第6話
グラント城の外構に位置する演習場は、まるで巨大な競技場のように広大で、その全体は高い壁によって囲まれていた。壁は灰色の頑丈な石材で作られ、その一部には複雑な魔法の紋様が刻まれていた。これらの紋様は、魔法により防御力を強化するためのもので、演習場の安全性を高める役割を果たしていた。
演習場の内部は、さまざまな訓練に対応できるように多目的に設計されていた。中央には広い訓練用の空地があり、そこは通常、兵士たちの戦術訓練や模擬戦に使用されていた。空地の周囲には障害物や隠れ場所が配置されており、戦闘状況を再現するための工夫が随所に見られた。
演習場の中央で、ラウルは深い集中を示していた。彼の周りには静寂が支配し、その沈黙を破るのは彼の呪文詠唱の声だけだった。彼は両手を広げ、複雑な手の動きをしながら、力強く古代の言葉を口にした。
「構造物創造(クリエイト・ストラクチャー)」
ラウルの声は、演習場に響き渡り、その言葉とともに地面が動き出した。彼の足元から、地面が盛り上がり、徐々に形を成していった。
やがて、その形は十メートルほどの巨大な猛獣の姿に変わった。この猛獣は、長い鋭い牙と大きな爪を持ち、その姿はとても威圧的であった。それでいて、その猛獣は何か荘厳さを持っており、ラウルの創造力と魔法の力を示していた。
ラウルは、自らが創り出した巨大な猛獣を見上げ、その創造物に満足げな表情を浮かべた。彼のこの力は、まさにこの世界の魔法の奥深さを象徴している。
「これは魔物の中でも災害級と言われるベヒーモスだ。攻撃力、防御力ともに脅威で、勇者派遣レベルであることは間違いない。本物ではないから攻撃はしてこないが、防御力は同程度と思ってもらって構わない」
彼の声には自信と満足が込められていた。
ラウルはその後、AKIRAをじっと見つめた。その視線は、AKIRAに対する期待と試練への挑戦を意味していた。
AKIRAは何も言わず、静かにラウルの言葉を受け止めていた。その無表情な態度は、何を考えているのかを読み取ることができなかった。
ミシェーラも黙ってその場に立っており、彼女の表情には少しの緊張が見て取れた。彼女は、兄の計画とAKIRAの反応に何かを感じ取ろうとしていた。
「おい、聞こえているのか?」
ラウルはAKIRAの反応のなさに苛立ちを隠せなくなっていた。その緊張感が高まる中、突然AKIRAがカタカタと震え始めた。その震えは次第に激しくなり、ガタガタと壊れた人形のようになった。
ラウルはその光景に驚き、恐怖すら感じ始めた。
「何が起こっている・・・・?」
突如、AKIRAは黒い霧に包まれた。その霧は濃密で、AKIRAの姿をすっかり覆い隠した。ラウルとミシェーラは、その不思議な光景にただ見守るしかなかった。
やがて、霧が晴れると、そこには再びAKIRAの姿が現れた。しかし、何かが変わったような気配をラウルは感じ取った。AKIRAの姿は同じでも、何かが異なるような・・・・。
輝弥は周囲を見渡しながら問いかけた。
「準備はできたのか?」
その問いに、ラウルは低く怒った声で答えた。
「貴様、これはなんのつもりだ。AKIRAがやるんじゃなかったのか?」
輝弥は冷静に応じた。
「馬鹿か、AKIRAに戦闘能力はない」
ラウルの怒りは増すばかりだった。
「まさか、貴様ただ歩くのが嫌だっただけなんじゃないのか?」
しかし、輝弥はそれを否定した。
「そんなわけなかろう。移動手段を確かめたかっただけだ」
ラウルは苛立ちながらも言った。
「同じことじゃないか・・・・まあいい」
彼はため息をついた。輝弥の言動に対する彼の困惑は深まる一方だったが、その場の状況を受け入れざるを得なかった。
ラウルは、輝弥に向かって決意に満ちた表情で言いかけた。
「さあ、やってみるがいい。このベヒーモスの巨像を・・・・」
「キィィィィィィィィン・・ドン!!!!!」
突如、周囲を揺るがす轟音が響き渡った。空間が炙られるような高熱と、眩いばかりの光が放たれている。ラウルはその場に立ち尽くし、驚愕の声を上げた。
「あ・・あ・・・・なんだこれは・・・・!」
彼はその凄まじいエネルギーに吹き飛ばされそうになりながらも、必死にその場に留まることに全力を尽くしていた。周囲の空気は熱波によって歪み、光はまるで太陽のように煌々と輝いていた。
