第5話



 しばらくして、ラウルの執務室のドアにノックの音が響いた。ラウルは入れと答え、ドアが開いた。ミシェーラと輝弥が部屋に入ってきた。


 ミシェーラは礼儀正しく言った。


「輝弥様をお連れしました」


 ラウルはうなずいて答えた。


「よし、それではまず、この世界のことから教えねばならんな」


 彼は部屋の中央に大きな地図を広げながら、説明を始めた。


「この東に位置するのが、今我々のいるグラント王国だ。北はエミネール王国、西はミルガンド王国、南はラシード王国。そして中央でこの世界を統括しているのが、アルメニア神王国となっている」


 ラウルの声は教授のように説明的で、彼は地図を指差しながら、それぞれの国の特徴や関係を詳細に説明していった。


 輝弥はじっと地図を見つめ、ラウルの言葉に耳を傾けていた。


 ラウルは深刻な表情で説明を続けた。


「この世界は常に魔物の脅威に晒されている。いつどこで発生するかわからない脅威に対応するため、四つの王国がそれぞれの軍で対処しているのだ」


 彼は地図上の特定のエリアを指差しながら話を進めた。


「それでも、対処しきれない時がある。そのような時のために、各王国は神王国から下賜された神具を使い、勇者を召喚してこれに対応している。これが、この世界の現状だ」


 ラウルの声は重く、その言葉にはこの世界の危険な状況の重みが感じられた。


「ここまでは理解したか?」


 輝弥は無表情ながらも静かに答えた。


「・・・・ワカリマシタ」


 ミシェーラは輝弥の反応に少し安堵した表情を浮かべながらも、ラウルの話に注目していた。


 ラウルは一瞬の沈黙の後、再び話を続けた。


「・・・・続けるぞ。」


 輝弥は無表情のまま、静かに応じた。


「・・・・ワカリマシタ」


「・・・・うむ」


 ラウルは少し満足したように頷き、次の段階へと進めた。


「まずは魔族との戦いに備えて特訓をしてもらう。お前は魔術師だからな。主に魔法の詠唱や魔力量の向上、魔法を使っての模擬戦闘などだ。出来るな?」


 輝弥は再び静かに答えた。


「・・・・ソレハムリデス」


 ラウルは少し苛立ちながらも言った。


「そう言うと思ってはいたが、これはやってもらう。魔物を抑えきれずに他国に救援要請など許されんからな。分かったな、輝弥。」


 輝弥は再び応じる。


「・・・・ワカリマシタ」


 ラウルは少しの違和感を感じつつも、話を続けた。


「・・・・しばらくしたらエミネール王国との共同軍事演習がある。それまでには、それなりに戦えるようになってもらうつもりだ。分かったな、輝弥。」


 輝弥は、これまでのように無表情で答えた。


「・・・・ワカリマシタ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ラウルは何かを感じ取り、輝弥に声をかけた。


「・・・・おい、輝弥。」


 しかし、輝弥は無反応で、ただ無表情のまま立っていた。


 ラウルの声が少し高まった。


「聞いているのか?」


「・・・・ワカリマシタ」


 その声にはまるで感情がなく、自動的な反応のようだった。


 ラウルは何かおかしいと感じ、ミシェーラの方をじっと見た。ミシェーラは何かを感じ取っているかのように、ずっと俯いていた。彼女の姿勢には、重い沈黙と何かを隠しているような雰囲気があった。


 ラウルは突然、何か重大なことに気づいたかのように身を震わせた。


「こ・・・・これはまさか・・・・!」


 彼の声には激しい憤りと驚きが混じり合っていた。彼は重要な発見をしたようで、その表情は混乱と怒りで歪んでいた。


 血相を変え、ラウルは急いで執務室を飛び出し、輝弥の部屋へと急足で向かった。彼の足取りは重く、怒りに満ちた緊迫感があった。ラウルの心は怒りと緊張で震えており、彼の急な動きはその感情を表していた。


 その様子を見たミシェーラは、ラウルを追いかけた。


「お、お兄様!」


 彼女の声は焦りと心配で裏打ちされていた。ミシェーラはラウルの腕を掴み、彼を引き留めようとした。彼女の手は震えており、ラウルの急な行動に対する不安が顔に表れていた。


 しかし、ラウルはミシェーラの手を振り払いながら、輝弥の部屋に向かって歩を進めた。彼の心は怒りと衝動に駆られており、周囲の声に耳を貸す余裕はなかった。


 ラウルは猛然と輝弥の部屋の扉を開けた。部屋に足を踏み入れると、彼の目に飛び込んできたのは、先ほどと変わらぬ姿勢で漫画に夢中になっている輝弥の姿だった。輝弥は周囲の変化にまったく気付いていないようで、完全に物語の世界に没頭していた。


 この光景を目の当たりにしたラウルの顔色は一瞬で変わった。彼の顔は怒りで真っ赤になり、その怒りは渦巻く炎のように熱く、制御不能なほど 激しくなっていった。彼の眉間には深いしわが刻まれ、口元は怒りに震えていた。


「まさか、まだ漫画を・・・・!」


 ラウルの声は怒りに震え、その声が部屋中に響き渡った。彼の目は輝弥に釘付けになり、その視線は刺すように鋭かった。


 輝弥の無反応な様子は、ラウルの怒りをさらに煽る結果となり、彼の心には理解不能な状況に対する憤慨が積もり積もっていた。彼の心の中で怒りが噴火しようとしているかのようだった。


