第4話



 ラウルは輝弥の部屋の前に着き、ためらうことなくドアを開けた。部屋は客間のような装飾が施されており、高級な家具と美術品が配置されていた。窓からは穏やかな日差しが差し込み、部屋全体に温かみを与えていた。


 輝弥はベッドに横たわりながら本を読んでいた。彼はラウルの入室に気付かず、読書に没頭している様子だった。床には様々な見知らぬ書物が散乱しており、輝弥がそれらを一心不乱に読み進めていたことを示していた。


 ラウルはこの光景に一瞬立ち尽くした。彼の予想とは異なり、輝弥が本に深く興じている姿は、自主性の欠如とは思えないものだった。輝弥が横たわりながら読むその姿勢は、ラウルが考えていた輝弥のイメージと大きく異なっていた。


 ラウルは混乱しながらも、この状況をどう受け止め、どう対応すべきかを考えていた。彼の心は複雑な感情と疑問で満たされていた。


 ラウルは部屋に入り、一度咳払いをしてから輝弥に話しかけた。


「素晴らしいじゃないか、まさか自主的に知識を蓄えようとは・・・・」


 彼の声には皮肉が含まれていた。


 輝弥を褒めた後、ラウルは床に散らばる本の一冊を手に取った。一見すると子供向けの絵本のようなものだったが、彼はそれを読み進めた。しかし、読むにつれてラウルの顔に怒りが浮かび、頭に血が上ってきた。


「貴様、こんなものを読んでる場合か!」


 ラウルは怒鳴った。彼の手は震え、顔は怒りで赤く染まった。


 輝弥はラウルの怒りの声に反応し、ベッドで体勢を変えずにラウルを見た。彼の表情は落ち着いており、ラウルの怒りに対して何の動揺も見せなかった。


 ラウルが輝弥に向かってさらなる言葉を投げかけようとした瞬間、部屋の空気が一変した。ラウルの横をまるで稲妻と暴風が駆け抜けるような勢いで、ミシェーラが飛び込んできた。彼女の突然の動きにより、部屋の中の物が散乱し、書類や小物が舞い上がった。