輝弥の指先から放たれた光線は、異世界的なエネルギーを感じさせるほど強烈で、別の次元から来たような輝きを放ちながらベヒーモスの巨像に向かって進んでいった。
光線が、ベヒーモスの巨像に直撃した瞬間、圧倒的なエネルギーが解き放たれた。光線はベヒーモスの体を容赦なく貫き、その強烈な力は後ろにある魔法の紋様が刻まれた壁の上部にまで及んだ。
壁に当たった光線は、その頑丈な構造をも簡単に破壊し、光が空へと突き進んでいった。空に向かって伸びる光の柱は、まるで天を突き抜けるかのような勢いで、その光景は壮絶かつ美しいものだった。
ベヒーモスの巨像は、輝弥の攻撃によって粉々に砕け散った。その破片は演習場中に飛び散り、巨像の存在が一瞬にして消し去られた。砕け散る巨像からは砂と石の粉が舞い上がり、その光景はまるで戦場のような荒廃を思わせた。
ラウルとミシェーラはこの光景に息を呑んだ。輝弥の魔法によって生み出された破壊の光景は、その強大な力を物語っていた。
「な・・な・・なん・・・・だ・・・・」
「重粒子放射線射出装置だ」
「いやだからなんだそれは、そんな魔法は・・・・」
「教えてやろう。荷電粒子に電圧を加え、方向と速さのそろった高いエネルギーの粒子を作り出すものだ。荷電粒子を十分な量とエネルギーまで加速させる為に、別空間で魔法を媒介に使ったシンクロトロンシステムを採用している」
「シンクロトロンは重粒子線を円形軌道上で数百万回秒、周回させて攻撃に必要なエネルギーまで高周波で加速させることができる。加速された重粒子は最大で光速の約七割に到達していたはずだ」
「・・・・・・・・」
ラウルは言葉を失っていた。
その時、ミシェーラが感嘆の声を上げた。
「さすがですわ!」
彼女の眼差しは輝弥に向けられ、その姿に心を奪われているようだった。
演習場には、輝弥の圧倒的な魔法の力に対する驚きと感嘆が混じり合った空気が漂っていた。
ラウルの心の声が静かに響いた。
「なんなんだこれは・・・・ベヒーモスはまだしも、魔法防御が施されている演習場の壁が粉々になるなんて、聞いたことがないぞ。詠唱も聞こえなかったし、突っ込みたいところは大量にあるが、もはやどうでもいい…」
彼は少し深呼吸をして、心を落ち着かせる努力をした。
「よし、分かった。これならいつ勇者派遣依頼が来ようとも問題なさそうだ」
しかし、輝弥はラウルの言葉に冷静に反論した。
「何を勘違いしている。俺は魔物を倒せるレベルはすでに超えていると言っただけだ」
ラウルは理解不能な表情を浮かべた。
「だからそれは分かったと・・・・」
輝弥は断固として言い放った。
「魔物を討伐するとは言っていない」
ラウルは輝弥に向かって激昂し、声を荒げた。
「貴様まさか、この後に及んでまだ役目を果たすつもりがないというのか!」
輝弥は冷静に応じた。
「そうは言っていない」
「ならばどうやって!」
ラウルの声には焦りと怒りが混じっていた。
輝弥は落ち着いて提案した。
「勇者派遣依頼をする前に軍が倒せばいいのだろう」
ラウルは返した。
「だからそれができないから勇者派遣依頼を・・・・」
しかし、輝弥は断固として言い放った。
「俺が軍を強くしてやろう」
「なんだって?」
ラウルはその言葉に驚き、輝弥の言葉の意味を理解しようとした。輝弥の提案は、ラウルが考えていた枠を超えたもので、彼の心は混乱と興味でいっぱいだった。
ラウルの心の中で疑問が渦巻いた。
「こいつは何を言ってるんだ、軍を強くする?そんなことできるわけ・・・・できるわけ・・・・できるのか?」
その時、輝弥はラウルの疑念を感じ取り、確信を持って言った。
「出来る」
ラウルは心の混乱を鎮めようとして、深呼吸をした。彼は輝弥の言葉と提案に対する思考を整理しようとしていた。
その時、輝弥は決定的な言葉を残した。
「詳細はまた後だ。俺は戻る」
「何?」
ラウルは驚きと疑問を持って輝弥を見た。
その瞬間、輝弥の周りに黒い霧が立ち上り始めた。霧は次第に濃くなり、やがて輝弥の姿を完全に包み込んだ。演習場には静けさが戻り、ただ黒い霧がゆらゆらと漂っていた。
数秒後、霧が晴れると、そこにはAKIRAらしき姿が現れた。輝弥の姿は消え、AKIRAが静かに立っていた。その変化は突然であり、ラウルはその不思議な光景にただただ呆然としていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます