第2話 始まり

 姉さんとの約束を破ってしまうが仕方ない。


 約束よりも、罪悪感を抱きたくないという気持ちが俺の中では最も強いのだから。


 この感情は、自分ではどうしようも抑えることはできない。


 おそらく――俺の魂に刻まれた宿命なのだろう。




「うぅ…たす…けてよ……ひっぐ……ぅぅ」


「はっ、やっと諦めたかクソ女。お前たち、さっさと連れ去ってこの女で拷問パーティーやるぞ」


「うひょーい! 最くぅー!! 早く殺りたーい! どんな風に調教してから殺してあげようかな~楽しみだな~。あははっ」


「俺は遠慮しとく。こんな愚鈍な女に触れてしまえば、俺の品位が損なわれてしまうからな」


「ははっ、相変わらず潔癖だなお前。―――オラ行くぞッ!!」


「うぅ……っぐ………うぅ………」


 少女は俺が助けに来ることを諦めたのか、力無く抵抗を止め顔を歪ませながら嗚咽し―――絶望していた。


 そんな彼女の手を掴んでいる黒い鎧の騎士は、乱暴に引っ張り連れ去ろうとしていた。


 その後ろを二人の黒い鎧の騎士が、クスクスと下卑た笑い声を上げながらついていく。


「もう時間の猶予は無いな。早く助けないければ………」


 俺は腰に携えている漆黒の刀を鞘から取り出し手に持つ。それによって、太陽の光が漆黒の刃に反射し光り輝いた。


 俺はその反射した光を浴びたことで、あることを思い出した。


「……そういえば姉さん、こんなこと言ってたな」


 この―――≪絶刀・アカツキ≫で魔物は斬っても、と。


 確か≪アカツキ≫で斬ると、斬られた奴の記憶から感情を取り込んで、どうたらこうたらとか、よく分からないことを言っていたが……。


「余計なことは考えるな。今は助けることだけに集中しろ」


 そう俺は、無駄な思考を止めるように言い聞かせ“助ける”という意識へと切り替える。そして、「はぁ……」と息を吐き呼吸を整え、冷静な心をさらに研ぎ澄ませてから敵を見据える。



「―――さて、殺る助けるか」


 

 俺は瞬時に岩陰から音も無く飛び出した。


「はっ?」


「へっ?」


 そして、無警戒でただ後ろへついて歩く黒い鎧の騎士二人に、閃光の如き斬撃を放ったことで、自分の身に何が起こったのか分からないまま肉体をバラバラにして殺した。


「お前たち、どうし―――ヒィッ!!」


 ベチャリと肉塊が生々しい音を立てながら地面に落ちたことで、その音に気付いた少女の手を掴んでいる黒い鎧の騎士が後ろを振り返り悲鳴を上げるが―――俺の姿は奴には見えていない。


 なぜなら―――


「…………」


「アァアアアアアアッ!!!」


 もうすでに、背後へ回り込んでいたからだ。


 よって、隙だらけの背中に≪アカツキ≫の刃を突き刺し、容易に心臓を貫き殺すことができた。


 それにしても、余りにもあっけない結末だったというのもあるが……汚い断末魔だったな。


 ―――俺の耳が腐ってしまうじゃないか。


「チッ……」


 不快に思った俺は、少女に気づかれないよう小さく舌打ちしながらも、心臓に突き刺した≪アカツキ≫を抜き取る。


 そして、黒い鎧の騎士が身に付けている鎧に重力が乗ったことで、勢い良くガシャン! と倒れ、突き刺した心臓から流れ出た大量の血が足元に溜まる。


「ひっ! ……あ、あの……のでは?」


 少女が足元へ流れてきた血に怯えて後ずさるが、涙を止め急に助けに現れた俺にそう尋ねて来た。



「……今、何と言った」



 俺は≪アカツキ≫血を振り払い鞘に納めようとしたが、背後から聞き捨てならない言葉を聞こえたため手が止まった。


 それから、普段より大きく音を立てながら≪アカツキ≫を鞘へと納め―――大罪を犯した少女へゆっくりと振り返る。


「え、えっと……その……あの………」


「だから今、何と言ったのだと聞いている」


 少女は俺の放つ威圧感を感じ取ったのか、苦笑いを浮かべながら一歩後ろへ下がるが、俺は少女の下がった一歩分より少し大きく距離を詰める。


 ―――続けて、滅多に感情を表に出さない俺が、大きい瞳をパチパチと瞬きし困惑する少女に言い放つ。


「お前は俺が逃げたと思っているようだがそれは違う。俺はただ助けるのに迷っていただけだ。決して逃げたわけではない。それにお前が助けを求めたのだろう? だから助けるに決まっている。変な勘違いをするな。いいな、分かったな。分かったのなら二度と俺に向かってそんなことを言うな」


 俺に向かって『逃げた』などと、言ってはならないことを悪気無く言って来た少女を仮面の中から睨み、まくし立てるように否定した。


 すると、急に俺が饒舌に話したことから少女は戸惑い、「は、はいー!」と壊れた人形のように首を縦に振りながら叫んだ。


「…………」


 全く……俺が何の理由も無く、あんな弱者から逃げるわけがないだろう。


 俺は姉さんとの約束を守るか、己の罪悪感から逃げるかを天秤に掛けていたら、思ったより時間が過ぎていただけだ。


 断じて逃げたのではない。


 ―――断じて、だ。


 だが、俺が懇切丁寧に理由を話したことで少女は発言を撤回したため、俺は溜息を吐き肩を震わせている彼女にこう呼び掛ける。


「お前の助けたがっていた白い鎧の騎士たちの容態を確認するぞ。お前も手伝え」


「あの―――」


 俺が倒れている白い鎧の騎士へ振り返ると、少女が俺の着ているローブの裾を掴み引き止めてきた。


「……何だ」


「あのっ! 助けてくれて本当にありがとうございました!」


 俺が再び向き直ると、かのような綺麗な所作で頭を下げてから礼を告げた。


 ……わざわざ律儀だなこの少女は。将来、苦労しそうな人生を歩みそうだ。


「礼など不要だ。俺は当然のことをしただけ、別に感謝されるために助けたわけではない」


『―――ただ罪悪感から逃げたかっただけだ』とは流石に言えなかった。


「いいえ、言わせてください。助けていただいた恩に背くようなことはしたくありません。なので、もう一度言わせてください―――」


「…………!」


 ゆっくりと少女は頭を上げる。俺は……少女の顔を見て思わず驚いた。


 その表情は……先ほどの絶望していた顔とは打って変わって、



「―――助けてくれて、本当にありがとうございました」



 希望を取り戻したように、救われたかのような―――喜びの笑みを浮かべてたのだから。


「…………」


 まぁ確かに……助けた動機はただ罪悪感から逃げたいと思って助けたが……。


 俺は仮面の中から小さく口角を上げた。


 その陰りの無い眩しい笑顔を見たら


 ―――助けてよかった、と僅かにだがそう思ってしまったじゃないか。

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