 わずかな瞬間に、後ろにいたはずのミシェーラが輝弥の前に立ちはだかった。彼女の表情は決意に満ちており、その動きはまるで練達の戦士のように迅速であった。


「お兄様!お待ちください!」


 彼女の声は緊急を要するものだった。


 ラウルはミシェーラの突然の行動に驚き、混乱した。


「な・・・・え・・・・!」


 彼の声は信じられないというニュアンスを含んでいた。


 ミシェーラは力強く語った。


「輝弥様は仕事をしないと言っているわけではありません!ただ、今はまだその時ではないというだけなのです!」


 彼女の言葉には確信があった。


 ラウルはミシェーラの言葉を聞いた後、困惑しながらも思わず口にした。


「何言ってんだ、こいつ・・・・」


 彼の声には理解不能な状況への不満が込められていた。ミシェーラの真剣な表情と言葉に、ラウルは一時的に言葉を失っていたが、彼女の主張に納得がいかない様子だった。


 部屋には微妙な緊張感が漂い、ラウル、ミシェーラ、そして輝弥の間には複雑な空気が流れていた。


 ラウルは何かに気づいたかのようにミシェーラを見つめ、声を震わせながら言った。


「お・・・・お前、まさか・・・・そのダメ男に・・・・」


 ミシェーラは即座に反論した。


「ダメ男ではありません!」


 彼女の声には情熱と確固たる意志が込められていた。


 彼女は振り返り、輝弥の傍に近づき、彼に向かって語りかけた。


「輝弥様、私は信じております。あなたがいずれ大きな役目を成すまでは、このミシェーラが全力でサポートいたしますわ」


 ミシェーラの目は恍惚とした輝きを放っていた。


 その様子を見たラウルは心の中で歯軋りしながら思った。


「こいつ、また病気が…問題を複雑化しやがって・・・・」


 彼の心は不満と苛立ちでいっぱいだった。ミシェーラの突然の行動により、すでに複雑な状況はさらに難解なものとなっていた。


 ラウルは怒りに震えていたが、その時、輝弥が静かに彼に語りかけた。


「ラウルよ、貴様は一つ勘違いをしている」


「何?」


 輝弥は落ち着いた声で言った。


「貴様が今絵本と言ったこの書物は、絵本ではなく漫画だ」


「漫画・・・・だと!」


 ラウルの声には驚きが混ざっていた。


 輝弥は続けた。


「漫画には様々なものがあるが、これはその中でも戦闘や魔法を習得するにあたって最高の指南書とされている『ドラゴン〇ール』というものだ。」


「ド、ドラゴン〇ール!」


 ラウルの声は、信じられないという感情で震えていた。彼の顔には驚きとともに、この新たな情報に対する興味が浮かんでいた。


 ミシェーラは輝弥の言葉を聞いて、恍惚とした表情で頷いた。


「やはりそうだったのですね。私はずっと輝弥様のことを信じておりましたわ」


 彼女の目には輝弥への深い信頼と尊敬が映っていた。彼女の声には確信と感動が込められており、その表情は彼女の内なる感情を表していた。


 ラウルは、輝弥の言葉に驚きながらも、深く考え込んでいた。


「しかし、一体どこからこの漫画を・・・・」


 輝弥は静かに答えた。


「召喚したのだ」


「召喚!そんなバカな・・・・そんなことできるはずが・・・・」


 ラウルの声には驚きと信じられないという感情が混ざっていた。


 輝弥はラウルを見据えて言った。


「ラウル・・・・貴様にできて私にできない道理は無いだろう。馬鹿か?」


「ば・・・・しかし・・・・そんな・・・・」


 ラウルは混乱し、慌てふためいていた。彼の心は葛藤でいっぱいだった。


 その時、ラウルはふと気づいた。


「召喚には膨大な量の触媒が必要なはずだ。そんなもの、どうやっって用意した!」


 輝弥は冷静に応えた。


「そんなもの、必要ないだろう・・・・馬鹿か?」


 ラウルは激昂した。


「等価交換の原則はどうした!」


 彼の声は部屋中に響き渡った。


 輝弥は無表情で答えた。


「知らん。諦めろ。」


 ミシェーラはその場に立ち尽くし、このやり取りに目を見張っていた。彼女の心は輝弥の能力に驚きと尊敬の念を抱いていた。


 ラウルは混乱の極みに達し、とうとう頭を抱えて反論するのを諦めた。彼はベッドに腰掛け、額に手を当てながら沈黙した。彼の心は疑問と驚き、そして無力感でいっぱいだった。


 彼は輝弥の言葉を反芻し、その意味を理解しようとしたが、結局理解に至ることはできなかった。


「等価交換の原則・・・・それがなぜ適用されない・・・・?」


 彼の声は小さく、自問自答のようだった。


 部屋の中は静寂に包まれ、輝弥とミシェーラはラウルの反応を静かに見守っていた。ラウルの頭の中では、召喚の理論と輝弥の言葉が交錯し、彼の理解を越える何かが存在していることを示唆していた。


 やがてラウルは深いため息をつき、その場の現実を受け入れるしかないと感じた。彼は心の中で、この新たな事実と向き合うための覚悟を固めていた。


 ラウルはついに諦めの息をついた。


「もういい、分かった。時間もないしな・・・・」


 彼の声は諦めと同時に、事態を切り替える決意を含んでいた。


 彼は輝弥に向き直り、言った。


「明日からの打ち合わせをしたい。準備ができたら、私の執務室に来い」


 その言葉に対し、輝弥は漫画を読みながら、淡々と分かったと答えた。その返答は意外なほど素直であった。


「ん?やけに素直じゃないか」


 ラウルは少し驚いたが、すぐに頷いて言った。


「まあいい。」


 彼はその場を去る準備を始めた。彼の心はまだ混乱していたが、少なくとも次の一歩を踏み出す方向性は見つけたようだった。


 ラウルは部屋を後にし、心の中でこれからの打ち合わせと輝弥の今後の行動について考えながら、執務室に向かった。

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