第12話 イベント開始から目立つ者がいた
今日のイベントは特別仕様となっている。
イベント開始と同時にプレイヤーは特別フィールドに転送され、装備やアイテムと言った物が全てない状態で開始する。
ただし予めプレイヤーが任意に選んだスキル一つだけは持ち込むことが可能である。
簡単なイベント概要は以上となる。
当然紅もあるスキルを既に選び抜け目はない。
「紅君が来ただけで皆の視線がこっちに集まってきたわね」
チラチラと紅を意識する視線にエリカが不安そうな声をあげる。
エリカが見ただけでも、名が知れたプレイヤーが一、二、三、……と沢山いる。
それに遠くの方からは小百合、そして姿は見えなくても気配だけでわかる朱音の存在。
耳を澄ませば聞こえてくる、
「アイツ卒業できたのか?」
「まぁ、美女二人と同棲してるからな」
「世の中は二人の天才を使ってもフォローしきれないバカを生み出した。世の中本当によく出来ているよな」
「まぁバカと天才は紙一重って言うからな~」
「紙一重なら今日も神災アイデンティティが爆発するかもな」
「安心して。今日こそ私が攻略してあげるから!」
等々、休業期間明けの紅は既に大衆の話題となっていた。
「ビビッてないわよね?」
早くも戦闘準備段階に入り、周囲を警戒する里美の言葉に紅は満面の笑みで答える。
「当然!」
「だったらいいわ」
「それより居た?」
エリカの問いかけに里美は首を横に振る。
神災チームが今回のイベントで最も警戒するチーム。
それは、朱音率いる通称絶対零度部隊。
朱音がアリスと碧を誘い、そこに運営の策に敢えて乗ったアイリスの合流。
四人のコンビネーションは既に卓越した物で練習相手となった者たちからの噂ではイベントのゲームバランスを崩壊させる、あくまで噂話としてだが囁かれていた。常識的に考えればそれは当然のこと。世界ランキングを持つ者が徒党を組んだ時点で対抗出来る者は限られる。
だけど――この
「ううん、さっきから限界まで集中力高めてるけどどこにも見当たらない。どころか師匠以外の気配がない」
里美が警戒するように、
「朱音の弟子……成長したな」
「お姉ちゃん勘づかれないでよ?」
姉妹は小声で会話する。
姉の頷きに妹も頷き、短い意志疎通。
だけど言葉以上の意志疎通をそれだけで行う二人の信頼関係は二人が生まれてからずっと築き上げてきたもの。
それに近い者を感じると二人は里美とエリカを警戒し、なによりその二人が意図的に暴れさせようと噂されている紅をなにより警戒していた。
沢山の噂が存在する世界で――
どちらも一度やる気スイッチが入ると世界が滅びるまで止まらない二人。
そんな二人を持って相殺。
もしそれが出来るなら――どれほど良かっただろう。
この世界の化物は常に進化する。
故に――未来は未知。
だから勝てる勝てないではなく、多くの者は挑戦するのだ。
今から神災と言う名のラスボスに。
イベント開始時間になり、参加者全員が一斉に山岳フィールドに転送される。
視界が真っ白になり回復した。
その瞬間、「ウォォォォォォ!!!」とても大きな咆哮がイベント参加者の鼓膜を破る勢いで聞こえてきた。
イベント開始一秒でこの世界で最も目立つ男が持ち込んだスキル『高等変化』を使い、巨大な身体へと変貌し背中から生える漆黒の大きな羽二枚を広げ、紅色の眼で蟻のように小さいプレイヤーたちを見下ろす。
巨体から生える二本の腕は大木のように太く存在感を増幅させる。
その先端にある鋭い爪は地面をなぞるだけで割くと錯覚させるほどに銀色に光輝いている。
太く大きな尻尾で里美とエリカを掴み、不敵に微笑む紅は神災竜として生まれ変わった。今までのスキルとは違い、二つのゲーム世界用に調整された紅のスキルは使用回数無制限。ただしステータスはそのままプレイヤーの物を引き継ぐので、変化しただけでは戦力アップとはいかないのだが、この男だけは違う。それは
イベントルールを確認すると、今日から一週間はスキルや武器の入手期間なのでそもそも
なにより二週間目のモンスター討伐によるイベント限定ポイント稼ぎ。三週間目の二週間目で得たポイントを使用したPVPによるポイント奪取に備えてスキルは温存しておくべきだ。わざわざ早めにお披露目して相手に対抗手段を考える時間を与えるなど愚策。
しかし紅にはそんなこと関係ない。
「ウォォォォォ!!!」
久しぶりのゲームではしゃぎたいと心の欲望に純粋になった男は山岳フィールドの荒野を駆け抜け河川沿いに登山を始め、巨大な滝の中へと消えていった。
それを見たプレイヤーたちは理解に苦しみしばらく唖然としていた。
果たしてこのまま平和にイベントが進行して行くのか、それが多くの者の疑問だった。
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