第9話

 ラウルはさらに進んでいった。その時、AKIRAが彼に告げた。


「ラウル様、こちらで皆様がお待ちです」


「皆様?」


 ラウルは疑問を抱きながら、AKIRAの後に続いた。中からは楽しげな声が聞こえてきていた。


 AKIRAは洗練された所作で膝まづき、引戸を静かに開けた。ラウルはその後ろに続き、内部に入った。彼は進んでいくと、先に広がる空間に入った瞬間、その場に固まった。


 ラウルが目にしたのは、これまでのどの部屋とも異なる、特別な雰囲気を持つ空間だった。輝弥もミシェールも、見たことのない鮮やかな衣を身に纏っていたが、その衣服の美しさもラウルには些細なことに思えた。彼の視線を捉えていたのは、部屋の一角で遊ぶ黒髪の少年の姿だった。


 少年は無邪気に笑いながら、ミシェールと共に布で作られた丸いおもちゃで遊んでいた。彼の動作には子供特有の軽やかさがあり、その笑顔には純粋な楽しさが満ち溢れていた。その姿は、部屋の厳かな雰囲気とは対照的な、生き生きとしたエネルギーを放っていた。


 ラウルは部屋の中央に完全に固まって立っていた。彼の身体はまるで像のように動かない。そんな彼に気付いた黒髪の少年が、好奇心に満ちた眼差しでラウルをしばらく見上げていた。


 やがて、少年は振り返り、ミシェールの方へと走り出した。


「おかあさーん!」


 ミシェールは優しく答えた。


「どうしたの、楓?」


 ラウルはその言葉を聞いて驚愕し呟いた。


「おかあさん・・・・」


 少年はミシェールの方を向きながら言った。


「この人がいつも言ってたおじさんでしょ?」


 ミシェールは微笑みながら応えた。


「よくわかったわねー、えらいわ」


 その様子を見て、ラウルはさらに驚き声を震わせる。


「おじさん!!」


 ラウルの心の中では、再び地獄の業火が蘇ろうとしていた。


「貴様許さんぞ、輝弥!!!」


 彼の怒りは限界に達し、感情が爆発した。


 その瞬間、ミシェールが急いで介入し、声を荒げて言った。


「お兄様、おやめください、子供の前ですよ!」


 ラウルがよく見ると、楓と呼ばれた少年がミシェールの傍で怯えていた。ラウルは自分の行動に気づき焦りながら謝った。


「い・・いや、すまない」


 しかし、彼はすぐに思い出したかのように輝弥を睨みつけ、再び声を荒げた。


「輝弥、貴様!」


 その言葉が部屋に響き渡ると、ミシェールが再び割って入った。


「お兄様!」


「あ・・ああ・・・・しかし」


 ラウルは呟いたが、言葉は途切れてしまった。彼の心は混乱と怒り、そして不安に満ちていた。


 ラウルが混乱し、怒りを露わにしていると、輝弥は漫画を読みながら冷静に話し始めた。


「ラウルよ、何をそんなに狼狽える必要があるのか?この一ヶ月の間、心を鍛え上げてきたのであろう」


「な・・・・なぜそれを・・・・」


 その瞬間、輝弥は漫画を閉じ、ラウルに向き合った。


「貴様の疑問に答えよう。この子は楓、正式には決戦用人型戦闘最終兵器楓弐式だ」


「決戦・・・・戦闘・・・・弐式!」


 ラウルはその言葉にさらに驚愕し、言葉を失った。


 輝弥は落ち着いた声で続けた。


「そうだ、弐式だラウルよ」


 ラウルはまだ混乱していた。


「しかし、今おかあさんと・・・・」


 彼の言葉は疑問を含んでいたが、完全には発せられなかった。


「どうせなら少年の設定にしてほしいというのでね。自分がサポートするからと言っていたから、面倒だし指揮権を移譲したのだよ」


 その言葉を聞きながら、ラウルはミシェールを冷ややかな目で見た。彼は苦々しく言った。


「お前は本当に・・・・」


 しかし、ミシェールは聞こえないふりをして、楓と遊び続けていた。


 ラウルは咳払いをして、会話の方向を変えた。


「輝弥よ、軍強化に関してだが、当然完了しているのであろうな?」


 輝弥は自信満々に答えた。


「もちろんだ」


 ラウルはさらに追及した。


「では、今の軍で災害級以上の魔物と渡り合えるというのだな?」


「それは無理だ」


 ラウルの顔に不満が浮かんだ。


「んー、もう一度聞こう。渡り合えるのだな?」


「無理だと言っている」


 ラウルの声は怒りに変わった。


「貴様、現状把握がなんだとか、改善がなんだとか言っていたではないか!」


 その時、ミシェールが割って入った。


「お兄様!」


 ラウルは少し驚いたように言った。


「あ・・・・すまん」


 輝弥は落ち着いた様子で説明した。


「勘違いするな。現状把握を重ねた結果、無理だと言ったのだ」


 ラウルの怒りは頂点に達していた。


「では、貴様この一ヶ月一体何を!」


 輝弥は部屋の隅に置かれている黒い宝玉を指差して言った。


「あれを見よ」


「これがどうしたと・・・・」


 と言いかけたが、輝弥がすぐに返した。


「魔改電磁砲(レールガン)だ」


「レ・・・・レールガン!」


 ラウルはその聞いたことのない言葉に、期待が高鳴ってしまった。


 輝弥は堂々とした様子で言った。


「そうだ、これが魔改電磁砲(レールガン)だ」


 ラウルはその宝玉を手に取り、誕生日に贈り物をもらった時のような表情で宝玉を見つめた。


「これが・・・・魔改電磁砲(レールガン)・・・・」


 その時、輝弥が咳払いして言った。


「すまない、それはまだ宝玉だ」


 ラウルは混乱し、怒り混じりに叫んだ。


「どっちなんだよ!だいたいレールガンってなんなんだよ!」


 輝弥は冷静に応えた。


「落ち着けラウル、言葉が雑になっているぞ」


 ラウルは自分の言動を振り返り、輝弥のペースにはまってしまったことに後悔していた。彼は自分自身に対する苛立ちを隠せず、複雑な表情を浮かべていた。


 そのとき、輝弥が提案した。


「試せばわかる。楓、見せてやってくれないか」


 楓の目が輝く。


「ほんと!ほんとに試してもいいの?」


「ああ」


 ミシェールは優しく言った。


「あら、良かったわね、楓。お父さんにありがとうって言うのよ」


「うん、お父さんありがとう!」


 その光景を見ていたラウルは、自分の心が更に複雑になるのを感じた。


「なんなんだ、この茶番は・・・・」

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