第7話 衝撃の連鎖
『玉座の間』には、アスタリオン城に入った時と同様、中央に敷いてあるカーペットの横に人が並んでいたが、使用人ではなく―――白銀の鎧を着た男女八人が四人ずつに分かれ並んでいた。
しかし、違うのはそれだけではなかった。
「………」
……アスタリオン王城に入った時の使用人たちからは悪意など感じず、所謂……歓迎ムードという風に感じた。
……一人、例外はいるが。
だが、ここは違う。
この場所は違った。
俺に警戒心を向ける水色髪のメガネ女。
俺を睨みつける……いや、ガンを飛ばす鋭い目つきの紫髪の男女。
何ら興味が無さそうに、欠伸をする灰色髪の男。
心配そうに見つめる茶髪の男。
体を震わせ口をパクパクとする桃色髪の女。
舌なめずりをして品定めをする緑髪の女。
そして―――俺を見た瞬間、ニヤニヤとしている赤髪の男。
八人の男女のほとんどが、俺に対して歓迎する様子は無く、敵意や興味などの様々な感情を向けられた。
だが、総じてこの者たちには、共通点があった。
あの者たちからは強者特有のオーラによって、凄まじいプレッシャーを発している……。
白い鎧ではないことから、他の騎士と同じではないことは明白。
どいつもそこそこの実力はあるように思うが、特に目が入るのは異様な感じのするプレッシャーを俺に与えてくる……あのニヤニヤと寒気のするような笑みを浮かべる赤髪の男。
あの男が―――白銀の騎士たちの中で段違いに強い。
他の者たちは警戒するに値しないが、あの男だけを……いや、念のため全員に警戒をしておこう。
王族であるエリスが傍にいるからといって、先ほどの老人のように、この者たちが殺しにかからないとも限らないからな。
―――油断しては、ならない。
「進みましょう」
エリスは短い言葉で言ってから歩き出し、俺は警戒を取りながらその後ろをついて歩く。
そして、彼らの近くに来たが攻撃を仕掛けてくる様子は無く、殺気を感じなかった。
何事も無く、彼らの間を通り過ぎたため、警戒を解いたのだが……。
「………」
通り過ぎても背後から視線を感じる……。
依然として殺気は無いが、流石に不快だ……止めてもらいたい。
最も止めてもらいたいのは……俺が唯一警戒している赤髪の男だ。
入って来てから、ニヤニヤと気持ち悪いと思ったが、間近で見るとより気持ち悪い。
ひょっとしたら俺は―――厄介極まりない面倒くさい奴に目をつけられたかもしれないな。
だとしたら、最悪だ。
エリスが立ち止まると、急激に太陽の光がステンドグラスに差し込まれ、神々しく照らされた玉座に頬杖をついて座る一人の男がいた。
それは王冠を被り威風堂々としたオーラを放つ―――アスタリオン国王だ。
この男が国王か……。
「お待たせ致しました国王陛下。早速ですが、フェルネスト帝国の襲撃についてご報告を―――」
「説明など必要ない。それよりも―――我には“すべきこと”がある」
国王は威厳ある声で告げてから立ち上がり、マントを翻してこちらへ向かって来た。
すべきこと、それはつまり―――俺を始末することか……あの老人のように。
なら俺は―――
再度、警戒心を持った俺は、瞬時に相手の攻撃に対応できるよう、左手の親指で腰に携えている≪アカツキ≫から刃を少し出す。
こちらは準備万端。さぁ、かかってこい……。
臨戦態勢が整うと、国王は俺の前ではなく―――エリスの前に立った。
「エリス~! 無事で本当に良かったよ~~!」
そして、大泣きし始めた。
突然に。
エリスを抱きしめてながら。
そこには国王ではなく―――娘を愛する一人の父親がいた。
こいつ……まさか……。
“すべきこと”とは俺を始末することではなく―――エリスの身を案じることだったのか。
予想外の展開に拍子抜けした俺は、少し出していた刃をカチャッと鞘に収めた。
「ご心配をおかけしてごめんなさい……お父様」
エリスはそんな国王に戸惑いもせず、微笑みながら優しく背中を撫でていた。
「………」
警戒をして損した……が。
エリスの言っていた“温厚”とはこのことだったのか?
違う。
どう見ても違う。
この男は―――
「謝るのは僕の方だよ~~~ごめんよエリス~~~~っ!!!」
ただの阿呆だ。
そうとしか思えない。
やはり、子は親に似るのだな……あのポンコツぶりは。
エリスに優しい言葉を掛けられ、さらに泣きじゃくる国王を見てそう思った。
「お父様、お願いがあるのですがよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ。何でも言って……」
エリスは「ふふ……」と含みを笑いをし、国王から体を離し見上げた。
「わたくしを助けて、救って頂いたシスイ様は……平民の出身でありながら優れた『刀剣使い』なのです。ですので―――そのお力が、アスタリオンに更なる『栄光』に導くと思い、わたくしの『専属騎士』となり、住み込みで雇って欲しいのです」
今、この女は何と言ったのだ?
『専属騎士』とか住み込みで雇うだとか聞こえたのだが……聞き間違えだろうか……。
「エリスは……この不審者くんを……『専属騎士』としての雇いたいのかい?」
「はい!」
聞き間違えでは無いようだ。
他の者たちからしたら、とても栄誉ある事なのかもしれないが、俺にとってはどうでもいい。
アスタリオンの『栄光』など。
俺はアスタリオンに対して、恩義や忠誠といった尊敬の念など持ち合わせてなどいない。
あくまで、旅の中継地点……それが俺のアスタリオンに抱いていることだ。
だから絶対にやりたくない、嫌だ。
こんな面倒事を巻き込まれないよう、何が何でも撤回してもらわなければ。
―――目的の邪魔にしからない。
「悪いが、俺は『専属騎士』になる気など一切―――」
「あーダメっ無理っ」
俺がエリスのお礼に申し立てている途中、国王は流していた涙を完全に止め、子どものような口調で俺の言葉を遮った。
今、無理だと言ったよな。
よかった、一安心だ。
これで『専属騎士』をやらずに済む。
どうやら、この国王はただの親バカではなかったようだ。
見直したぞ。
「ど、どうしてですか! さっき、お父様は何でも言っても良いと、言ったではありませんか! まさか、嘘を吐いたのですか!」
そんな俺の安堵した気持ちとは裏腹に、エリスは頬を膨らませて怒り国王に詰め寄った。
「あははっ。ごめんごめん、確かに嘘を吐いてしまったけど、こればっかりは
エリスの猛攻に、国王はひきつった笑顔で両手を上げ降参のポーズを取った。
そして国王は―――蔑んだ目を俺に向けながら、低い声で告げる。
「この不審者くんがいくら強いと言っても―――所詮は、魔法の使えない平民だろう?」
その瞬間、俺の安堵の心は消え去った。
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