第10話 最強嫁対決 後編
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紅こと蓮見は愛する者たちの手により死んだ。
「いてて……流石に熱いと思う前に死んだのか……」
蓮見はぼんやりと復活した意識を手繰り寄せ、自分のお腹を擦った。
美紀だけでなく最近では生産職として活躍し戦闘は不得意だったエリカも急成長していたことに気付いた。
それに対して――。
「停滞してるな……俺。プロになってからも卒業の為に勉強の毎日だったし、そのせいで仕事もなくて、今に至るわけだし……なんか俺やべぇかも」
二人の成長は当然と言えた。
――ゲームをする暇がなかった男は当然成長が止まっていて何ら不思議ではない。
美紀とは差が開き、エリカとは差が縮まった。
そう感じた蓮見は大きく息を吐いた。
「俺もうだめかも……」
と、その時だった。
ログアウトした美紀とエリカがちょうど部屋にやってきた。
「どうしたの? 急にため息なんかついて蓮見らしく……いや、もしかしなくても私が刺したから?」
美紀がお腹を擦る蓮見を見て苦笑いを見せる。
「いんや。去年俺が卒業に必死の時に修行していた二人にまた随分と差を付けられたなって思った」
「仕方ないわよ。私とエリカが交互に勉強教えている間、ずっとゲームしてなかったんだし。まぁプロとして卒業の危機なのでプロになって一週間もしないうちに休業とか普通はありえないけどさ」
心に突き刺さる言葉。
美紀にそのつもりはなくても今の蓮見には耳が痛くなる言葉だった。
「もう少しいたわってくれない?」
「無理」
「……」
エリカが言葉を失い落ち込む蓮見に寄り添う。
「大丈夫?」
「……はい、なんとか」
勉強してこなかった自覚がある蓮見は美紀の正論に言い返す言葉がない。
「それよりなんで二人はいつもは仲良しなのにここぞとばかりにいつも喧嘩するんです?」
心苦しさを内に抱えながら蓮見は二人に質問した。
「「え?」」
驚きの言葉に二人は本気で喧嘩をしていたわけではないのか?
と、逆に「えっ?」と驚く蓮見の声にエリカが答える。
「蓮見君には私と美紀がいつも喧嘩しているように見えるの?」
エリカのアイコンタクトに美紀が頷く。
「そもそもなんでコイツと私が喧嘩するのよ?」
美紀の返しにエリカに「あっ?」と声が漏れた。
どうやら意思疎通に乱れがあったようだ。
「喧嘩してないの?」
「うん。だって美紀より私の方が――」
プルプル、プルプル。
タイミング悪くエリカのスマートフォンが鳴った。
「ごめん、ちょっと出るね」
そう言って電話に出るエリカ。
蓮見と美紀はエリカの電話が終わるのを静かに待つ。
「――う、うん。問題ないと思うけどアイリスはそれがどういう意味かわかっているの?」
エリカのいうアイリスとは過去にアメリカに留学に行ったときに仲良くなった女子大生でありエリカの通う大学とは姉妹校の関係に位置する。当然偏差値も高くアメリカでも五本の指に入るぐらいに今では名門校であり、物理化学全般を得意とする教育体制は世界トップレベルとまで言われている。
蓮見と美紀はゲームの世界で過去に一度エリカから紹介してもらっているので何となくどんな人なのかのイメージが頭の中に合った。
一言で言えば――天才美少女。
金色の長い髪と赤と青のオッドアイズが特徴的な彼女の正体は――現在世界ランキング二位のアリスの妹。まさに姉妹揃ってゲームの世界で一流の姉と物理の世界で一流の妹と言うのがエリカの認識であり、蓮見と美紀の認識でもあった。
「――――」
「うん、わかった。私は止めないけど、敵となることだけはわかって」
それからしばらくしてエリカの電話が終わった。
「蓮見君」
「はい?」
「アイリスが運営から正式に今回のイベントに招待されたらしいわ。それもさっき」
エリカは少し前にチーム名【神災】で紅、里美、エリカ、の三人分の名前でエントリーした。
それはプロになった蓮見の初陣を飾る公式イベントを意味していた。
電話越しに話し声から何かを察したような様子を見せる美紀。
「待って! それってエリカどういう意味よ」
「落ち着いて美紀。アイリス曰く運営はさっき何人かのプレイヤーに正式に招待状を送ったらしいわ」
「運営から?」
「えぇ。貴女の同級生のゆかりちゃんのお父さんが今回も責任者らしいわ。その責任者からまだ未エントリーでイベントを盛り上げてくれそうな人を招待しているらしいわ……たぶん」
「この場合はゆかりか……」
美紀はやれやれと蓮見を見る。
「エリカに対抗するためにエリカと同じ分野で活躍する人物を補填、すると蓮見の超火力の一部がエリカの入れ知恵によるところから発生しているとなれば根元から断つことも可能かもしれない……わけか。もし師匠と組まれたらそれはもう私の上位互換だし、仕方ない手を組みましょうエリカ。蓮見のために」
「……仕方ないわね、今回だけよ美紀」
「ってことで仲直りしたから週末のイベント頑張りましょう」
「そうね。美紀の言う通り三人で頑張って勝ちに行きましょう」
蓮見はただ頷いた。
視線の先で悪い笑みを浮かべる二人が妙に違和感があったからだ。
喧嘩の根本的な原因も本当に喧嘩していたのかも仲直りのきっかけもなにもわからない蓮見だったがこれだけは理解した。
この二人――勝つ気満々であり、これから俺に何をさせるつもりだ!?
と、言うことだけである。
かつて、自然災害を意図的に起こし龍や羽の生えた狐に変化して戦い【神災者】の異名を数多く手に入れた男は休業期間があったとしても、周囲から警戒されるには充分過ぎる実力があった。本人が気付いていないだけで、運営陣からゲームのプロとして正式に認定させて欲しいとお声が掛かった時点で世間は蓮見のことをゲームを始めて一年足らずでプロになった学生ではなく一人前のプロとして当時から見ていた。
そして世界ランキング一位の朱音が最も戦っていて恐い相手は「紅ただ一人」と年に一度開催される
「ところでエリカ?」
「なにかしら?」
「なら今日の決着はイベントで蓮見を満足させられた方の勝ちで私が勝ったらしばらく大人しくしなさい。いいわね?」
美紀の言葉にフグのように頬っぺたを膨らませて
「……え~しばらくは嫌! せめて一日……!」
エリカが抗議した。
蓮見の取り合いでは珍しく弱気なエリカに思わず美紀が
「三日ね」
と答えた。
「これ以上文句あるなら私の家に蓮見を持って帰るけど?」
「えー!!! ありません……負けたら三日、勝ったらイベント終わりからGOで文句ありません……うぅ~」
不服そうに上目遣いで訴えるエリカの色気も同性相手には威力がいまいちらしく、
「そう、わかればいいのよ」
と美紀は頷くだけだった。
こうして嫁対決は美紀が主導のまま継続となった。
蓮見はそんな二人を見て、
「あの……俺の意見は?」
と問うも返事はなかった。
そうして――イベント前日まで時が経ち、三人の晴れ舞台の日が目前までやってきた。
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