第14話 興奮のボルテージ


 幽霊嫌いの紅は調子に乗って隠しダンジョンに突撃したことを心の中で強く後悔していた。

 ドシドシと重い足取りに「元気出して」と声をかける里美の優しい言葉に励まされ、鼻歌を歌いご機嫌なエリカの後ろを付いて行く。

 初期装備でステータスも低いためか、道中モンスターや罠と言った危険は今の所ない。ただ、洞窟の奥から聞こえる不気味な音だけが徐々に大きくなっていく。


「エリカさん元気いいな」


「逆に紅はなんでそんなに元気ないのよ?」


 薄々理由はわかっている里美だったがつい真逆の二人の行動を交互に見ては聞いてしまう。

 人それぞれ好きな物、嫌いな物、そして好きな環境や興味がある物も違う。

 これも個性と考えるならあって当然である。


「半透明の存在が宙に浮いているとか想像しただけでも……」


 段々小さくなっていく言葉。

 紅の中で葛藤する二つの想い。

 この場から逃げ出したい気持ちともう一つ。

 それは相手がエリカだからこそ生まれた物とも言えた。

 なにより紅の性格上、一度生まれると無視できない感情でもあった。

 故に――足が前へと進んでくれる。


「……そっかぁ」


 少し懐かしい気持ちになった里美はさりげなく歩幅を紅に合わせる。

 里美は大きくなった紅の手をソッと握って一緒に歩く。

 繋いだ手を通して、紅の気持ちをより深く理解した里美は言葉を続ける。


「なら、今のエリカは嫌い?」


「ううん」


「私から言ってあげようか?」


「いやいい」


「なんで?」


「あんなに楽しそうなエリカさんの笑顔を崩したくないから」


「……そっかぁ」


 紅がチラッと地面から里美の方に顔を向けると優しい微笑みを見せてくれる里美がそこにいた。優しい彼女の温もりと笑みに紅の心の雲が少し晴れる。

 どうやら大雨は避けられそうな雰囲気に紅の気持ちも安堵し始める。

 気づけばいつも隣にいてくれる幼馴染であり、仲間であり、今は彼女でもある里美の存在が紅の中でさらに大きくなった。そう感じるのはきっと気のせいではないと考える紅。


「なぁ、里美?」


「なに?」


「いつもありがとうな」


「うん」


 頬を染めながらの返事は効果抜群で紅の心臓の鼓動を早くする。

 お互いの熱が上がったことを手を通してわかった二人は気まずくなったのか顔を正面に戻し静かに歩き始める。

 会話がなくても繋いだ手を通して伝わってくる熱が二人の心情を相手に伝えてしまう。本能に忠実な愛は言葉の壁を越える罪なのかもしれない。


「こっちの方になにかお金ありそうね」


 そんなことになっているとは知らないエリカはクンクンと自慢の嗅覚を使い、お宝が放つ微かな臭いを辿り正確な位置を把握していく。

 入り組んでいて迷路のようなダンジョンもエリカの前ではただ広いだけのダンジョンに過ぎない。プレイヤーに対する最初の罠は時間稼ぎ。それを一切感じさせないエリカの嗅覚は正に一級品で同じ道を通っているように錯覚させる通路も意味を持たず、初見にも関わらず最短通路を進んでいた。前方に集中するあまり背中を追う二人の存在の異変にはまだ気づかない。


「そう言えばこの先ボスモンスターいるのかな?」


 後ろを振り返って問いかけるエリカの注意力が後方に向いた時だった。

 カチッ。

 なにかが作動した音がダンジョン内に響く。

 その音に気づいた時には遅く、エリカの足が地面に埋まっていたロープにすくい上げられ天井に宙吊りにされてしまう。


「あっ! エリカ!」


 里美が急いで手を伸ばしてエリカを助けようとするが、一歩間に合わなかった。


「わぁ!? え、エリカさん!?」


 しかし人を止めた紅には驚く展開になった。目の前で宙吊りにされたエリカの顔が目の前にやってきた。瞬時に瞳孔が大きくなる男。

 その視界の先には、


「わぉ~!!!」 


 白くて純白の布があり、紅の注意力を全て引き寄せる桃源郷の世界が突如生まれていた。


「きゃぁあああ!!! み、見ないでくれないぃくぅんっっっ!」


 思わないラッキーハプニング展開に恥じらい、逆さまに釣られたことで捲れた毛皮のスカートの裾を恥じらいながら慌てて抑えて下着を隠すエリカがそこにいた。


 ゴクリ、と息を呑み込む紅。


「むずむずしてきた……」


 見るなと言われても目の前にある光景から視線が外せない理由があった。

 エリカ自身が悪戯で見せてくる時は時折あるのだが、予想しない展開で見られ恥じらう姿は破壊力があり紅の頭の中から幽霊の存在を消すほどに神秘的な光景でもあった。


「ば、ばか! エリカのパンツで欲情するなぁ!」


「で、でも……」


「でもじゃないでしょ! 彼女の前でアンタは何言ってんのよぉ!!!」


 里美が慌てて紅の視線を外そうとするが、身体が大きい紅は神災竜と呼ばれるだけあって重量もあり女の子の腕力だけでは動かない。


「は、はずしゅかいからみ見ないでぇ」


 羞恥心に顔を真っ赤に染めるエリカ。

 思春期男子の目の前でパンツを晒してしまったと言う事実はどうやらエリカにとって許容範囲外のようだ。


「え、えろい……」


 追い打ちをかけるように少し食い込んだパンツを見て紅は感想を目の前で伝える。 


 この瞬間エリカの羞恥心が上昇し、紅のボルテージが一気にスパークし、里美の怒りが膨れ上がった。


「……さっさと降りろ!」


 ドスッ。


 ロープが槍で切られ、エリカが地上に頭から落ちた。


「……いてて」


 エリカはそれ以上なにも言わない。

 同じ装備姿の里美の視線が恐かったからだ。


「それと見るな!」


 ブスっ!


 こちらはちょっと強めに目潰しされ強制的に視界を奪われる結果となる。


「いぎゃああああああああ!!!」


 大きな体がダンジョンの壁に何度もぶつかるように横にローリングしてダンジョン全体を揺らす。


「ふんっ」


「いててぇえええええええ!!!」


 天罰が下った紅は激痛に苦しみながら泣き叫んだ。

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