第6話 反逆のナイフ
「キュリオス、お父様……国王陛下はどちらにおられますか? 説明をしに向かいたいので、居場所を教えて頂きたいのですが」
エリスがキュリオスに手を差し出した。
「国王様ならっ、『玉座の間』におられます。……お手をありがとうございます、エリスお嬢様」
キュリオスはエリスの手を掴み立ち上がるとエリスに微笑みかけた。
「ふふ……どういたしまして。『玉座の間』ですか……わかりました。では、参りましょうか、シスイ様」
エリスが俺に顔を向けた瞬間、キュリオスが「お待ちください」という言葉と共に手を前に出した。
「どうかなさったのですか?」
「このわたくしめが『玉座の間』までご案内いたしましょう」
この老人、やけに真剣そうな顔をしているが、顔色が悪い……青白いぞ……。
確実に、先ほどのやり取りが原因だと思うが……大丈夫だろうか?
無理して案内なんかせず、休んだ方が良いのでは?
「そう言う訳にはいきません。だってキュリオス、顔色が悪いではありませんか。案内ならわたくしでもできますので、キュリオスは休んでいてください」
エリスも俺と同意見なようで、はっきりと休むよう言い放った。
流石にこれはエリスの言うことに従うだろう。
いくら使用人の役目とはいえ、大切な主の気遣いを無下にする使用人などいるわけ―――。
「お気遣い感謝いたします。ですが、わたくしめは一人の使用人として、一人の王家に仕える長として、この挽回する機会を逃すわけにはいかないのです」
どうやらここにいたようだ。
大切な主の気遣いを無下にする無礼な使用人が。
すると、キュリオスは腰を折り深く頭を下げた。
「きゅ、キュリオス! 一体何を!」
「どうか、どうかわたくしめに案内をさせていただけないでしょうか……! お願い致します、エリスお嬢様……!」
キュリオスの心に訴えかけるような声を聞き、エリスは少し沈黙したのち口を開いた。
「……わかりました。あなたは意外と頑固者ですから、わたくしが認めるまで頭を下げ続けるおつもりでしょう? 断れるわけないありませんよ……はぁ」
「ありがとうございます、エリスお嬢様。このわたくしめが―――完璧に案内してご覧に入れましょう……」
ゆっくりと頭を上げるキュリオス。
その瞬間、見てしまった。
この老人が―――
「………ふっ」
三日月のように口を裂き、狂気を感じるほどに歪んだ笑みで、俺を見ていたことに……。
「キュリオス、案内よろしくお願いしますね」
「はい…お任せください……」
「では、参りましょうか、シスイ様」
「……あぁ」
何を仕掛けてくるつもりだ? あの老人……。
非常に嫌な予感がするのだが……大丈夫だろう。
―――いくら恨んでいたとしても、エリスの前で俺に殺しにかかるわけではないからな。
そう不安を払拭すると、キュリオスが後ろ手を組みながら振り返り進み始める。
その後ろを俺とエリスがついて行った。
歩いている間、エリスはずっと笑顔で話しかけており、俺はそれを「あぁ」と適当に相槌を打って返していたが……。
「……緊張なさっているのですか?」
突然、笑顔で一方的に話していたエリスが尋ねて来た。
「……
俺はエリスを見ずにその理由を聞いた。
いや、見ることができないという表現の方が正しいか。
「えっ? それは……先ほどからシスイ様が体を動かしているので、緊張を解しているのだと―――」
瞬間、俺の顔面目掛けて―――投げナイフが飛んできた。
俺はそれを半身をずらして躱すだけでなく、投げナイフの柄を掴み天井へ投げた。
はぁ……またか。そろそろ無駄なことだと気づいて欲しいのだが。
「そうです、それです! その動きです! 体をヒョイって動かしましたよね!」
エリスは声を弾ませ“宝物”でも発見したかのように、瞳を大きく開きキラキラと輝かせる。
俺はそんなエリスを……仮面の中から冷ややかな目で見ていた。
この女からしたら俺が半身をずらしただけ見えるのか。
―――何て能天気な奴だ、俺は殺されそうになっているというのに。
「えへへっ! シスイ様でも、いざ国王陛下に会うとなると緊張なさるのですね! ……可愛らしい一面を発見してしまいました!」
「……そうか」
違う、緊張しているから体を動かしているのではない。避けるためだ。
「ですが、安心してください! わたくしの父は―――温厚でお優しい方なので緊張なさらなくともよいのです!」
俺が“緊張をする”という意外な側面を知ったと思い込んでいるエリスはテンションが高くなる。
しかし、俺は喜ぶエリスを見て反比例するようにテンションが下がっていく。
「………あぁ」
この女、本当に気づいていないのか……。
―――俺たちの前にいる老人から、『殺意』の籠った投げナイフが放たれているというのに。
あの老人……袖の中に投げナイフを隠し、エリスが俺に顔を向けた瞬間に、袖の中に隠している投げナイフを飛ばしてくるのだ。
手首のスナップを、これでもかってくらいにきかせてな。
しかも、タチが悪いのが、後ろ手に組んでいるため、前を向いたまま実行できるのだ。
おかしいだろ、あの老人。
エリスが傍にいる所で殺しにかからないと思っていたが、本気で俺を殺そうとするとは……何を考えている?
―――愚かにもほどあるぞ。
だが、そんなことに気づかないこの女も、老人に匹敵するぐらい頭がおかしい。
『変人』という範疇を逸脱した―――『ポンコツ』と呼ぶべきだな。
今まで、どのように生きてきたら、そのような勘の鈍い人間になるのだ?
奇怪すぎるぞ、お前の人生。
そう不思議に思っていると、キュリオスが立ち止まり、俺たちは『玉座の間』の扉の前に辿り着いた。
「わたくしめの役目は、ここまでのようですな。後は頼みました、エリスお嬢様」
キュリオスが俺たちの方へ振り返り微笑んだ。
「はい、任せてください。それでは、行きましょう」
俺がそれに頷くと共に進みと、エリスが扉の開閉を担当する騎士二名に対して「開けてください!」と、腹から声を出した。
それによって、重量感が伝わってくるような音と共にゆっくりと扉が開かれた。
そして、俺とエリスは『玉座の間』に足を踏み入れた。
その瞬間、完全に扉が閉じられる前に感じた“
「………」
俺は自然と腰に携えている≪アカツキ≫の鞘を左手で強く握った。
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