第8話

 一ヶ月の時間が経過し、ラウルは執務室で事務仕事に没頭していた。彼の手は書類の上で一時停止し、深い思考に沈んでいた。


 この一ヶ月の間に、ミシェーラからの報告は何度かあった。ラウルはそれらを確認し、演習場などで輝弥、もしくはAKIRAと思われる姿が目撃されていることを知っていた。輝弥が直接軍の訓練に参加しているわけではないが、彼の存在が確認されていることは明らかだった。


 軍の中で顕著な変化は見られなかったものの、兵士たちの中にはAKIRAと接触したと報告している者もいた。これらの報告から、ラウルは輝弥が完全にサボっていたわけではないと考えていた。


 執務室は静かで、ラウルの集中する姿が窓から差し込む光に照らされていた。

 

 ラウルは執務室での仕事を丁寧に片付け始めた。彼の手つきは慎重で、書類を整理する際の動作にも秩序と整然とした美しさがあった。仕事を終えると、彼はゆっくりと立ち上がり、執務室の一角に設えられたティーセットに向かった。


 優雅に紅茶を淹れるラウルの姿は、彼の内面の落ち着きを映し出していた。紅茶の茶葉をティーポットに入れ、熱い水を注ぎ込む。彼は紅茶の香りがゆっくりと執務室に充満していくのを感じ取り、その香りを深く吸い込んだ。紅茶の香りは、彼の心に穏やかな安らぎをもたらした。


 次に、ラウルは小さなオルゴールに手を伸ばし、そこに魔力を灯した。オルゴールから流れる音色は、澄み渡った美しい旋律で、ラウルはその音色を静かに楽しんだ。オルゴールの音は、彼の心を穏やかなリズムで包み込んでいった。


 最後に、ラウルは深く腹式呼吸を行い、心を整えた。彼は目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出した。 執務室には彼の心の平穏を支えるための儀式とも言える行動が満ちていた。

 

 数分間の瞑想を終えたラウルは、余裕のある足取りで輝弥の部屋へと向かった。彼の姿勢は自信に満ち、心は平穏であった。歩みを進めながら、ラウルはこの一ヶ月を振り返っていた。


 彼は南方から伝わるヨガを取り入れ、その実践を通じて心身の調和を図っていた。ポーズを取る際の集中力や呼吸のコントロールは、彼の内面を強化し、精神的なバランスをもたらしていた。


 また、ラウルは200歳を超える魔術師のもとで特別な訓練を受けた。その訓練では自然と一体になることを学び、周囲の環境との調和を深めた。これは彼の感覚を研ぎ澄まし、精神安定性を高めるのに役立った。


 さらにラウルは、他の様々な方法で精神をコントロールする技術を試していた。彼は自己の内面を探求し、様々なメンタルトレーニングを通じて自己の精神力を強化していた。


 これらの経験は、ラウルに新たな自信と精神的な強さを与えていた。彼はこれらの訓練によって得た力を背景に、輝弥の部屋に向かっていた。

 

 ラウルは輝弥の部屋の扉の前に着いた。彼は一瞬立ち止まり、深く呼吸をし、心を落ち着かせた。内面の平穏を求め、自分に語りかけるようにつぶやいた。


「一ヶ月の成果を見せるんだ、ラウルよ。心を乱したら負けだ。自然と一体になるのだ」


 彼は心の中で自分を鼓舞し、集中力を高めた。彼の目は冷静さと決意に満ちていた。落ち着いた手つきで扉のノブに手をかけ、扉を静かに開けた。


 輝弥の部屋の扉を開けたラウルが目にしたのは、予期せぬ光景だった。彼の前に広がるのは、密生する針葉樹の林と、風情ある石畳の通路であった。石畳は慎重に配置されており、自然な流れを描いていた。各々の石は、手入れが行き届き、触れると滑らかな感触が感じられた。


 周囲には針葉樹が並び、その枝は穏やかな風に揺れていた。木々の間からは温かい日光が差し込み、石畳に小さな影を落としていた。


 ラウルは目の前に広がる光景に息を呑んだ。


「な・・なんだこの光景は・・・・」


 彼の心は、この新たな景色と静けさに徐々に浸っていった。穏やかに通路を歩き続ける中で、彼の内面は静寂と安らぎに包まれていた。


 しばらく歩いていくと、彼の前に優美な門が姿を現した。その門を潜り抜けると、目に入ってきたのは風格ある建物だった。この建物は、木を主材料として使用し、柔らかな色合いと洗練されたデザインが特徴的であった。


 屋根は優雅に湾曲しており、その端は繊細に反り返っていた。建物の周囲には、手入れの行き届いた庭が広がり、その緑が建物の風情を一層引き立てていた。


 ラウルはその建物の前で一時停止し、その優雅さと調和を静かに眺めた。彼の心はこの場所の穏やかな雰囲気に触れ、心穏やかになっていった。


 ラウルが建物の入り口に着くと、そこには輝弥の姿があった。輝弥は伝統を感じさせる様な服装をしていて、その服はシンプルながらも機能的で、動きやすさを重視したデザインだった。上着とズボンは同じ素材で作られており、彼の動きを妨げることなく、快適さを提供していた。


 輝弥の顔には、ラウルが見たことのないような明るい笑顔が浮かんでおり、彼はラウルに向けて丁寧に挨拶した。


「ようこそ、おいでくださいました。ご案内いたします」


 ラウルは輝弥のこの意外な対応に驚いたが、内心でその驚きを抑え、平静を保とうと努めた。輝弥の振る舞いは礼儀正しく、彼に対する敬意を感じさせるものだった。


 ラウルは輝弥の姿を見定め、確信を持って言った。


「AKIRAだな」


 AKIRAは礼儀正しく応えた。


「その通りでございます、ラウル様」


 ラウルは深い溜息をついた後、内心で自分自身を鼓舞した。


「ふん・・・・よし、いいぞ。成長を感じる。この調子だ・・・・」


 彼は一瞬目を閉じ、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


 その後、ラウルは通路を歩き始めた。彼の足元には木の床が広がっており、その床は歩くたびに心地よい響きを奏でていた。通路はゆっくりと曲線を描きながら進んでおり、その先には広々とした池と庭園が広がっていた。


 池の水は静かで、その表面は鏡のように周囲の景色を映し出していた。庭園は緻密に手入れされており、様々な植物が季節ごとの美しさを見せていた。木々、花々、そして水の流れる音が、この場所を特別なものにしていた。


 ラウルはこの庭園を眺めながら歩き、その美しさと静寂に心を落ち着かせていった。彼はこの空間の中で、心身の平和と調和を感じていた。


「一体これほどの空間をどうやって・・・・」


 AKIRAは静かに答えた。


「とてつもない魔力を使い、三週間ほど魔法が使えなかったと聞き及んでおります。」


 ラウルはその言葉に心を乱され、


「さ・・・・落ち着け・・・・しかしこれを作るために・・・・三週間だと・・・・」


 ラウルは深く息を吸い、必死に自己を鼓舞しようとした。


「はあはあ・・・・まだいける・・・・俺は大丈夫だ・・・・」


 彼は心の奥から湧き上がる、昔よく感じたドス黒い何かを必死に抑え込もうとした。その感情は、彼の内面で渦巻き、抑え込むことが容易ではないほどの強さを持っていた。


 しかし、ラウルは深い呼吸を繰り返し、自らを落ち着かせようと努めた。彼はこの状況を受け入れ、前に進むための心の準備を整えていた。

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