢など見ず、ぐっすり眠りたい派なのだ。


 なら、俺はエリスの『専属騎士』となることを選ぶのだが……具体的にどんな仕事で、給料はいくらなのか俺は知らない。


 まずは、業務内容について聞かなければ。


「業務内容について聞いていない。説明を頼めるか?」


「ぎょうむないよう……ですか?」


 頬に涙を伝わせながらエリスが俺を見る。


「あぁ、『専属騎士』は具体的にどんなことをする」


 エリスはドレスの袖で涙を拭いてから俺を見る。


「常にわたくしの護衛をしてもらいますが……わたくしが通っている『ユベル魔法学園』に学生として護衛してもらうことも含まれています……」


 通常の護衛だけではなく、学園での護衛も入っているか……。


 しかも、学生として……まぁ、我慢しよう。


「分かった。月の給料はいくらだ?」


「月の給料は……金貨100枚を渡そうと―――」


「引き受けよう」


 “金貨100”枚、という単語を聞いて俺は瞬時に引き受けることを決めた。


 なぜなら、この金額だけで一生を遊んで暮らせるほどの金が得られるから……という金銭的な理由もあるが一番の理由ではない。


 俺はこの給料の額を聞いて、雇用期間を導き出したからだ。


 いくら王家といえど、この額を支払い続けるのは困難。


 せいぜい、3、4ヶ月くらいが限界だろう。


 その程度の期間であれば問題ない。


 冒険者として地道に金を稼いで旅をするつもりでいたが、一気に稼げるこんな好待遇だとは思いもしなかった。


 旅を続ける資金に困らない……運が良いな、俺は。


「本当ですか! シスイ様!」


 エリスの瞳から涙が消え、元のうるさ……元気な姿に戻り、ぱっと太陽のような眩しい笑みで俺を見る。


「あぁ、本当だ。俺は『専属騎士』になることを望む」


「っ! ありがとうございます、シスイ様!」


 俺に深いお辞儀をしてから、エリスは再び国王へと向き直る。


「お父様! シスイ様はわたくしの『専属騎士』になりたいのです! さぁ、お認めになさってください!」


「あのね、エリス。不審者くんが『専属騎士』になりたいって言っても、僕の意見は変わらないよ。却下に決まっているじゃないか。……諦めなさい」


 国王が悲し気な顔でエリスの肩に手を置いた。


「嫌です! 絶対にわたくしは諦めません! お父様が「うん」と言うまで、わたくしはお父様にお願いし続けます!」


「いい加減にしない。はぁ、エリスは我儘を言わない聞き分けのいい子だと思ったんだけど、どうしてなのかな……」


 そこから、二人の口喧嘩……ではないな。一方的にエリスが攻め、それを国王が受け流す攻防が繰り広げられた。


 あの国王も、別に意地悪をしたくて、あぁ言っているわけではない。


 本当に娘のことを大事に思って、守りたいからこそ、頑なに俺を『専属騎士』にしたくないのだ。


 俺にはそれが、痛いというほど伝わってきた。


 だが、国王には悪いが俺は何としても―――この『罪悪感』から逃げるために、『専属騎士』にならなければならない。


 ……そう思っているのだが、あれだけエリスがお願いをしているというのに、俺が何を言っても国王の意志が覆ることは無い。


 詰みだな、これは。


 そう諦めかけた瞬間―――


「国王陛下、一つ提案があります」


 背後から、闇を切り裂く光の如く、ハキハキとした声が聞こえてきた。


 それからその声の主は、歩幅が大きいと見なくても分かるような足音を立て、こちらに来る。


「提案ってなんだい? アスタリオン王国聖魔騎士団、失われた火星ロスト・マーズ騎士団団長……」


 国王の胸をポカポカと殴るエリスの動きを止めながら、国王がその者に対して言葉を紡いでいると、その者は俺の隣に立った。


 そして、その者を見た瞬間、俺は驚愕した。


 なぜなら―――


 この男は……俺を見てニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていた、


「―――シルヴァ・ストライク」


 あの赤髪の男……!


 俺が唯一警戒していた男がだったからだ。


 すると、俺の視線に気づいたのか赤髪の男―――シルヴァは「ふふっ」とニヤニヤとした笑顔ではなく、爽やかな笑顔を俺に見せた。


「………」


 ―――こっちの笑顔の方が、気持ち悪いな。

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