ソラビト

クロノヒョウ

第1話



 始業のチャイムが鳴ると四年一組の生徒たちはみんな嬉しそうにしながら一斉に席についた。


 今日の午後の授業は特別授業で空から宇宙人が講師としてやってくるのだ。


「あら、みんなお利口さんね」


 教室に入って来た担任の先生は珍しく静まり返った子どもたちを見て驚きながら笑っていた。


 その後ろからスーツ姿で許可証と書かれたプラカードを首から下げている爽やかな青年が続けて入って来た。


「起立、礼」


 挨拶を済ませ座った子どもたち全員が興味津々の顔で青年を見ている。


「それでは今からソラビトについてお勉強するわね。こちらが今日特別にお話をしてくださるカイ先生です。では先生よろしくお願いします」


 担任の先生は頭を下げながら教壇を降りカイ先生とその場所を入れ替わった。


「よろしくお願いします」


 教壇に立ったカイ先生は優しい笑顔で子どもたちを見ていた。


「君たちが生まれるずっと前の話だ。君たちのお父さんもお母さんもまだ生まれていない」


 子どもたちは一所懸命に話を聞いていた。


「もともとボクたちが住んでいた星はすごく小さくてね。地球のすぐ近くにあったのに誰にも気付かれないくらい小さかったんだ」


「どんな星だったの?」


 一番前に座っていた女の子が小さな声でカイ先生に聞いた。


「すごく綺麗な星だったよ。地上にはありとあらゆるたくさんの生物がいた。みんな自由にのんびり暮らしていたよ」


「へえ」


 女の子は目を輝かせていた。


「ところがある日、ボクたちの星に隕石が衝突したんだ」


 教室中に息を吸い込む音がした。


「大丈夫、それは前から想定内のことだったからね。ボクたちは急いで宇宙船に乗って星からの脱出に成功した」


 子どもたちは安心したようにため息をついていた。


「ところがだ、脱出したのはいいけどボクたちも地球人と同じで空気がないと生きていけないんだ。だから次に住む場所を探さなければならなかった」


「その時にたまたま私たち、地球の日本人が救難信号をキャッチしたそうよ」


「先生の言う通り、それから信号をキャッチした日本人とボクたちの交渉が始まった。話し合いだね。その交渉は二年間も続いたんだよ」


「ええ~!!」

「二年も!?」


「二年間の話し合いの結果、ボクたちは日本の国の上空の空中権を買ったんだ」


「日本の空を宇宙人に売ったってことね。わかる?」


 子どもたちは首を上下に動かしていた。


「ちょうどその頃日本はすごくたくさんの借金を背負っていたの。戦争に巻き込まれたり災害や病原菌の流行だったりで国は混乱して大変だったらしいわ」


「それを知ったボクたちは地球に必要な資源や知識を差し出すことにした。その代わり、地球の上空に住まわせてもらっているんだ」


「ここからはもうみんな知ってるわよね? お空に住む宇宙人のことを私たちはソラビトと呼ぶことにしました。ソラビトと私たちの間にはたくさんの決まりごとがあります。それが何かわかる人!」


 担任の先生が聞くと子どもたちは一斉に手をあげていた。


「はい! ソラビトが住むお空に入っちゃダメなんだよ」


「ええ、そうね。ソラビトは飛行機よりももっと高い所に住んでいるから人間が行くのは危ないの」


「はい! ソラビトもこっちに来ちゃいけないんでしょ?」


「そうだな、お互いに干渉しないのが決まりなんだけど、今日みたいに特別に呼ばれたりした時は地上に降りてもいいんだ。でも条件がある。申請を出して許可を得て、地上に降りる時はボクたちは人間の姿を真似しないといけないんだよ」


「ソラビトがそのままの姿だったら私たちがビックリしちゃうからね」


「はい! 僕見たことあるよ! ソラビトの子どもたちがこっちに来て歩いてた!」


「ああ、よくわかったね。ソラビトの子どもたちも人間の姿になって地上に降りる時があるんだ。社会科見学でね」


「みんなはどうやってソラビトがお空に帰るか知ってる?」


 子どもたちはみんな静かに首を横に振っていた。


「ボクたちの背中には大きな羽根が生えているんだよ。地球でいう大きな鳥みたいな感じかな。だから帰る時は誰にも見られないように高いビルの屋上に上って羽根を出して飛んで行くんだ」


「すげえな」

「カッコいい」


「あ、そうそう、ボクたちは家に着いたらこの今着ている地球の洋服や靴を脱ぐんだけど、子どもたちはたまに靴や靴下を落としてしまうんだ」


「ふふ、みんな道路に靴や靴下なんかが落ちているの見たことない?」


「ある!」

「手袋も落ちてたよ!」


「はは、それはソラビトが落とした物かもしれないね。すぐには取りに来られないからもし見つけたら交番に届けてほしい」


「わかった!」

「はぁい」


「あら、そろそろお時間ね。みんなカイ先生にご挨拶」


「起立、礼、ありがとうございました!」


「ありがとう、それじゃあまたね」


 終業のチャイムが鳴り先生たちは教室を出て行った。


 放課後、生徒たちは学校を出るとすぐに空を見上げていた。


「いいなぁソラビト」


「空飛んでみたいよな」


 見上げた空の遥か遠くにはたくさんの大きな丸い円盤形の宇宙船が空を埋めつくしていた。


「うぅ、寒い。早く帰ろうぜ」


「おう」


 男の子はソラビトの羽毛で作られたマフラーと手袋をはめた。


 ソラビトの家である宇宙船によって太陽の光が閉ざされた日本。


 かつてはこの日本にも夏という暑い季節があったということは今ではもう誰も知るよしはなかった。


「あ、靴だ!」


「本当だ! 交番に持っていこうぜ」


 帰り道の横断歩道で小さな靴の片方を見つけた男の子はそれを拾うと急いで交番の方へと走り出していた。


 楽しそうに走り去る男の子たちのあとには白い息だけが残っていた。



            完





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ソラビト クロノヒョウ @kurono-hyo

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