第4話 王女

 少女の言った通りに馬車を走らせると―――大通りには王都の民たちが少女に笑顔と声援、そして手を振っていた。


 それに対して少女も「うふふ、あははっ」と笑顔を振りまき、優雅に手を振り返した。


 貴族というのは、王都の民のような平民から嫌われていると思ったが違うようだな。


 現に、この少女は平民たちに好かれとても人気者……貴族やこの世の常識に対する認識を改める必要が、俺にはありそうだ。


「…………」


 しかし……この王都の民も門番も全く反応しないな。


 ―――全身黒ずくめで、変な仮面をつけている俺に。


 普通は『怪しい』とか『気味が悪い』とか言うと思うのだが……何も言わないとは……。


 この少女も変人だが、この国の者たちも大概だな。


 進み続けると、巨大なアスタリオン城の前にそびえ立つ、荘厳な城門に辿り着いた。


 すると、馬車に乗せている白い鎧の騎士と同じ鎧を纏った二人の騎士が―――槍を構えてこちらへ迫って来た。


「貴様ッ!! 何者だッ!!」


「今すぐ、この御方から離れろッ!!」


 状況が全く読めない。


 何ゆえ俺は槍を向けられている。


 何も悪いことなどしていないのだが。


「矛を収めなさい!」


 突然、少女は怒号を飛ばしてから御者席から降り、白い鎧の騎士―――アスタリオンの騎士たちに詰め寄った。


「で、ですが! この者は奇妙な仮面と漆黒のローブで顔と身体を隠しております! 見るからに怪しいです!」


「その通りです! あんな格好をするものなど―――他国のスパイとしか考えられません! この者を野放しにするのは危険です! このままでは、アスタリオンの安寧が壊されかねません! 今すぐこの者を始末しなければなりま―――」


「黙りなさい!! 彼はフェルネスト帝国の襲撃からわたくしたちを助けていただいた、窮地を救ってくれた命の恩人です! そんな彼を侮辱し、ましてや殺すことなど……! ―――このわたくしが、絶対に許しませんッ!! あなた達を、一生恨みます……!!」


「「………ッ!?」」


 少女の感情の入った言葉と殺気が籠った鋭い視線によって、騎士たちは体を震わせ、お互いの顔を見合わせてから、俺に向けていた槍を下した。


「………」


 俺のために怒ってくれるのはありがたいが、この騎士たちの言うことは正しい。


 何も間違っていない行動だ。


 今までがおかしかったのだ、これまで何も言われずにいる方が。


 この者たちまでもが、俺の存在を無視していれば、この国の国防と信頼を疑うぞ、俺は。


 まぁ何はともあれ、この『不審者』を具現化した格好に触れる者がいて一安心だ。


 ―――まともな人間がいて、な。


「馬車の中に負傷した騎士、二名おります。至急、神官のところへ運び≪回復魔法≫を施しに馬車で連れて行ってください。……わかりましたね?」


 この騎士たちは王城を守護していることから王家直属の騎士だと思うが、いくら貴族とはいえ、そんな者たちに命令をして大丈夫だろうか? 


