第3話 嘘

「……これでいいな」


 俺は一人の白い鎧の騎士の応急手当を終え、膝を立てながら呟いた。


「そっちはどうだ」


「はい! こちらも応急手当できました!」


 視線を少し離れたところにいる少女ともう一人の白い鎧の騎士に向けると、少女が正座をしながら笑顔をこちらに見せ、また応急手当もできているようだ。


 少々不安だったのだが、俺の手を借りず無事に応急手当ができたようで何よりだ。


「そうか。俺はこの騎士たちを馬車の中へ運ぶ。お前は御者席で待っていろ」


「わかりました」


 少女が御者席に向かうのを見てから、片腕で白い鎧の騎士を運んだ。


 それから、空いているもう一つの腕で馬車の扉を開け中へと運び乗せた。


 もう一人の白い鎧の騎士も同じ要領だ。


 そして馬車の扉を閉め、御者席に向かった。


 どうやら、この者たちはアスタリオン王国の者だそうで、アスタリオン王国の王都―――イストニアを目指していることを応急手当を始める前に少女から聞いていた。


 実を言うと、俺もアスタリオンの王都を目指し旅をしていた。


 そのため、王都に向かうついでとして、この者たちの馬車を使って送り届けることを少女に申し出た。


 結果は快諾……ではなかったが渋々の了承であった。


 当然のことだが、少女は馬車を操縦できず、操縦できるのは俺しかいない。


 そのことから、少女は俺に迷惑を掛けたくないと同時に馬車を動かせないことも理解している。


 俺はそのジレンマを解消するために、『歩くのが面倒だ。馬車を使えれば移動が楽になるのだが……』と呟いた。


 すると少女が『……っ。わ、わかりました。よ、よろしくお願い致します……』と苦渋の決断をするかのように言いお辞儀をした。


 あの少女は俺が思うよりも不器用なのだろうな……頼れるときには頼ればいいものを……。 


 そんな少女に溜息を吐くと御者席に辿り着いた。


 ……が、俺が御者席に座ると―――目を疑うような光景が目に入った。


 それは少女が姿勢良く、ただ真っ直ぐに暗く濁った瞳で前を見つめ―――ぶつぶつと不気味な独り言を呟いていたことだ。


「彼はあの邪悪で武力によって他国を侵略し続けるフェルネスト帝国の騎士たちを一瞬で殺しましたわたくしのためにわたくしを助けるためだけに何の躊躇いも無く殺しましたそれはつまりあれですよね?彼は私のことを愛しているということですよね?愛しているからこそあのようなことができたのですこれはもう運命の出会いですわたくしと彼が出会うことは必然でありまた結ばれることすらもまた必然ですがわたくしには王国の血筋と安寧を守るための婚約者がおります今はたとえ彼と添い遂げることはできなくともわたくしの傍にいてもらうにはどうすれば―――」


「…………」


 怖いな。


 ただひたすらに、怖いな。


 早口過ぎて何を言っているか分からないが、『恐怖』を感じているということは自分でも分かった。


 しかし、今は少女を現実の世界へと引きずり戻すことが先決だ。


 早く、この恐ろしい時間を終わらせたい。


「準備ができたのなら、早速イストニアに向かうぞ」


「うわぁ! は、はい! わかりました!」


 少女は一瞬、身体を大きく震わせて目を見開きながら俺を見た。


 何もそんなに驚かなくてもいいと思うが、先ほどの“アレ”とは大違いだな。まぁいい、少女が元に戻ったみたいだから先に進むとしよう。


 俺は手綱を持ちパシッと馬に当て走らせた。


「………」


「………」


 馬を走らせている間、会話は無く、ガタンゴトンと馬車が揺れる音と、隣でソワソワしている少女の着ているドレスと座席が擦れる音だけがあった。


「あ、あの……」


 不意に少女が俯きながら声を発した。俺は少女を見ずに前だけを見つめ口を開く。


「どうした」


「イストニアへは……どのような目的があるのですか?」


 少女は俯いて顔を上げ、何処か不安そうに俺を見た。


「……イストニアにある冒険者ギルドにて冒険者登録をするためだ。それに、アスタリオン王国は俺みたいな平民をしない数少ない国だからな」


「へ、平民なのですか!?」


 助けを求める時にも声が大きいと感じていたが、近くでその大声を出されると鼓膜が破れそうになるぞ、その声。


「確かに俺は平民だが、うるさいぞ」


 流石の俺でも注意せざるを得なかった。


「す、すみません! わたくしはてっきり≪魔法≫を使っていたと思ったので―――何処かの国のの方だと思いました……えへへ……的外れなことを言ってしまいました……」


 少女は頬を赤く染めながら笑い、言葉を続けた。


「≪魔法≫が使えない……ということは、先ほどの戦いでは、身体能力を強化する≪無属性魔法≫無しで、あのような俊敏な動きができるのですか?」


「……あぁ、できる」


「そうなのですか……世の中の常識が全て正しい訳ではないのですね……。であれば、強力な『刀剣使い』として―――」


 またも少女は顎に手を当て独り言をし始めた。


 しかし、先ほどのように不気味な感じではなく、深く考えて込んでいるようだ。


「………」


 真剣に考えているところ悪いが―――、俺は虚偽を述べた。


 俺は平民ではなく、もっと格下の存在である捨て子だ。


 もう一つは……これはどうでもいいな。


 特に捨て子であることは隠したかった。


 俺が捨て子だと言ってしまえば―――


『そうだったのですか! わたくし、無神経なことを……!!』


『いや、気にする必要は―――』


『知らなかったとはいえ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい―――』


 という無限に謝罪をされ続け、地獄のような時を過ごすことになるだろう。


 過剰な憶測だと思われるかもしれないが、この少女の誠実さを考えれば本当にやりかねない。


「あの大きな壁と門は……。おい、もうすぐイストニアに着くぞ」


 俺がそう言うと、少女は顔をハッと思考の世界から帰還し前を見た。


「本当……あと少しですね……ふふ」


 何だが、何かの企みを思い付いたような笑みを浮かべているが気のせいだろう。


 あの笑みはきっと―――安心の笑みだ。


 あんなことがあったのだから、笑みを浮かべる理由はそれしか考えられない。


 そのまま馬を走らせると、二人の門番が敬礼していた。


 ―――少女に向かって。


「門番のお仕事、お勤めご苦労様です」


「い、いえ!! 我々には勿体無いお言葉です!!」


「労いのお言葉!! ありがとうございます!!」


 通り過ぎても尚、門番は少女に敬礼をしており、少女はそれに微笑みながら軽くお辞儀をした。


「…………」


 やはり、あれだけ礼を尽くすということは、この少女は身分の高い貴族なのだろう。


 身に付けているドレスも綺麗な装飾が施されている……相当値が張るものだと見て取れる。


「どこまで進めばいい」


「この先にアスタリオン城があるので、そのまま進んでください。アスタリオン城には≪回復魔法≫を唱えられる神官がおりますので」


「わかった」


 教会ではないのか、と疑問に思ったが、この国に詳しい彼女が言うのだ、城内にしか神官はいないのだろう。


 それにしても、この国では城の中に神官を常駐させているのか。不測の事態に備えているのだな、この国の王族は。


「…………」


 ……俺らしくないが、少しだけ興味が湧いてきたな、この国の王族とやらに。


 貴族である少女に対して、あれだけ礼を尽くすということは、王族であればどれだけの礼を、どのような礼の尽くし方をするのだろうか。


 大いに優遇されている王族とは一体、どれだけの高みにいる人物たちだろうか……。


 ―――是非とも、お目にかかりたいものだ。






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