 輝弥は静かに漫画を閉じ、ラウルに向き合った。


「一体どうしたというのだ。」


 彼の声には落ち着きがあり、ラウルの怒りを鎮めようとするかのようだった。


「どうしたもこうしたも無い!なんなんだあれは!」


 ラウルの声は憤慨に満ちており、彼は輝弥の冷静さとは対照的な激しさを示していた。


 輝弥は淡々と答えた。


「ああ・・・・この世界の情報を収集して、この国の役に立とうと思って作った決戦用人型情報収集兵器紅蓮弐式のことか」


「な、なんだと!決戦用人型情報収集兵器・・・・紅蓮弐式!」


 ラウルの声は驚きと困惑で震えていた。


「その通りだ。集めた情報は私が作り出した魔法記憶領域クラウドに集積され、いつでも共有できる」


「魔法記憶領域クラウド!」


 輝弥は穏やかに微笑んで言った。


「そうだ、クラウドだ。安心したか、ラウルよ」


 ラウルは輝弥の言葉に深い衝撃を受けながらも、少しの安堵を感じ始めていた。


 ラウルは少し落ち着いた声で話した。


「そ、そうか、私はてっきり馬鹿にしているのかと・・・・」


 彼の顔には先ほどの憤りが消え、少しの笑みが浮かんでいた。


 輝弥は静かに答えた。


「そんなわけがないだろう」


「そうだよな・・・・ハハ」


 彼の表情には緊張が解けた安堵の色が見えた。


 ミシェーラはそんな兄を見て優しく微笑んだ。


「お兄様ったら」


 ラウルは思いを切り替える。


「それでは、執務室での会話も・・・・」


 輝弥はすぐに答えた。


「もちろん、すでに共有済みだ」


「そ、そうか、それなら良かった」


 ラウルは輝弥が提供する情報と技術に新たな信頼を寄せていた。


「それならば、明日からの特訓は・・・・」


 しかし、輝弥は即座にラウルの言葉を遮る。


「それは無理だな」


「な・・・・」


 ラウルの顔には驚愕の表情が浮かんだ。彼は輝弥の予期せぬ反応に言葉を失っていた。


 輝弥は冷静に続けた。


「理由は二つある。一つは面倒だからだ」


「め、面倒・・・・だと!」


 ラウルの声には信じられないという感情が溢れていた。彼は輝弥の言葉に混乱し、怒りと驚きが混ざった表情をしていた。


「落ち着けラウル。理由は二つあると言ったはずだ」


 ラウルは自分を抑えながら、必死に冷静を保とうとした。


「二つ目を早く言え」


 輝弥は鼻で笑いながら言った。


「魔物を倒せるレベルはすでに超えている。問題ない」


「何だと?もうこの世界の魔法を全て習得したとでも言うのか?」


 輝弥はあきれたように応えた。


「馬鹿か、お前は。そんな面倒なことができるか」


「貴様・・・・」


 彼の声には輝弥への不満が滲んでいた。


 しかし、輝弥は冷静に言い放った。


「俺なりの方法で倒せると言っている」


 この言葉に、ラウルの驚きと信じられないという感情が顔に表れた。しかし、彼はすぐに冷静さを取り戻そうと努めた。ラウルの心は輝弥の言葉に混乱しながらも、その新たな可能性を受け入れようとしていた。


 ラウルは断固とした態度で言い放った。


「ならば演習場で見せてもらおう。この目で見ねば判断つかぬ。こればかりは譲らぬぞ、輝弥」


 彼の言葉には、輝弥の実力を確かめるという強い決意が込められていた。ラウルは輝弥の能力に対する確固たる証拠を求めていた。


 その要求に対し、輝弥はわずかに舌打ちをした。その態度は軽い不満を示しているようだった。ラウルはその舌打ちを見て、何とか我慢するように自分を抑えた。


「少し待て」


 彼の立てた人差し指に魔力が篭る様子を見せた。その指先からは微かな光が放たれ、不思議な力が漲っているように見えた。


 輝弥の指先から放たれた魔力は部屋の中央に集まり、やがて黒い霧のようなものが現れ始めた。その霧は徐々に密度を増していき、まるで生きているかのように部屋を満たし始めた。ラウルはその不思議な光景に目を奪われた。


 やがて、その黒い霧は人の形に変わり始め、徐々に具体的な輪郭を持った存在へと変化していった。その姿は、まるで精巧な彫刻のように緻密で、次第に詳細な特徴が浮かび上がってきた。


 最終的に、霧の中から現れたのは、決戦用人型情報収集兵器AKIRA弐式と呼ばれる存在だった。


 輝弥は確信に満ちた声で言った。


「AKIRAを連れていけ」


 ラウルはAKIRAを見つめながら言葉を返した。


「このAKIRAにそれほどの力があると・・・・」


「連れていけばわかる」と輝弥は簡潔に答えた。


「分かった、では早速行くぞ」


 とラウルは決意を固め、AKIRAに向かって言った。


 AKIRAは無機質な声で応じた。


「・・・・ワカリマシタ」


 ミシェーラも続く。


「かしこまりました」


 三人は部屋を出て演習場に向かった。

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