 注意は処罰の対象に入らないとしても、流石にこの命令するような物言いは処罰の対象に入るだろう。


 もし、そんな命令をして処罰されないとすれば、それはもうの者しかいない。


「「しょ、承知致しました!」」


「御者席から降りていただけないでしょうか?」


 少女は騎士たちには厳しい口調だったが、俺に対しては少しだけ柔らかい口調で尋ねた。


「……あぁ」


 俺が御者席から降りると、騎士たちは御者席に座り、負傷した騎士たちを神官の元へ届けに馬を走らせ城門を通り抜けた。


 そして俺は、走る馬車を見届けているこの少女が何者なのかを問い質すため、その華奢な背中に向かって意を決して告げる。


「―――お前は何者だ」


「も、申し訳ございません!」


 慌てながら振り返る少女は、先ほどまでの威厳ある姿とは程遠い、弱気ですぐに謝る―――元の知っている少女へと戻っていた。


「まだ、自己紹介をしていませんでしたね。では、こほんっ」


 少女は拳を口元に当て嘘くさい咳払いをした。


「わたくしはアスタリオン王国第二王女―――“エリス・アスタリオン”と申します。……あなたのお名前は?」


 少女は微笑みながら、右手を差し出した。


 握手しろ、ということなのだろうが………どうしようか。


 俺は捨て子だから、家名など持っていないのだが、平民と偽るには家名が必要だ……。


 どうすれば……。


『―――


 突如として、脳裏にそんな言葉が浮かんだ。


 ルークセリア……シスイ・ルークセリア……響きに問題は無い、使える。


 ―――これを、偽りの家名をとしよう。


 その場しのぎの家名が決まった俺は、少女エリスの元へと歩き出し目の前に立った。


「俺はシスイ――― “シスイ・ルークセリア”だ」


 そして、差し出された右手を握り、名を名乗った。


 この握手にどんな意図があるか分からないが、特に断る理由は無いし王族に逆らうわけにはいかない。


 いくらエリスが善人だとしても……王族ゆえに失礼な態度を取れば不敬罪に問う可能性も考え得る。


 何より、彼女のを俺は目の当たりにした。


 念には念を、用心するに越したことはない。


 すると、エリスは俯き「ルークセリア……?」と、小さく疑問の言葉を呟いた。


 どこかの貴族の家名と被ってしまったか? 


 やはり、突然思い浮かんだ言葉をそのまま使うのは、マズかっただろうか……。


 そう不安に思っていたが、エリスは小さく首を横に振り「気のせいですよね……」と呟いた。


 家名が被ったかと思ったが、どうやらエリスの勘違いのようだな……。


 そう安堵していると、エリスは「シスイ様シスイ様シスイ様―――」と、何度も何度も俺の名前を呟いた。


 ―――左手を胸に当て、大切な“何か"を心に刻むように。


 意味不明な行動だが、そうしないとエリスは俺の名を覚えられないのだろう。


 彼女は王族なのだから。


「シスイ様……うふふ……綺麗なお名前ですね」


「………そうか」


 顔を上げ笑顔を向けるエリスに短い言葉で返す。


「…………」


 そして俺は思った。


 この出会いは、神のいたずらだろうか。


 それとも、姉さんとの約束を破った報いだろうか。


 どちらが本当の答えなのか……俺には分からない。


 ただ、分かったことがあるとするのならば。


 ―――厄介な人物を助けてしまった、という事実だけだ。


「では、城の中へ入りましょうか」


 突然エリスは、城の方へ振り返り手を繋いだまま歩き出そうとした。


 しかし―――


「あ、あれ? 全く動きません……! ん~っぐ! ん~っぐ!」


 俺が瞬時に重心を落としたことで、エリスは足に力を込めるも俺を動かせず、顔を真っ赤にしているのが見えた。


「どうして俺が城の中へに入る必要がある。お前たちを無事に送り届けた後、俺は冒険者ギルドで冒険者登録をすると言ったはずだが……覚えていないのか?」


「覚えて……います……!!」


 エリスは再び振り返り俺と対面した。


 そして、今度は両手で俺の右手を掴み、青空へと上体を反らして引っ張り始めた。


 だが、現実とは余りに非情で、結果は全く覆ることは無かった。


「ですがっ……! 国王陛下にっ……! わたくしの父に、今日のことをっ……! 伝えなければなりませんっ……! ですので、シスイ様にもっ……! 同席して欲しいのですっ……!」


 そういうことか。確かに、その場に居合わせ関わった一人の人間として、説明する義務が俺にはあるな。


「あぁ、わかった」


「えっ! 本当で―――うわぁあっ!」


 エリスは俺が予想外の返答をしたことで、掴んでいた手を離し地面に尻餅をついた。


「あははっ……また、お恥ずかしい所を見られてしまいました……」


 俺を見上げながら恥ずかしそうに笑うエリスに手を差し出す。


「あ、ありがとうございます……」


 俺の手を掴み立ち上がると、エリスはドレスに付いた土汚れを手で払った。


「…………」


 王族というのは、遥か高みにいる存在だと思っていたが、


「これで……大丈夫ですかね……」


 どうやら違うかもしれない。


「では、参りましょう! シスイ様!」


 この少女を見ると実に―――


「……あぁ」


 間抜けな連中の集まりなのかもしれない。






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